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パパ友がいない
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人が死ぬとはどういうことなのか―― ぼくは誰かに説明してほしかった

連載「パパ友がいない」は、3歳と0歳の二児を育てる小説家・白岩玄さんが、新しい父親像を模索するなかで感じたことを思いのままにつづります。自分と同じように、親として悩みや葛藤を抱えるパパたちに呼びかけるように――。

#07 子どもの死生観を作るもの

去年の秋ごろ、一カ月ほど咳(せき)が止まらなかった。ぼくは小児喘息(ぜんそく)に苦しんだ過去があるので、もしかして喘息が再発したのかと思ったのだが、病院で診てもらった結果、幸いそういうわけではなかった。単に季節の変わり目で、呼吸器が弱っていただけらしい。それでも咳はけっこうひどく、咳止めの薬をのんでも、夜、眠れない日が何度かあった。

喘息は、ぼくにいつも父のことを思い出させる。6歳のときに亡くなった父も、長年喘息持ちだった。父はあるとき、喘息の発作がおさまらず、病院で診察を待っているあいだに急変して亡くなった。41歳。自分が今36歳なので、本当に若かったんだなと思う。ただ、そのことをよく覚えているからこそ、いざ自分が咳が止まらない日が続くと、ちょっと不安にもなってくる。偶然にも、ぼくの息子は今3歳で、ぼくが41歳になったとき、彼は7歳になる。父とぼくの年齢差とほぼ一緒だ。バカな考えだと自分でもあきれはするが、父親が喘息で亡くなっていると、どこかで自分もそれをなぞるのではないかと思ってしまう。

そんなわけで、咳が止まらなかったその一カ月のあいだ、ぼくは普段考えないようなことをいろいろと考えた。もしあと5年で死ぬのだとしたら、息子に何を残すかとか、どんなことをしてやりたいかとか、たいして具体的ではなかったが、ぼんやりと思いを馳(は)せていた。そしてもちろん、家族ともっと一緒にいたいと思った。妻と子ども3人(姉・姉・ぼく)を残して41歳で死んだ父は、さぞ無念だっただろう。そういったことも、初めて実感を伴った形で、痛ましく思うことができた。まぁ、父はたぶん自分が死ぬだなんて思っていなかっただろうが(あまり心配性な人ではなかったからだ)、ひょっとしたら、ぼくのように先行きを不安に感じたりしたこともあったかもしれない。

ただ、そんなふうに感傷的になっていた一方で、それとはまったく逆の気持ちも湧いていたのだ。つまり、もしぼくがこのまま死んだとしても、妻と息子はなんだかんだ大丈夫だろうと思っていた。自分自身が、母子家庭でもそれなりに育ったからか、ぼくは「父親がいなくても家族というのはどうにかなる」と思っているところがある。実際、妻にもよく言うのだ。「俺が死んでもなんとかなるよ」と。本当に死ねば、残った家族に深い悲しみを背負わせることになるのに、そんな心ない言葉を口にしてしまう。

でも、これは案外、根が深い問題でもある。思えば、ぼくは子どもの頃から、どこかで死を身近に感じてきた。この世には生と死のふたつの世界があって、多くの人は生の世界しか見ていないけれど、自分は生と死の世界が常に半分ずつ見えているような気がしていたのだ。大人になってからも、その感覚はあまり変わらず、死をテーマにした本や映画に心を惹(ひ)かれた。宗教には以前から強い関心があるし、最近では、世界各国の埋葬法に興味が湧いて、その手の本をいろいろと読みあさったりしていた。

ただ、それは言い換えると、父親の死を自分の中で未(いま)だに消化できていないということでもあるのだ。特にぼくは、子ども時代の心残りと言えばいいのか、人が死ぬとはいったいどういうことなのかを、誰からも教えてもらえなかったと感じている。父が亡くなったとき、母はぼくに「お父さんは天国に行った」としか説明しなかったし、病院で亡くなった父の遺体も、6歳の子どもにはショックが大きすぎるからと、ぼくだけ見せてもらえなかった(なので、棺に入ったきれいな顔の父しか知らない)。さらには、ぼくは覚えていないのだが、うちの一家は家族会議を開いて、父が亡くなったことを悲しむのはもうやめよう、これからは前を見て明るく暮らそうと決めたらしい。そのため、引っ越しをして環境を変え、割と早く元の日常に戻ったし、せいぜいお墓参りに行くくらいで、家族の中でも父の死を悼むことはなかったのだ。

