ブラウニーから一生もののデニムまで 「現代の糀屋」から広がる衣食住/sawvih(ソウビ)

鎌倉の山の方。浄明寺の奥の奥、曲がりくねった路地の突き当たりに、現代の糀(こうじ)屋「sawvih(ソウビ)」はある。ひっそりとした奥地にありながら、明るい光を感じさせる空間だ。
あるじの寺坂寛志さん(34)が、「ここは衣食住をテーマにした糀屋です」というように、sawvihは糀を売るだけでなく、その周囲にあるモノやコトを創意豊かにつくりあげ、独自の発信を行っている。
たとえばカフェで出すのは、甘糀を使ったラテや「バターアップル」などの飲み物。「米農家のロールケーキ」「味噌(みそ)とナッツのチョコブラウニー」といった、糀やお米にまつわるスイーツは、弟のパティシエ兼農業家、寺坂大地さんが、実家のある福井県越前町でつくるオリジナル。
カフェでは予約制でランチも出す。メニューはもちろん糀や味噌を使った品々。炊きたてのお米は、実家の「あさひ愛農園」がつくる農薬不使用の特別栽培米コシヒカリだ。
ランチづくりを担うのは、鎌倉に住む沢田直子さんで、沢田さんはsawvihが開催する料理教室の先生としても活動する。教室で使うキッチンホールは、寺坂さん一家が暮らす家の一画でもあり、生徒さんはアットホームな雰囲気の中で発酵食品に親しむ。さらに店では味噌づくり、甘糀づくりのワークショップも開き、出張ワークショップも積極的に引き受けている。
近隣の人たちがそぞろに集まって、カフェ使いや買い物の合間に、情報交換をしていく。人々が交差するそんな店で、寺坂さんは本名の「寛志くん」ではなく、「コージくん」と呼ばれている。
「食」と「住」にまつわる企画とともに、寺坂さん自身の思いが込められているのが、デニムのジーンズや、きなりのブルゾン、ワンピースが並ぶ店頭のスペースだ。
「米農家が高齢化する中で、かつては当たり前のように存在していた糀屋も、まちから姿を消しています。どうしたらそれらを若い世代に継承できるか、僕はずっと考えています。まずはイメージを変えることが必要で、真っ先に農業用の服を刷新したいと思いました」(寺坂さん)
ジーンズは寺坂さんがデザインしたものを、岡山のデニムメーカー「etau(エト)」につくってもらっている。きなりのワンピースは、同じ岡山にあるビスポークシャツの専門工場で、そこの女性スタッフたちが、膝を突き合わせ、「自分ならこれが着たい」と、工夫を重ねたものだ。いずれもシンプルなデザイン、ていねいかつ丈夫な仕上げで、破れたら繕いつつ、何年でも着続けられる。
「デニム製品をはじめ、岡山には世界的に評価されているアパレル工場があり、そこで働く人たちのスキルはすばらしい。ただ、大量生産・消費の流れの中で、その人たちへの対価は十分ではありません。それはまさしく米農家にもあてはまる課題。僕たちが連携することで、『つくること』への敬意を取り戻していきたいのです」
農業ウェアの刷新とともに、価値交換の手段も「お金」から「人とのつながり」へと刷新したい、と寺坂さんはいう。
岡山では、「HARUHITO」ブランドのジーンズをつくる「Factory 玄人 haruhito」の小西健太郎さんと一緒に、その試みをはじめている。
「小西さんのジーンズは質を落とさないために、年に200本しか生産できません。そのため、1本6万円という価格になりますが、一生はいていけます。僕はその対価に納得していますが、それとは別にスキルのトレードにもトライしているんです。たとえば小西さんの工房に僕が行き、そこにいる人たちの食事をつくる。その対価としてジーンズをつくっていただく。そんな仕組みです」
「タダであげる、もらう」のではなく、互いに持つ専門性を交換することで、モノを行き来させる。そこには「信頼」という、お金だけでは決して築けない「人間性の資本」が必要だ。
sawvihで寺坂さんの話を聞いていると、時間が尽きない。駅からは遠い場所だが、帰り道の路地をたどりながら、「次はいつ来ようか」と心が弾んでいく。
sawvih(ソウビ)
神奈川県鎌倉市浄明寺5丁目6-1
http://sawvih.com/
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