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東京の外国ごはん
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楽しい時間はお金で買えない。みんなで食べて、人とつながる“ソーシャル・ダイニング” フリーランスシェフ ジョナ・レイダー

楽しい時間はお金で買えない。みんなで食べて、人とつながる“ソーシャル・ダイニング” フリーランスシェフ ジョナ・レイダー

「人生は誰とご飯を食べるかで変わる」。ある若い女性の起業家がそう語っていたが、たしかにそうかもしれない。一日三度の食事をとるとすると、一年で1095回。そこに費やす時間はまちまちだろうが、決して少なくはない。その時間を誰と過ごすか、どんなことを話すかで当然モノの見方や考え方が変わる。つまり、おのずと人生も変わってくるはず。

もしそのご飯を食べる相手が、偶然その場に居合わせたまったく知らない人だったら……? そんな日が1年に数回でもあったら、きっと人生はもっと彩り豊かになるだろう。

大学時代から“予約で4,000人待ち”!?

そんな刺激的な場を提供しているのが、ニューヨーク在住のジョナ・レイダー(Jonah Reider〈25歳〉)だ。彼の主宰するサパークラブ“Pith(ピス)”は、彼いわく「レストランではなく、ソーシャル・ダイニング」。週3日ブルックリンの家の一室に、予約をしていた6人のゲストが集まり、テーブルを囲む。お互いにバックグラウンドも知らない初対面のメンバーがその場でくじを引き、席につく。

料理は前菜と数種類のメイン、デザートからなるコースで、ワイン1本とチップも含めて40ドル。ゲストはみんなとシェアしたい飲み物を持ってくるよう勧められており、まるで誰かの家のディナーに行くかのようだ。ニューヨークの一般的なレストランに比べて値段はかなり抑えられているが、料理がおいしいと評判も上々。「シカゴ・トリビューン」「ニューヨーカー」「ニューヨーク・タイムズ」「ウォールストリート・ジャーナル」「フォーブス」など名だたるメディアにも取り上げられ、いまや予約のとれない“料理店”になっている。

楽しい時間はお金で買えない。みんなで食べて、人とつながる“ソーシャル・ダイニング” フリーランスシェフ ジョナ・レイダー
写真左:アシスタントシェフの谷口健太郎(銀座Redine)、写真右:フリーランスシェフのジョナ・レイダー

ジョナが“ソーシャル・ダイニング”を始めたのは、大学時代のこと。もともとはエコノミストを目指し、アメリカの名門大学のひとつ、コロンビア大学で経済学を専攻していた。2001年にノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・E・スティグリッツ教授のアシスタントをしていたが、勉学にいそしむ傍ら、「安上がりだから」と学生寮で友人たちに料理を振る舞い始めた。そして、あるときフェイスブックで広く参加者を募ったところ、瞬く間に話題の“店”になったという。その後、メディアに取り上げられたことでニューヨーカーたちが詰めかけ、一時は「4000人待ち」という事態にもなったそうだ。

いまはニューヨークでPithを主宰するだけでなく、世界中でポップアップイベントを開催したり、雑誌『Food & Wine Magazine』でコラムを書いたり、様々な企業とコラボレーションイベントを開催したり、CBD(カンナビジオール)オイルを使った調味料を製造する会社「Alto」を立ち上げたり……と縦横無尽に活躍している。

楽しい時間はお金で買えない。みんなで食べて、人とつながる“ソーシャル・ダイニング” フリーランスシェフ ジョナ・レイダー

“ソーシャル・ディナー”を東京で体験

そんな彼が昨夏、東京で一夜限りのポップアップを開いた。絶好の機会に“ソーシャル・ディナー”を体験しに行った。

会場は外苑前駅から歩いて5分ほどのところ。レストランではないが、キッチン付きのおしゃれなショップだった。ショップの入り口で待っていると、続々とその日の参加者たちが集まってくる。もちろんみんな初対面。心なしか少し緊張した面持ちで、まだ雰囲気もどこか硬い。そう、人と知り合うというのは、楽しい反面、面倒くさくもあるのだ……どこから会話の糸口を見つけるのか。共通の話題はあるのか。気は合うのか。お互いを探り合いながら、関係性を作り上げていくのは、大変といえば大変な作業だ。