もちろん、それらはすべて、子どもだったぼく(や姉)を思いやってのことだったとわかってはいる。現実から距離を取り、死とは違う方に目を向けることで、悲しみを緩和してもらったのだ。でも、結果的にぼくは、そうして守られたことによって、父の死に向き合わなくなってしまったように思う。

父が亡くなったことを、周りが目に見える形では悲しもうとしないから、ぼく自身もそれに倣い、日常に追われているうちに、父の死にふたをしてしまっていた。それが悪いことだったとは一概に言えないのだが、ぼくとしては、もう少し向き合う時間があってもよかったんじゃないかと思うのだ。先にも書いた通り、ぼくは人が死ぬとはどういうことなのかを、誰かに説明してほしかった。

とはいえ、6歳の子どもからそんな難題を突きつけられたら、多くの人は困ってしまうだろう。ぼくだって何と言えばいいかわからなくて、「死んだ人はお空に行って、そこから見守ってくれているんだよ」とか「君の中にいるんだよ」とどこかで聞いたことのある説明に頼ってしまうかもしれない。しかも、自分の経験に照らして言えば、6歳のぼくは、そういった説明では満足しなかったのだ。子どもは、それが借り物の言葉であるかどうかを、案外見抜いてしまったりする。

大人でもうまく説明できない死を、子どもにどうやって伝えればいいのか。それを考えたときに、いつも思い浮かぶ人がいる。ぼくのことを誰よりもかわいがってくれた、今は亡き父方の祖父だ。父の良き理解者でもあった祖父は、自分の息子に先立たれてしまったことに形容しがたい悲しみを感じていたと思うのだが、そんな祖父が父の葬儀の場で言ったひとつの言葉が、今でもぼくの死生観の土台になっている。

あの日、父が納められた棺が火葬場の炉の中に入っていくとき、ぼくのすぐうしろに立っていた祖父は、ぼくの両肩を強くつかんで、「おまえの父親はこれで終わりだからよく見ておけよ!」とひときわ大きな声で言った。その独特な表現と、体にまで響いた声と、両肩をつかんだ祖父の手の感触を未だに覚えている。事実、ぼくにとっての父は、そこでぷつんと終わっているのだ。もちろんお墓に入ってからは、しょっちゅう墓参りに行って、会いに来たような気にはなっていたが、肉体を持つ、確固たる存在としての父とはそこでお別れだった。だからあのとき、もし祖父が何も言ってくれなかったら、ぼくはもっと混乱していたかもしれない。たとえ正解がなくてもためらわず、自分の言葉で真剣に伝えようとしてくれたから、ぼくは死がどういったものであるのかを(十分ではなかったにせよ)少しだけ理解することができたのだ。

人が死ぬとはどういうことなのか―― ぼくは誰かに説明してほしかった

もちろん、祖父のしたことがすべての子どもに有効だとは思わない。もっとソフトな表現で「お空に行った」とか「あなたの中にいる」と言われた方がしっくりくる子もいるだろう。ただ、いずれにせよ、子どもが初めて身近な人の死を経験した際に、大人は何かしらの説明を求められることがある。そのとき親である自分が何と言うかは、今から考えておいてもいいような気がするのだ。

今回のエッセーを書いてあらためて感じたのだが、子どもに死をどう教えるかという難しい問いに対して、「これで終わりだからよく見ておけ」と言い切った祖父は、なかなかすごい人だったなと思う。祖父は戦争に行った人だったから、そうした経験から形作られた死生観だったのかもしれない。ぼくも早くに父を亡くした人間として、その経験を無駄にしない言葉を見つけたいものだ。

(イラスト・Tomomi Takashio)

     ◇◆◇

白岩玄さんの連載「パパ友がいない」は今回で終わります。ご愛読ありがとうございました。

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