北岸の畑は南向き、寒暖差大きく (3)スペインのエブロ川とリオハ・アラベサのワイン

川はどのようにワインに恩恵をもたらすのか? その答えを求めてイタリア、スペイン、フランスのワイン産地を訪ねる旅。第3回は、スペインのエブロ川の河畔(かはん)に広がるリオハ・アラベサを訪ねよう。
(文・写真:浮田泰幸、トップ写真はリオハ・アラベサの紅葉して燃え立つような色合いのブドウ畑)
ヘミングウェイが小説でうたったエブロ川
「エブロ河の谷の向こうの丘は長く白かった」
アーネスト・ヘミングウェイが小説『白い象のような丘』(高村勝治訳)でこのように描いたエブロ川が今回のテーマだ。

雪を頂いたカンタブリア山脈。この山並みが北からの寒風を防ぐ
スペイン東部を北西から南東の方向に貫いて流れ、地中海に注ぐエブロ川は全長約910キロメートル、イベリア半島ではタホ川(ポルトガルでは「テージョ川」)に次いで2番目に長い。この川の上流域に開かれたのがスペインを代表するワイン産地、リオハである。リオハの語源は「リオ・オハ」(Rio Oja=オハ川)、エブロ川の支流で、現在はオハ・オ・グレラと呼ばれる川にちなんで名付けられたという。
フランス・ボルドーの技術を導入
リオハのワイン造りの歴史は古く、紀元前のフェニキア人やケルティベリア人の時代にまでさかのぼる。キリスト教の聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指す巡礼のルート上にあり、リオハのワインは旅人の渇きを潤してきた。品質が飛躍的に向上したのは19世紀後半のこと。ピレネーの向こう側に位置する“お隣さん”、フランス・ボルドー地方から高度な醸造技術がもたらされ、リオハのワインは急速に世界基準に堪えるクオリティーを獲得していく。
リオハ西端の町アロはワインの集積地として大いに栄え、王妃マリア・クリスティーナから「市」の称号を与えられ、また、スペインで最初期に電気の通った町となった。往時には「アロ、パリ、そしてロンドン」という言い回しがあったという。
時は下って1991年、リオハはスペインのワイン法であるデノミナシオン・デ・オリヘン(原産地呼称制度)で最高位の「特選原産地呼称(DOCa)」に認定された。

リオハは赤ワインの産地として知られる。生産量の約75%は赤が占める

主要品種テンプラニーリョによる赤ワイン
強い風が吹く、岩だらけの崖の上からエブロ川を見下ろした。10月初旬、収穫期の終盤である。河岸に広がるブドウ畑は紅葉で鮮やかな暖色に彩られ、高貴なタペストリーのようだった。
中流域以降はほぼまっすぐに流れるエブロ川だが、リオハのある上流域ではクネクネと蛇行を繰り返す。リオハの年間降水量がわずか300〜510ミリ程度(日本の集中豪雨時なら数日以内に降ってしまう量)であることを考えると、エブロ川の水量は驚くほど多いという印象を受けた。

エブロ川の岸にまでブドウ畑が迫る
石灰が優勢の土壌と南向きのブドウ畑
ラ・リオハ州を中心に、バスク州、ナバーラ州にも広がるリオハは三つのサブゾーン──リオハ・アルタ、リオハ・アラベサ、リオハ・バハ──に分かれている。リオハ最大の町ログローニョを境に東の比較的低地に平坦(へいたん)な土地が広がるのがリオハ・バハ(バハは低いという意味)、西に広がるのが、山がちなリオハ・アルタ(アルタは高いという意味)。ここまでがエブロ川右岸である(リオハ・アルタの一部は左岸にも広がる)。リオハ・アルタから川を渡った左岸一帯が今回の旅の目的地リオハ・アラベサである。

赤ワインの陰に隠れがちだが、フレッシュでハーブ香のある白ワインもリオハの魅力

ワイナリーのランチで振る舞われる野菜と生ハムの煮込み料理
一般的に高品質のワインを生み出すためには、ブドウの果実が成熟する期間の昼夜の寒暖差が不可欠であるとされる。その点で有利なのは標高の高い土地ということになる。平地であるリオハ・バハは気候的にも安定し、豊産ではあるが、クオリティという点ではリオハ・アルタ、リオハ・アラベサに及ばない。崖の上から眺めた色鮮やかな光景は、この土地の寒暖差が大きいことを示していた。
川のこちら側リオハ・アラベサと対岸のリオハ・アルタの違いは土壌と地勢である。前者は石灰(ワインにフレッシュで生き生きとした感じを与える)が優勢であるのに対し、後者は粘土(ワインにボディと果実味を与える)が多い。エブロ川は基本的に西から東に流れているので、流れの北側に広がるリオハ・アラベサのブドウ畑の多くが南向きでより多くの日差しを受けることになる。日照は光合成を促し、果実の糖度を上げてくれる。糖は醸造でアルコールに変わり、ワインの「背骨」を構成する。
ラグアルディアを拠点に、ワイナリーへ
ボデガ(ワイナリー)巡りの拠点に選んだのは、丘陵の上に建設されたラグアルディアの町だ。12世紀の防壁に囲まれた旧市街を歩くと、何百年も前の世界に迷い込んだような不思議な気分になる。

ラグアルディアの町の内外を分ける門

夜のラグアルディア

サンタマリア・デ・ロス・レジェス教会。精緻(せいち)な木彫りが施された旧ファサード

バルでグラスワインとピンチョスをいただく

定番ピンチョスのヒルダ
石造りの家々の地下にはワインの自家醸造場がある。かつては各家の醸造場をつなぐ地下通路が張り巡らされ、それが有事の備えになっていたという。

一般家庭の地下に残る自家醸造場

ラグアルディアの町を遠望する。背後にはカンタブリア山脈

摘み残されたブドウ
町の防壁のすぐ外に立つと、“下界”は見渡す限りのブドウ畑だ。エブロ川までは7キロほどあるので、そこからは流れを拝むことができないが、北方に屏風(びょうぶ)のようにそびえるカンタブリア山脈が山頂付近に雪を頂いているのを見て、川筋の見えないところでもその地下には伏流水の流れが縦横にあることが想像できた。
ヘミングウェイが「谷の向こうの丘は長く白かった」と表現したのは山に積もった雪だったのだろうか? あるいは、山肌に露出する特徴的な石灰岩が陽光を浴びて輝いたものだったのだろうか?
(つづく)
【取材協力】
ABRA (Asociación de Bodegas de Rioja Alavesa)