鎌倉・浄妙寺エリア、竹林のふもとにたたずむ“まちの糀屋さん”/sawvih(ソウビ)

鎌倉でも「海」ではなくて「山」の方。とりわけ山深い浄妙寺の界隈(かいわい)。バス停「泉水橋」から奥へ奥へと進む。細くうねる路地が行き止まった先に、うっそうとした竹林。ふと目を横にやると、一軒の家が童話のようにたたずんでいる。
そんな思いがけない建物が、寺坂寛志さん(34)の営む「sawvih(ソウビ)」だ。
入り口のドアを開けると、アパレルショップ。中庭を通って裏手に回ると、カフェ&レストラン。両方のスペースでオリジナルのスイーツを買うこともできる。
2階は料理教室やワークショップが開かれるパブリックなキッチンホール。同時にそこは、寺坂さん一家が暮らす家の一画でもある。
いろいろな機能が集まった空間を、主(あるじ)の寺坂さんは「衣食住をテーマにした糀(こうじ)屋」と表す。そう、ここは多彩な切り口を持つ「糀」のお店なのだ。
寺坂さんの実家は、福井県越前町で代々続く米農家だ。故郷では、冬になると農家が自家製の糀を醸し、それを商うことが伝統で、寺坂さんも子どものころから米づくり、糀づくりに親しんでいた。
10代のころは家業を継ぐ気はなく、車のエンジンの設計を学びたいと、福井工業高等専門学校の機械工学科に進学。卒業後は福井県の地場産業である眼鏡メーカーに就職した。
エンジンの設計やプロダクトの製造は、自分の興味にかなっていて、面白かった。ファッションや音楽など、幅広い文化ジャンルへの関心もあった。25歳の時に、地元しか知らない自分の環境を変えてみようと思い、行き先としてカナダを直感的に選んだ。
ワーキングホリデーの制度を使い、トロントのユニークな居酒屋で、フロアマネジャーを務めた。そこで知り合った志帆さん(34)との結婚を機に、3年後に帰国。福井の実家に戻る。
ご両親は進取の気質の持ち主で、30年以上も前から農薬を使わない自家栽培米に取り組み、福井の米づくりのリーダー的存在でもあった。母の寺坂律子さんは「お米も糀も、若い層にもアピールしなければいけない」と、新しい展開をいつも意識していたという。
トロントでの飲食店経験を通し、寺坂さん自身も、モノを買ってもらうためには、マーケットに響く「トガった店づくり」が必要だと考えていた。弟のパティシエ、寺坂大地さんや姉のさくらさんとともに、家族で糀店の改装を行い、自家製の糀や味噌(みそ)のほかに、糀、米粉、糠(ぬか)などを使ったオリジナルレシピのスイーツを店頭に並べた。
アクションの裏には、寺坂さんが感じる糀文化の危機がある。
「最近は健康や環境への関心の高まりとともに、発酵食品が見直されるようになっています。糀の流行はそのひとつで、知っている人は、いろいろに使いこなしています。一方で、糀はもはや日常的なものではなく、名前さえ知らない人が大半。僕の故郷でも、時代の波とともに、まちの糀屋さんは次々と姿を消していきました」
かつて、まちの糀屋さんは近隣の人たちの情報交換、交流の場でもあった。両親の姿を見ながら、その温(ぬく)もりのある雰囲気とともに育っているからこそ、寺坂さんは糀屋の役割をもう一度、世の中に取り戻したいと思った。
「だとしたら、まちに糀屋さんのないところに出店しよう」
ということで、志帆さんの故郷である三浦半島は鎌倉に針路を決めたのである。
(後編に続きます)
sawvih(ソウビ)
神奈川県鎌倉市浄明寺5丁目6-1
http://sawvih.com/
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