1年ぶりに満喫! スリランカ母さんのビリヤニ&チキンカレー/Kanna Tanna

連載「パリの外国ごはん」では三つのシリーズを順番に、2週に1回配信しています。
《パリの外国ごはん》は、フードライター・川村明子さんと料理家・室田万央里さんが、暮らしながらパリを旅する外国料理レストラン探訪記。
《パリの外国ごはん そのあとで。》では、室田さんが店の一皿から受けたインスピレーションをもとに、オリジナル料理を考案。レシピをご紹介します。
この《パリの外国ごはん ふたたび。》は川村さんによる、心に残るレストランの再訪記です。
このシリーズ2回目に訪れる店は、1軒目を決めた時から心のうちで決めていて、万央里ちゃんと一緒に行きたいと思っていた。なぜなら、彼女も間違いなく好きなその店には、1年ほど前、彼女が産休中に私が1人で行ったから。たまたま近くに行く機会があり、なんとなく気になって、せっかくだから一応お店を見ていこう、と思って向かったら……店がなくなっていた。
すでに他の店となって営業していたので、閉店・移転のお知らせなどが貼られているわけもなく、ぼうぜんとしたまま、厨房(ちゅうぼう)にいたスリランカ母さんのことを思った。Kanna Tanna(カンナ・タンナ)は息子さんが作ってくれた店だと、それはうれしそうにしていたのだ。
最近のパリの街中は変化が著しく、正直、私はうまく気持ちがついて行けていなくて、またなくなった……とその状況に遭遇しては、戸惑い、空を見上げている。今回は、北に向かえばさらに変化の激しい一帯となっているその道をさまよって、しばらくしてから同じ道筋を戻った。やはり、見間違いではなく、Kanna Tannaはなくなっていた。
家に帰ってから、号泣の絵文字を万央里ちゃんに送り、ことのあらましを伝えた。「移転とかじゃなくて?」と聞かれ、「もう他のお店になってた」と返事をしてから、サイトは残っているだろうか、とMacを開いて検索すると、サイトは続行していて、トップページに、移転!と書かれていた。
あったーーーーーーー!!!
それも、つい最近取材したチーズ屋さんの隣の番地だ。ただ、店の反対側から行ったから、前を通っていない。だからか気づかなかった。でも、あるのだ。ホッとした。
結局、スケジュールが合わなくて、今回も万央里ちゃんと一緒に行くことはかなわず、1人で行った。

店は、地図で確認していた通り、チーズ屋さんの真隣にあった。看板が小さく掲げられ、思わず見過ごしてしまいそうなほどに、控えめな間口だ。奥行きはありそうで、入ってすぐ右手にカウンターがあり、その向こうにテーブルがいくつかくっついて並んで、奥に通路が続いていた。
扉を開けて入ると、正面にガラス板で仕切られた厨房が見えた。そこには、お母さんがいた。よかったぁと心の中で安堵(あんど)していたら、サービスを担当しているらしいフランス人の女性が出てきて、「ちょっと待って」と言われた。
入り口からは見えないけれど、どうも厨房の脇にもテーブルがあるようだ。少しして、「こちらへ」と促され、通路を進むと、奥に長い厨房に沿って、テーブルが4卓並んでいた。案内されたのは中庭に面した窓辺の席で、そこから見えるこぢんまりとした中庭がかわいらしい。前の店舗と比べると店全体の空気に温かみを感じた。

メニューは変わっていなかった。ホッパーのイラストが描かれている、あれだ。スリランカ旅行の後、パリでは食べられることがないと思っていたホッパーを見つけて、あの時はうれしかった。でも、今回は別の料理にしようと思った。
ホッパーのセットの上には、ライス&カレー、ビリヤニ、コットゥ・ロティ、ヌードル&カリーが書かれていた。鶏肉・牛肉・ツナ・野菜のカレーのどれか一つを選び、合わせるようだ。旅行中何度か食べたコットゥ・ロティ(パン生地を麺のように細く伸ばし短く切って炒めたもの)にも惹(ひ)かれたが、非常におなかが張るので、ためらった。

