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本を連れて行きたくなるお店
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初めて行ったカフェで過ごす時間が、大きな転換点になるかも 荒木源『残業禁止』

カフェや居酒屋で、ふと目にとまる、ひとり本を読んでいる人。あの人はどんな本を読んでいるんだろうか。なぜその本を選んだのだろうか……。本とお酒を愛する編集者で鰻(うなぎ)オタクの笹山美波さんは、本の中の物語が現実世界とつながるような、そんなお店に連れて行ってくれます

2019年4月から政府が提唱している「働き方改革」。ワークライフバランスを向上させる、良い取り組みに思えるが、その影では、満足な休みが取れず、持ち帰ってのサービス残業や、大企業の社員の労働時間を減らすために、下請け業者にしわ寄せがいく事例もあると聞く。

建設業界の働き方改革をテーマにした小説

荒木源さんの小説『残業禁止』の主人公・成瀬和正も働き方改革の余波を受けたひとりだ。成瀬は大手ゼネコンの工事部課長として、横浜の新たなホテル建設を取り仕切っている。

著者の荒木源さんは元朝日新聞社会部記者ということもあってか、企業で起きるトラブルや心理的の描写ひとつひとつにリアリティーがある
著者の荒木源さんは元朝日新聞社会部記者ということもあってか、企業で起きるトラブルや心理的の描写ひとつひとつにリアリティーがある

このゼネコンでは、案件の一切を断らずに受注する本部があり、事情を考えずにあれこれ仕様変更を注文するクライアントがいる。それらに振り回される工事部では、会社泊や120~130時間以上の残業が慢性化していた。

そんな工事部に、ある時、残業時間の上限規制の指示が舞い込む。本部の指示には逆らえない一方で、「納期は絶対に延ばせない」。やむを得ず、成瀬は部下に残業時間の過少申告をさせる。

しかし、そもそも割り振られた仕事の量に無理があり、やがて部署のエースだった社員が脳梗塞(のうこうそく)で倒れてしまう。代わりに配属されたのは、遅刻にサボり、ミスを繰り返す新人。今まで通りに現場が回るはずもなく、ほかの社員の疲労もピークを超える。

物語は、成瀬がこの度重なる困難をどう乗り越えるかを描く。勤め人なら「あるある」と共感する生々しい話ばかりで、読んでいるうち自分のことのように感情移入し、いつしか成瀬を応援してしまうだろう。

日常のささいな場面に表れる考え方の変化

この小説の見どころの一つは、困難を乗り越えようと腹を決める前と後での成瀬の変化にあると思う。作中で描かれる主人公の食事のシーンは多くはないが、食事をする場所にも内面が変わっていく様子が表れる。

成瀬はずっと、本部やクライアントのむちゃな指示や要望に振り回されていた。自宅でゆっくり過ごせる時間はほぼないが、それも家族になんとか理解してもらっていた。

その頃、成瀬がたびたび飲みに行ったのは大通り沿いにあるチェーン店の居酒屋だ。通っていた焼き鳥屋が閉まって別のお店になったのだが、新しいお店を探す気力もなく足を運び続けている。仕事ぶりと同じ、流されやすい性格や活力のない状態を印象付ける。

だが、あるアクシデントをきっかけに自分の時間ができると、成瀬は自分の働き方のむちゃくちゃさを客観視できるようになった。妻や娘と過ごす何でもない時間の大切さにも気づく。

いつもと違う通勤路を通り、そこで見つけたカフェに初めて入って、このごろ流行りのオープンサンドを食べてみる。リフレッシュの時間や手間を惜しまない気持ちのゆとりを感じさせる。日頃の暮らしのささいなところに、内面の変化は大きく現れるのだ。

カフェへの寄り道は、手軽な気分転換にピッタリ

読んでいるうち、私自身も成瀬と似たむちゃな働き方をしているのを自覚してハッとした。物語と自分とを重ね合わせ、この先起こるかもしれない悪い出来事を心配してしまう。

成瀬を今すぐにでも見習いたいところだが、現実的な話、そう簡単に仕事や生活の仕方を変えるのは難しい。けれど、小さなところから真似(まね)することならできる。

まずは気分転換に普段出かけない場所で食事をしてみよう。

仕事帰り、いつもは降りない駅で途中下車し、東京タワーのふもとのベルギー発のベーカリーレストラン「ル・パン・コティディアン」へ向かった。大きなテラス席が印象的で、前を通り過ぎるたびに気になっていたのだ。

