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「今、私は恐ろしいほどに寂しい」 豊かな孤独が生まれるとき

「今、私は恐ろしいほどに寂しい」 豊かな孤独が生まれるとき
撮影/猪俣博史

『74歳の日記』

誰にも訪れる「老い」というものが、このところ身に迫って感じられるようになった。私自身というより、親がその年代に差しかかっていること、職場や付き合いのなかで接する人それぞれの「老い」を目の当たりにし、考えさせられることが多いからだ。

「自由」と「身勝手」をはき違えてわがままに振る舞う人がいる一方で、豊かに「老い」の時間を過ごしている人もいる。その差はいったいどこから来るのだろう。そんなことを考えていたタイミングで読むようになったのが、ベルギー出身の作家・詩人・エッセイストであるメイ・サートンだった。

「孤独」は、必ずしも寂しいことではないということ。「孤独」と「孤立」は違うということ。これらのことを自身の日記の中で教えてくれたのが、サートンだ。日本では、『独り居の日記』以来、『回復まで』『82歳の日記』『70歳の日記』(刊行順)などが訳されて静かな人気となっている。

2019年10月にみすず書房から出た『74歳の日記』は、サートンがとつぜん脳梗塞(こうそく)に襲われた直後から、ゆるやかに回復していくまでの約10カ月を記録したもの。

幸い症状は軽く後遺症もほとんど残らなかったが、それでもなかなか体から去らない痛みや薬の副作用、何より、言葉を紡ぐことができないでいる自身へのいら立ちが行間から立ち上ってくる。

孤独と寂しさの違いについて、私は今まで少々独りよがりだったかもしれない――「寂しさは自己の貧しさで、孤独は自己の豊かさ」などと書いてきたけれど。今、私は恐ろしいほどに寂しい。それは私が自分自身ではない・・・・からだ。

最悪なのは私のなかの詩が死んでしまったこと

「今、私は恐ろしいほどに寂しい」 豊かな孤独が生まれるとき
『74歳の日記』メイ・サートン 著 みすず書房 3,200円+税

それでもサートンは、移りゆく季節を濃厚に感じながら、自然あふれる海辺の生活において様々なことを発見してゆく。

体が不自由になってよかったことがひとつだけある。何人かの友人が闘っている病気について、自分が健康だったときよりずっと気にかけ、共感できるようになった。

若さとは、自分の体のことを気にしないでいられるということ。それに対して老年とは、多くの場合、何かしら体の不調や苦痛を意識的に克服する・・・・ことと関係している。

当たり前のことを、と思うかもしれない。だが、この当たり前のことを想像する力の欠如が、弱者に不寛容なこの世界を生み出しているのだ。

ありふれた日常にこそ

サートンの回復を支えたのは、花や草木の世話や庭仕事、犬や猫との生活、多くの信頼する友人たちとの食事やおしゃべり、手紙のやりとり。そして何より、読むことと書くことが彼女の生きるエネルギーとなる。この日記では、行きつ戻りつしながらも彼女が確実に自分を取り戻してゆくその過程が丹念につづられる。

今、この瞬間を、そのいちばん中心のところを生きていたい。ナンシーが花の苗を植えながらピエロ(評者注・猫のこと)に話しかけている声。そして遠くから――永続性をもたないすべてのものをさえぎって――聞こえてくる、やさしい海のとどろき。

長椅子にほんの数分間横になっていると、たとえようもない歓(よろこ)びの瞬間が訪れた――時間は四時。午後の光が、鮮やかな青いガラスの花瓶に活(い)けてある二本のアメリカシャクナゲの枝に当たり、その深みのある白い花を浮き立たせている。部屋全体に花の存在感が満ちあふれ、私はただそこに横になって目を奪われていた。

もはや日記というより詩である。そしてサートンは、「ある種の孤独が私のなかに棲(す)みついている」ことに気づく。それは時として、「まわりから見捨てられて、寂しく暮らしている」という「孤立」に取って代わってしまうこともあるが、友人たちやファンとの交流、ニュースに関心を寄せて社会とつながりを持ち続けること、そして父や母を思う日々のなかで、豊かな孤独へと輪郭を変える。

着慣れたコーデュロイのジャケットのように、古びてはいるけれど心地いい生活がまた始まる

それは特別な出来事ではない。ありふれた日常にこそ宿るもの。74歳の日記は、「ふたたび手に入れた生活、そしてこの先に待っているすべてのことへの歓び」に満たされて終わる。

すべての人がこのような時間を持てるというのは夢物語かもしれない。それでも、この一冊を読むことで見え方の変わる景色があるかもしれないと心から思う。

「今、私は恐ろしいほどに寂しい」 豊かな孤独が生まれるとき
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PROFILE
八木寧子

やぎ・やすこ
湘南蔦屋書店・人文コンシェルジュ
新聞社、出版社勤務などを経て現在は書店勤務のかたわら文芸誌や書評紙に書評や文芸評論を執筆。ライターデビューは「週刊朝日」の「デキゴトロジー」。日本酒と活字とゴルフ番組をこよなく愛するオヤジ女子。趣味は謡曲。

5夜連続の作家トーク「代官山 蔦屋書店 文芸フェス」開催

*イベントは中止になりました。

「ほんやのほん」でおなじみ代官山 蔦屋書店の文学コンシェルジュ・間室道子さんの好きな作家を呼んでトークをしてもらう「代官山 蔦屋書店 文芸フェス」。今年は「2020 春の陣」と題し、3月に5夜連続で開催されます。いずれも午後7時スタートで、参加費は1500円(税込み)。●印の回はサイン会もあります。
お問い合わせ・お申し込みは各リンク先、もしくは代官山 蔦屋書店(03-3770-2525)へ。

3月2日(月)●津村記久子さん「なんでも質問箱スペシャル!」
3月3日(火) 川上弘美さん × 岸本佐知子さん「ひな祭りゆるゆる対談」(満席)
3月4日(水)●柴崎友香さん × 小野正嗣さん「スペシャルトークショー」
3月5日(木)●クラフト・エヴィング商會・吉田篤弘さん&浩美さん × 堀江敏幸さんトークショー「ラジオ・やわやわ」(満席)
3月6日(金) 筒井康隆さん × 松浦寿輝さん「スペシャル対談」(満席)

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