もっともスタンダードなライス&カレーにしようかとほぼ決めかけたところで、そうか、ビリヤニ(炊き込みごはん)にもカレーがつけられるのか、と改めて気づいた。元来食いしん坊の私は、チキンフィレサンドを頼みつつフライドチキンも食べたいタイプである。大抵のレストランでは数人で行ってシェアするビリヤニを、1人にもかかわらず、ビリヤニを食べつつ、カレーも楽しめるのは願ったりかなったりだ。それで、ビリヤニに、チキンカレーをつけることにした。
メニューは変わっていなかったけれど、前回のように、店に入ってすぐスパイスの香りが充満しているわけではなかった。それは少しさみしかった(私以外の人には、匂いが服につくこともなく好都合かもしれない)。ただ、厨房の脇の席に案内されたのが幸いした。
私の席は、料理の運び口の目の前だったので、その向こうに見える、湯気を立てている大きな寸胴鍋のふたを料理人が開けると、あっという間にカレーリーフの香りが流れてくるのだ。その香りは、勢いがあって積極的だった。もうひとつ思い当たる匂いを感じた。マスタードシード。食欲が大いに刺激された。

両面を焼いていることが分かる目玉焼きを乗せたビリヤニは、パラパラに炊きあがっていた。カシューナッツとレーズンが入っている。チキンのカレーはサラサラではなくて、たくさんの野菜が一緒に煮込まれているのだろうトロトロ感だった。小麦粉でとろみをつけている印象ではない。野菜だけではなく、スパイスもふんだんに使われているのが分かる。
ビリヤニは、見た目だけでなく、口の中でも、ふわっと軽やかで、パラパラというよりは、ハラハラといった方が合う気がした。お米は長粒米としても、細く、長さも短い。炊き込みごはんならではの味のなじみ方が、優しくスパイシーだ。ごはんだけでなくカレーも、口に含んだ時にふわっとした軽やかさがあった。
いくらでも食べられそうな気がしていたが、ビリヤニは見た目以上にボリュームがあったのか、完食したら結構おなかいっぱいになった。デザートは厳しいかなぁと迷っていると、私から見えるところに座っていた、お母さんの友人らしいスリランカの人たち4人が揃(そろ)いも揃って、ワタラッパンを注文した。ココナッツミルクを使ったスリランカのプリンだ。もうひとつマンゴープディングもあったのだけれど、やっぱりシメはワタラッパンかぁと思い、私もつられて注文した。

運ばれてくると、シナモンとカルダモンとクローブの香りがプンプンした。最終的に、スパイスの香りに包まれて、食事を終えた。
この店にも壁に鏡がかけてあり、そこにお母さんがスリランカの詩を書いていた。
以前店のあった2区のサンティエと呼ばれるエリアは、もともと布などの問屋街で、10年前でも飲食店などは何もなく、夕方以降は通りのほとんどがシャッターの閉まったほとんどひと気のないところだった。それが、1軒のビストロがオープンし人気が出たことがきっかけとなってか、ここ数年目覚ましい変化を遂げている。
ほんの少し(100メートルもないくらい)南に行くと、かつては中央市場のあったレ・アールから続く市場通りの商店街があり、サンティエ地区を抜けた北の大通りは昔からの劇場が並ぶこともあって、今では人通りが非常に活発になった。それで、家賃の高騰もあり移転したらしいが、ツーリストも多かった前の店舗に比べ、今度の場所は地元の人が大半だそうだ。
もしかしたら、温かみを店内に感じたのは、内装や店の造りによるだけでなく、その点も大きいのかもしれない。そして変わらず、息子さんがオーナーを務める店で、お母さんが厨房に立ち、料理を振る舞っている。


Kanna Tanna(カンナ・タンナ)
43, rue des Petits Carreaux 75002 Paris
スパイスって、罪なやつだな。スリランカ料理
《パリの外国ごはん》 2018.12.25