そんな空気をやわらげるかのように、「よかったらどうぞ」とジョナ本人が笑顔でウェルカムドリンクを振る舞い始めた。冷たい微炭酸の白ワインに喉(のど)がよろこぶ。ああ、最高! 気持ちもふっと軽くなっていった。

スタッフにうながされテーブルにつくと、まずは両隣とも前の人とも「はじめまして」。簡単に自己紹介をしていると、おしゃれなお手拭きが出てきた。シルバーの小皿にちょこんと乗せられたお手拭きを手に取ると、ふわっと清涼感のあるいい香りが。ローズマリーのオイルだ。聞けば、日本のレストランで、水で広がる圧縮おしぼりが出てきたのを見て、さっそく試してみたのだそう。

楽しい時間はお金で買えない。みんなで食べて、人とつながる“ソーシャル・ダイニング” フリーランスシェフ ジョナ・レイダー

ステキな香りに包まれてうっとりしていると、すぐに一皿目が出てきた。なんと長方形の折敷(おしき)に料理が3皿のせられ、“縦長”の方向に置かれていった。つまり、通常の位置から90度ぐるりとまわしたポジション。日本ではまずお目にかからないであろう斬新なプレゼンテーションに、あちこちから「おお!」と歓声があがった。

プレゼンテーションが斬新なら、乗っているお料理も斬新だ。手前からアオヤギ貝に柑橘(かんきつ)類やペッパーをまぜたもの、薄いクラッカーにリコッタチーズとハーブをのせたもの、そしてグリッシーニに生のマグロを巻き付け、紫色の“何か”をふったもの。グリッシーニに生ハムというのは定番だが、まさかマグロがくるとは……びっくりしながら口に運んでみると、予想以上においしいこと! そして“何か”が絶妙に効いている。隣の人と「これなんですかね?」と話し合っているうちにすっかりみんなが打ち解けていた。ちなみに“何か”はゆかりだった。

楽しい時間はお金で買えない。みんなで食べて、人とつながる“ソーシャル・ダイニング” フリーランスシェフ ジョナ・レイダー

次に出てきたのはホタテのカボチャソースがけ。パリパリに焼いたケールがのっている。甘いホタテに甘いカボチャの味がマッチしていて、これまた美味。さらにカボチャの手づくりフォッカッチャ、ケールにナッツと干しぶどうを加え、チーズをたっぷりかけたサラダも出てきて、あちこちで「おいしい!」「こういう料理の仕方もあるのねえ」と話が弾んでいた。

楽しい時間はお金で買えない。みんなで食べて、人とつながる“ソーシャル・ダイニング” フリーランスシェフ ジョナ・レイダー

そしてメインは鯛(タイ)。コーンが添えられていて甘みのあるぷりぷりの身がたまらない。ディルがたっぷりかけられ、それだけでも十分おいしいが、「もしよかったら、カツオ出汁(だし)もかけてみてください」と、ジョナ本人がテーブルをまわり始めた。お茶漬けのように急須から出汁を注ぐと……たしかにこれもアリ!

楽しい時間はお金で買えない。みんなで食べて、人とつながる“ソーシャル・ダイニング” フリーランスシェフ ジョナ・レイダー
楽しい時間はお金で買えない。みんなで食べて、人とつながる“ソーシャル・ダイニング” フリーランスシェフ ジョナ・レイダー

〆(しめ)は麦とフェタチーズ、モロッコインゲンのリゾット。サラダやリゾットは大皿だったので、「どうぞ」「ありがとう」とお皿をまわすたびにあちこちで会話に花が咲く。メインを食べる頃には、人生や仕事の話、世界経済の話など、話題はあちこちに飛びながら大盛り上がりだった。

楽しい時間はお金で買えない。みんなで食べて、人とつながる“ソーシャル・ダイニング” フリーランスシェフ ジョナ・レイダー

そして、デザートのジュニパーベリーのアイスクリームを食べ、ジョナお手製のアーモンドミルクを使った食後酒を飲んでいると……目の前に座っていた上品なマダムがふとつぶやいた。

「これって、つまり食文化の革命ですよね」

人と人が出会うことで生まれる「化学変化」

たしかに、そうかもしれない。レストランというのは家族や友人、恋人、同僚など親しい関係の人と行くことが多い(1人ごはんをのぞいて)。逆に、まったく知らない人に出会うために食事に行くというのはこれまでにない発想だろう。そして、もしその場に食べ物がなかったら……と想像してみると、いかに料理が大役を果たしているかがわかる。料理なしで見知らぬ人たちと短時間でこんなに打ち解け、穏やかな楽しい時間を過ごせただろうか。これこそ食べ物を「シェア」するマジックなのではないか。同じものを一緒に食べる。感動を共有する。それだけで「赤の他人」と穏やかな気持ちでつながることができるのだから。

