〈128〉ずっと前から続いているような場所 「plateau books」

東京・文京区白山に京華通り商店会という昔ながらの商店街がある。レトロな喫茶店や小さな書店などが並ぶ先に、青いタイルが印象的な、築約50年の古いビルが建っている。
この2階に、金・土・日の週3日と祝日にだけ営業する書店「plateau books(プラトーブックス)」が今年3月にオープンした。コンクリートの壁がむき出しになった広い空間で、中央には大きなテーブルが置かれ、壁に取り付けられた棚にはさまざまな本が美しく飾られている。
「以前は精肉店の加工場として使われていたようです。奥を事務所にしているのですが、そこは昔、冷蔵庫があった場所です」

店を運営するのは、建築設計事務所「東京建築PLUS」代表で一級建築士の中里聡さん(42)。事務所の移転先を探している時にこの物件に巡り合い、「すごくかっこいい!」と思ったという。5~6年も空き物件のままだったため、廃墟っぽさが漂っていたらしいが、それがまたよかったという。
なぜ建築設計事務所が書店を営むことになったのか。それには2つの理由があった。一つは、商店の建築・設計を中心に手掛ける中里さんが、「広く開ける場所がほしい」と思ったから。
「建築事務所はうちにこもってする仕事なので、開かれた空間で人や街とつながり、何かをしたくなったのです。とはいえ料理ができるわけではないので飲食店は難しい。でも、私も含めてスタッフは本が好きだし、本屋なら仕事の打ち合わせでスペースや本を活用できます。本屋がどんどんなくなっていく時代で、本屋専業は厳しくても兼業であれば続けていけるのではないかと思ったのです」
もう一つの理由は、自身が40歳を過ぎたときによぎった思いにあった。
「人生が半ばを過ぎ、あとの人生をどう使っていくべきかを考えた時に、本や本が好きな人との活動になるべくたくさんの時間を使っていきたいという気持ちがありました。あと、大人としての責任も感じるようになって。若い人たちに何か残せるものを作っていくべきだと思うようになり、そういう意味でも本屋はいいなと」

何年も人が使っておらず、荒れ果てた空間を蘇らせるのはお手の物だ。50年の年月を経た良さはそのままに、汚れた部分をきれいにしすぎない程度に直していき、空間を魅力的に見せるための照明を各所に配した。床には墨モルタルを塗り、落ち着いた雰囲気を出した。テーブルや本を置く棚などは、廃校になった小学校で使われていた机や靴箱などを古道具屋で見つけ、活用している。
「普段の店舗設計では商品をより魅力的に見せるためにピカピカの空間を作るのですが、ここはあまりきれいにしすぎないよう意識しました。古道具を探してきたのも、建物自体が古いのに、新しいものを置くと時間がつながらないからです。店をオープンしたのは今年でも、ずっと前からこの場所が続いているようにするため、あえて古道具を並べました」
現在、店に並べている本はすべて新刊で1000冊ほど。ジャンルは、建築やアート系はもちろんのこと、人文系、料理、ライフスタイル、旅、絵本などと幅広い。選書を担当するのは、以前から中里さんと交流のあるフリーランスの編集者。本にはPOPがつけられ、これらは建築事務所のスタッフが書いている。
「生活空間の質を上げたい、ということを意識して本を選んでいます」

本の並べ方は、表紙を正面に向けて棚に陳列する「面陳」や平置きが多いのが印象的だ。基本的に1冊ずつしか仕入れていないため、自然とこういう陳列方法が増えたわけだが、逆に1冊ごとの存在感が強く伝わってくる。広い空間があるのだから、もっと棚を入れて扱う本を増やすことも可能だが、そうはしていない。
「本屋専業で、これだけで利益を確保しなければならないとなると、売れ筋の本をたくさん並べて……、ということになるかもしれませんが、ここではゆとりを持たせています。扱っているのは新刊ですが、最新刊ばかりではなく、以前に出版され、いい本なのに埋もれてしまっているものを拾い上げるようにしています」
店の中央に大きなテーブルを配したのは、落ち着いて本を選んでほしいと思ったから。ぱらぱらとめくっただけでは魅力が伝わりにくい本も少なくない。ドリンクを提供しているのも、ここでゆっくりと過ごしてもらうため。店名の「plateau(プラトー)」には「平坦」という意味がある。平坦で変化のない時間に、じっくりと本を読み、時間を楽しんでほしいという思いを込めた。
正直なところ、書店単体では収支は厳しいというが、書店があることで建築事務所の仕事では接点がなかった人との交流が生まれた。今後はイベントなども開催することで、コミュニケーションの場として活用していきたいと考えている。また、本業でも小さな変化が起きた。中里さんの事務所では主に法人がクライアントだったが、最近は個人商店を手掛けることが増えてきたという。
「資本のある法人と比べると、個人の方が店の広さや予算などといった制約が多いです。同時に、オーナーさんの熱い思いもあります。私も店をやっているという経験から話をしやすくなりましたし、ここを見ていただくことで安心もしていただけます」

今、東京を中心に、いたるところで工事が行われ、大型商業施設が数多く建設される一方で、歴史を重ねた建物が消えゆく現実がある。
「大きな資本をかけて再開発を行い、きれいで便利な場所にすることで、その場の価値を高めていくのも一つの方法です。でも、古いものが集まり、個人商店が残っているところというものは、かつて人が工夫した場所でもあり、それが個性となって現れています。私はそういう場所が好きです」
長い年月が刻まれた空間で、未知なる本と出合えるという体験とは、なんて豊かで魅力的なことなのだろう。週末に足を運んでみたくなる。
おすすめの3冊

『名古屋渋ビル手帖』(編著/名古屋渋ビル研究会)
同級生2人による、渋いビルを愛でる「名古屋渋ビル研究会」が作ったZINE。高度経済成長期に建設され、地味だけど味わい深い「渋ビル」の魅力が詰まったシリーズ。「建築家の人がシリーズで出しているZINEです。自分の好きなものにスポットを当て、継続して作っているのがすごく面白いなと。記録にもなりますし。中身も読み応えあります」
『暇と退屈の倫理学』(著/國分功一郎)
何をしてもいいのに、何もすることがない。でも、ほんとうに大切なのは、自分らしく、自分だけの生き方のルールを見つけること――。スピノザ研究者が「人間らしい生活とは何か?」をテーマに、さまざまな切り口から紐解いていく一冊。「人はなんのために働いているのか? 一生懸命働いて豊かで裕福になった結果、退屈で幸せじゃない、といったことなどが書かれていて。当たり前の生活の中で、自分で輝いているものを見つけることこそが豊かであるというのを読んで、すごくいいなと。うちでよく売れている本です」
『都市をたたむ 人口減少時代をデザインする都市計画』(著/饗庭伸)
人口減少社会において都市空間はどう変化していくのか? 都市計画研究者による、縮小する都市の考察。「人口や資本が減っていくと、維持できない部分がいろいろと出てきます。どのようにして収縮するための設計をするかということについて記されています。今までは拡大ばかりでしたが、たたむことにフォーカスしていて、こういうことを今からしておかないと手遅れになることが実感できます」
フォトギャラリーへ(写真をクリックすると、くわしくご覧いただけます)
plateau books
東京都文京区白山5-1-15 ラークヒルズ文京白山2F