開放的なテラス席。休日は外国の方やペット連れのお客さんがおり、リラックスした雰囲気に
開放的なテラス席。休日は外国の方やペット連れのお客さんがおり、リラックスした雰囲気に
ベーカリーレストランということもあり、レストランの横のベーカリーではパンも販売。通り過ぎるだけでいい匂い
ベーカリーレストランということもあり、レストランの横のベーカリーではパンも販売。通り過ぎるだけでいい匂い

夕食には少し早い時間だが、今日は気分転換だ。まずは白ワインをいただく。自然派食材にこだわるカフェということもあり、ワインもオーガニック農法で作られたもの。飲み慣れていないので、正直細かな味の違いは分からなくて申し訳ないが、おいしくて、なんだか気分が良い。

グラスの白は「エコバランス」のシャルドネ(590円)。爽やかさと果実味、独特のミネラルのバランスのちょうど良いチリ産ワイン
グラスの白は「エコバランス」のシャルドネ(590円)。爽やかさと果実味、独特のミネラルのバランスのちょうど良いチリ産ワイン

食事はお店の勧めるベルギー式のオープンサンド「タルティーヌ」の中でも、一番人気という「シュリンプ&アボカド」。これに「本日のスープ」を合わせて注文した。

色鮮やかな食卓に食欲がそそられる
色鮮やかな食卓に食欲がそそられる

本日のスープとしてこの日に提供されたのはトマトスープ。すりおろすことで引き出される、ギュッと凝縮したようなトマトの旨(うま)みを強く感じる。付け合わせの香り豊かなバゲットをスープにつけてもまたおいしい。

タルティーヌはフランス語の「パンに塗る(tartiner/タルティネ)」という動詞にその由来があるらしく、その名の通りスライスした全粒粉入りのパンに潰したアボカドが塗られている。

その上には、プリプリのエビ、トマトサルサソース、バジルオイルがかけられており、食欲をそそる見た目の鮮やかさ。ひと口ほおばれば、食感の楽しさ、味わいの豊かさに気持ちもおなかも満たされる。

ちなみに成瀬もカフェでオープンサンドを頼んでいたが、あちらはデンマーク式の具材を「載せる」タイプのオープンサンド「スモーブロー」と呼ばれるメニューのようだ。

仕事には直接関係ないことだが、こんな他愛もない雑学が気持ちを癒やしてくれるのを思い出した。ゆったりとしたお店の雰囲気も、ちょっとしたことを楽しむ気持ちのゆとりを取り戻すのを後押ししてくれる。

白ワインが進み、結局2杯も飲んで満喫してしまった。ほんの1、2時間でかなりガス抜きができた気がする。降りたことのない駅、初めてのカフェにメニューと普段触れない情報に刺激ももらえた。

「シュリンプ&アボカドタルティーヌ (1390円)」は、ナイフとフォークで行儀よく食べるのもいいが、手づかみで食べると満足度大
「シュリンプ&アボカドタルティーヌ (1390円)」は、ナイフとフォークで行儀よく食べるのもいいが、手づかみで食べると満足度大
「本日のスープ(480円)」は日替わりで、パンプキンスープやコーンスープなども提供している。平日午前11時〜午後3時まではタルティーヌ 2種類とスープ、サラダがワンプレートになった「タルティーヌ ランチハーフ&ハーフ(1480円)」のお得なセットも
「本日のスープ(480円)」は日替わりで、パンプキンスープやコーンスープなども提供している。平日午前11時〜午後3時まではタルティーヌ 2種類とスープ、サラダがワンプレートになった「タルティーヌ ランチハーフ&ハーフ(1480円)」のお得なセットも

思い切ったエスケープで少しでも気分転換を

勤め人の毎日は、いろいろなものに板挟みになりながら、時に無理難題にも思える仕事に立ち向かうことの繰り返しだ。忙しさにかまけていると、物語に出てきた「工事部」のようになってしまうこともある。

小説にならえば、一筋縄ではいかない問題と向き合うためには、どこかで大きな視点の転換が必要だ。とはいえ、なかなか難しい。

それならば、まずは少しだけ環境を変えるのも一つの手。1、2時間だけ「ル・パン・コティディアン」のように、それまで訪れたことのないお店にエスケープしてみるのを提案したい。お店の開放的な雰囲気は、きっとあなたの窮屈な気持ちを解きほぐし、発想を変える手助けをしてくれるはずだ。

ル・パン・コティディアン 芝公園店

東京都港区芝公園3-3-1
050-5594-5271
営業時間 7:30~22:00

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