共感にあらがえ
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<12>感情と理性のコントロールだけでは解決できない問題がある 「共感できない物事への向き合い方」考察

テロ・紛争解決の専門家で実務家でもある永井陽右さんが「共感」の問題点を考察する連載です。過去6回は思想家や哲学者ら各界の知識人を招き、多角的に議論を深めてきました。識者の意見に触れ、永井さんの思考にも変化が生じます――。

弱者との向き合い方も「人それぞれ」

これまで分野の異なる6人の方々と対談させていただき、「共感」について様々な視点から検討を重ねてきた。それらを通じて私が考えたことは大きく二つある。

一つは、本連載の第1回から第5回で指摘したとおり、共感にはポジティブな面だけでなくネガティブな面が多数存在しているということだ。人は何かに強く共感したとき、視野が狭まりやすい。その延長線上に、共感できない相手に対する攻撃や排除といった暴力が顔を覗(のぞ)かせることもある。

私が共感を巡る大きな問題と考えているのが、この排除に近い行為だ。社会的支援を必要とする弱い立場の人が、世間から共感されないために見過ごされることがある。私は活動の一つとして元テロリストの社会復帰を支援しているが、いくらやむを得ない事情があったとしても反社会的行為に手を染めてきた彼らは世間から共感されず、必要な支援の手が差し伸べられない現実がある。

こうした問題への対処として、どれだけ共感できない人にも「人権」があることを誰もが意識することが重要だと私は考えてきた。だが、話をひっくり返してしまうようだが、おそらく人権を語るだけでは、共感できない相手を受け入れる社会にはならないだろう。いくら理性的に振る舞おうとしたところで行動が伴わないことは誰しもあるし、そもそも我々には理性的な行動を選択しない自由もあるからだ。これが今考えていることの二つ目だ。

以前対談したドイツ近現代哲学の専門家・御子柴善之教授は次のように話していた。

善悪を理性的に判断できたとしても、それを“自分事”に落とし込めないと、人は動けないものです。倫理学の世界では客観的に道徳的な善悪を判断することを「判定原理」、「これはよいことだからやろう」という主観的な動機を「執行原理」と呼びます。判定原理だけだと「わかっちゃいるけどやめられない」で終わってしまいがちで、執行原理に共感を持ち込むなどすれば、実際に動けるわけです

たしかに真っ当な指摘である。これらを踏まえると、何かを思考し、行動するに際して、人それぞれ共感の用法と容量に注意しつつ、行動にそれをうまく織り交ぜていくことが不可欠である――という話に行き着く。

この結論にどこか消化不良を感じるのは、社会的に弱い立場の人たちにどう向き合うか、という問題を個人の判断に委ねることになり、社会の在り方が今とたいして変わらないからだろう。そしてこの結論は、理性と感情を対立構造に置き、それらを適切にコントロールすることに社会問題の解決の糸口を見いだそうとしてきた私の思考方法の限界を示しているとも言える。そこで視点をもう少し広げて考えてみたい。

共感されない人が取り残される社会でいいのか?

「不快感」と言えば、一般的には共感できない物事に対して抱く感情の一つだろう。私は今まで「不快」について、心理的には遠ざけたいが場合によっては理性で乗り越えるべきもの、と考えていた。

だが、臨床心理士の東畑開人さんによれば、カウンセリングの世界では、「不快」を避けるだけだと深い人間関係が築けず、孤独になると考えるらしい。他人には多かれ少なかれ不快な部分があるからだ。そこで、不快さに慣れる、不快さをじっくり見つめて考えてみる、という発想が出てくるという。

この話は「不快」を、人間関係を築くための重要なファクターとして捉えており、同じ「不快に向き合う」にしても私の捉え方とは全く違う。普段とは異なる視座を獲得すると、考え方の幅も広がっていくものだ。

<12>感情と理性のコントロールだけでは解決できない問題がある 「共感できない物事への向き合い方」考察

peeterv / Getty Images

私はこれまで、街中で寒さに苦しむホームレスの方の横を人々が足早に通りすぎることについて、この連載で何度か取り上げてきた。

そうした状況について、社会的弱者の基本的人権が守られないまま放置されることへの問題意識を常々感じていたが、一方で我々には同じ権利の名の下に一定の自由が認められている。ならば自由と義務の折り合いをどうつけるべきか――そうした発想で、これまでこの問題を考えてきた。人権に普遍性があるのであれば、そこにこだわる意味は実際にある。しかし、それだけではどうにもならないのが現実であると言わざるを得ない。

当然ながら、我々が一つの行動を選択する裏には、目の前の物事に共感する/しないといったこと以外にも数多くの要素が存在するわけで、そこには個人の人生にかかわる重要な問題が含まれていることだってある。

不憫(ふびん)には思うけれど、自分には自分の事情がある――。そうした思いがあるからこそ、おおむね皆どことなく気まずい気持ちで、目を合わせないようにして、ホームレスの人たちの横を過ぎ去るのだろう。だから足早に過ぎ去るのだ。そうした胸のうちを想像せず、「弱者を見過ごした」という事実だけを指摘してその行動を否定してしまっては、何か大切な可能性を潰してしまう気がする。

様々な社会問題ついて、論理的な正しさを突きつけ、その対処を個人の責任に帰結させていくと誰もが行き詰まってしまう。この落とし穴にはまらないためには、「私は、共感できない(けれども社会的には弱い立場にある)人とどう向き合うべきか?」という問いの立て方から、「共感されない人は取り残される社会でいいのか?」という問いへと発想を変えることが必要かもしれない。

目の前の問題を放置することが社会の在り方として正しいのか。もしも正しくないとするのなら、どうあるべきなのか? そのような捉え方はまさしく公共性を意識することに他ならない。多くの人が公共性を志向するようになれば、少しは、少しずつは、社会全体がよくなっていくのかもしれない。

少しずつということがやはり気になってはしまうが、共感が万能薬ではないように、理性もまた万能薬でない。考え、問いかけ続けるということ。それこそ理性的に。そうすることで解決する問題もあるのだと思えるのだ。

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