そして、シェアするなら食べ物はやっぱりおいしい方がいいに決まっている。おいしければおいしいほど多幸感が増し、いい言葉がたくさん紡ぎだされ、その場に冗舌な心地いい“音楽”が流れ出すのだ。

そう、きっとジョナがやりたいことは、こういうことなのだろう。人と人が出会うことで生まれる「化学変化」を引き起こすこと。そんな場を、料理を介して造ること。そこに価値やよろこびを見出すこと。こればかりはお金では買えない。ミシュラン3つ星のレストランには、お金さえ出せば行けるが、人との出会い、楽しい時間はお金で買えるものではない。言ってみれば、ソーシャル・ダイニングは10万円出しても“買えない”ディナーなのだ。

楽しい時間はお金で買えない。みんなで食べて、人とつながる“ソーシャル・ダイニング” フリーランスシェフ ジョナ・レイダー

日本で印象的だった「人の家に呼ばれたときのおもてなし」

イベント終了後、ジョナにインタビューしてみると、こんな答えが返ってきた。

「レストランはつまらない。星付きとか、ベスト10とか……そういうのは本当に意味がないと思っています。僕にとって興味があるのは、どうやって人を楽しませられるかということ。ソーシャル・ダイニングがここまで話題になったのは、結局いまのレストランの“ホスピタリティー”が均質的でつまらないからじゃないでしょうか」

「レストランは高くて、形式ばっていて、ヒエラルキーがあって、ビジネスライクで……。もし3日前に何を食べたか聞かれても、みんな答えられないでしょう? でも、きっと誰と食べたかは言えるはずです。つまり本当はソーシャルな要素が、どれだけゴージャスだったかよりも大事なんだと思います」

そんな風に語るジョナに、日本の滞在で一番印象的だったことを聞くと、まっさきに挙げたのは、「人の家に呼ばれたときのおもてなし」だった。

楽しい時間はお金で買えない。みんなで食べて、人とつながる“ソーシャル・ダイニング” フリーランスシェフ ジョナ・レイダー

「もちろん、おいしいものもたくさん食べました。寿司(すし)、そば、天ぷら、カツ丼、うなぎ……日本食のすばらしさは誰もが認めるところです。でも、僕が好きなのは日本の家庭料理を発見すること。何よりも刺激になるのは人の家に呼ばれ、そこでおもてなしを受けたときの経験です。靴を脱いで家にあがり、数分のうちに、目の前にお茶やお菓子やおつまみがどんどん出てくる。お豆腐にかつお節をかけたようなシンプルな料理だったりしても、美しい小皿で出てきて……そういうことに僕はすごく感銘を受けました。日本人にとっては驚くことじゃないかもしれませんが、アメリカにそういう家庭料理はありませんし、本当にすごいことだと思います」

日本の経験がインスピレーションになったかと聞くと、「インスピレーションという言葉は好きじゃなくて。それは特別なものではなく、みんなが持っているものだから……」と前置きしながら、こう続けた。

「誰でも料理はできるのに、みんなが料理をするわけじゃない。それは、クリエーティビティーがないからとか、インスピレーションがないから……というわけじゃありません。結局、自分ができると思っていないから、です。ソーシャル・ダイニングに参加することで、『自分も家に人を呼んでみたいな……』と思ってもらえたらいいですね。料理がうまくできなくたっていい。お客さんがよろこぶのは、難しい料理なんかじゃなくて、いい雰囲気で、楽しいかどうかってことですから」

そう、実は“ソーシャル・ダイニング”は自分でもできるはずだ。肝は料理そのものではなく、人なのだから。そして、おそらく人と人を楽しく結びつけるものが、少しの“サプライズ”とそれを共有する“よろこび”なのだろう。それがジョナの場合、料理だったのだ。

お金さえ出せば買えるものではなく、“お金以上”のものに価値を見出し、追い求めていくジョナ。“do-it-yourself hospitality”を広めていきたいと言いながら、楽しそうに働く彼の姿に、これからの社会が向かう方向が示されている気がした。

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