コロナ・ノート
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1日3食作ることで見えてきたもの ライター・佐久間裕美子

新型コロナウイルス感染症が広がる中、世界は重苦しい雰囲気と混乱に包まれています。そんな状況下で変わっていったライフスタイルや価値観、あるいは見つめ直したことについて、さまざまな立場の方々がつづる、&M、&w、&TRAVELの共同リレー連載「コロナ・ノート」。ニューヨークを拠点に活動するライターの佐久間裕美子さんが、自らの暮らしを観察することで見えてきたものをつづります。

1日3食作ることで見えてきたもの ライター・佐久間裕美子
1日3食作ることで見えてきたもの ライター・佐久間裕美子

1日3食作ることで見えてきたもの ライター・佐久間裕美子

佐久間裕美子(さくま・ゆみこ)

ニューヨーク在住ライター。1996年に渡米し、98年からニューヨーク在住。慶應義塾大学卒業。イェール大学で修士号を取得。出版社、通信社などを経て2003年に独立。政治家、ミュージシャン、作家、デザイナー、アーティストなど、幅広いジャンルにわたり多数の著名人・クリエーターにインタビューしてきた。
著書に『My Little New York Times』(NUMABOOKS)、『ピンヒールははかない』(幻冬舎)、『ヒップな生活革命』(朝日出版社)、翻訳書に『世界を動かすプレゼン力』(NHK出版)、『テロリストの息子』(朝日出版社)、『真面目にマリファナの話をしよう』(文藝春秋)。
https://www.sakumag.com/
https://note.mu/yumikosakuma

 

郊外の家に滞在中、NYはロックダウンに

これまでの人生で、1日3食のご飯を自分で作るということをしたことがほとんどない、という事実に気がついたのは、新型コロナウイルスCOVID-19によるロックダウンがニューヨークで始まり、毎食を自分で用意する生活をするようになってからだ。そんなこと、わざわざ改めて考えてみることはなかったが、常に1日に食べる食事の少なくとも1食は、人が作ったものをお金を払って購入し、それを食べてきたのだった。

3月上旬にアメリカで発見され、ニューヨークは大丈夫なのかと思いながら、仕事で滞在していた日本からアメリカに戻って1カ月半が経った。以前から予定していたとおり、1週間の予定で郊外の家にやってきたが、そのままニューヨークの感染が倍々の速度で増え、仕事がどんどん中止になったと思ったら、ロックダウンが決まったために、そのまま同じ場所にいる。

1日3食作ることで見えてきたもの ライター・佐久間裕美子

10年ほど前から、ニューヨーク市内から1時間半ほどの森林の中にある家を借りている。都会にずっといる生活がしんどくなり、ハリケーンが起きて交通が遮断され、マンハッタンに閉じ込められる、という体験を経て、知人が所有する土地にあった使われていない家を貸してもらえることになったのだ。ニューヨーク州が管理する未開発の土地に隣接するその場所は、とにかく静かで、長い原稿の執筆や、東京とニューヨークを往復する生活の合間のリチャージにぴったり。

借りた当初はそれなりに手を動かして改装などもしていたが、生活に困らない程度になってからは、ほとんど手つかずのまま放置していた。特に近年になってからは、仕事が忙しいと長期行けないことも多く、普段はだいたい週末を含む2、3日、長くても年に何度か1週間滞在するオアシスのような場所になっていた。

ところが、短期滞在用だった場所が、急に無期限で滞在する場所になったのである。幸い、生きていくのに必要なものはそろっていて、車で20分ほど行けば、スーパーやガソリンスタンドがある街がある。

いかに「調理」をアウトソースしてきたか

客が十分な距離を取りながら買い物できるように収容人数を制限しながら営業することで、どうしても長い列ができるニューヨーク市のスーパーと違って、どちらかといえば過疎地のスーパーは、普段以上にガラガラで、落ち着いて買い物をすることができる。ところが、まだ一部の飲食店がテイクアウトやデリバリーの営業を続けているニューヨークと違って、誰かが作ってくれるものを買う、という選択肢はない。ひたすら毎食、自分でご飯を作ることになる。

料理が嫌いなわけではなかったし、むしろやれば楽しいとは思っていたが、決して自分の生活の一部とは言えなかった。これまでは週に何度かは必ず仕事がらみ、または友人との食事が入っていたし、家にいても、ちょっと仕事が立て込んだりすれば、すぐに近くの店で食べたり、オンラインのアプリでデリバリーを注文することができた。お金さえ払えば、いとも簡単に、調理された食事が家にやってくるのである。

自分が3食作ることで、これまで自分がいかに調理というものをアウトソースしてきたかに気がついて衝撃を受けた。ご飯を毎日作るということが、こんなに楽しく、苦にならないことなのかに気がついたのである。

1日3食作ることで見えてきたもの ライター・佐久間裕美子

気がついたのはそれだけではない。コロナウイルス禍が起きて、アメリカのサプライチェーンが遮断された。いつもなら問題なく手に入るはずのものが何週間も入荷されなかったり、急に値段が上下したりする。自分がこれまでいとも簡単にアウトソースしてきた「食事」というものが、複雑なサプライチェーンの仕組みを通って、自分のところまでやってきていたのだ、という当たり前の事実を前に、私たちの生活の利便性というものは、巨大なシステムの多くの歯車がすべて機能して初めて成り立っていたのだ、と改めて思い知った。

ちょっとした不便なんて大したことない

田舎の森林地帯での暮らしには、都会の住居にはない問題も起きる。この1カ月弱の間に、様々な雑菌のキャリアであるダニにかまれて、ダニを検査する研究所のお世話にもなったし、竜巻がやってきて、近隣で大量の木が倒れ、一帯が停電することもあった。以前の自分だったらこういうことに多大なるストレスを感じただろうけれど、コロナウイルスのパンデミックを体験して、「でも自分は生きている」とおおらかに構えていられるようになった。自分はウイルスに感染していない。今のところ、自分も家族も健康だ。ちょっとした不便なんて、それに比べれば大したことではないのだ。

この何年も、日常的に飛行機に乗り、日本とアメリカを頻繁に行き来しながら、あいだの時間にヨーロッパや中南米にも足を伸ばす、という生活を送ってきた。自分は旅をする人生を送りたいと願い、それを優先して人生を設計してきたし、何よりもそういうライフスタイルを可能にするインフラがあったのだ。

1日3食作ることで見えてきたもの ライター・佐久間裕美子

自然を制御しきれるわけではない

結局のところ、コロナウイルスのパンデミックが起きたことで教えられたことは、人間は自然というものを制御したようなつもりになってきたけれど、それは幻想だったということだろう。人間が考えられる限りの叡智(えいち)を尽くして作ったシステムでも制御しきれないことがあるのだ。だからこそ、今、ウイルスのおかげで、人間たちが作ってきたシステムの大半は、一時停止を強いられている。自然にはかなわない――自分はこの大きな宇宙において、とても小さな存在で、こういうときにジタバタしてもしょうがないのだ、と考えると、解放感すら感じる。

まだ世界中で、たくさんの感染者や医療従事者が生死をかけた戦いを繰り広げている今、ポスト・コロナウイルスの世の中を想像するのは難しい。ときどき「自分は元の生活に戻るだろうか」と想像してみるけれど、それすらナンセンスなことかもしれない。とはいえ、自炊に目覚め、野菜の栽培や刺し子など、想像したこともなかった領域に踏み込もうとしている自分は、少なくとも前とは違う人間になっているだろう。

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