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〈142〉しんどい時こそ文学を 27歳が“文士村”で営む古書店 「あんず文庫」

大正末期から昭和初期にかけて、現在の東京都大田区山王、馬込、中央一帯には多くの文士や芸術家たちが暮らしていた。関東大震災後に移住する人が増え、交流を深めていったという。川端康成、宇野千代、北原白秋、室生犀星、萩原朔太郎、尾崎士郎、村岡花子、三島由紀夫、山本周五郎など、住人のそうそうたる顔ぶれから、いつしか “馬込文士村”と呼ばれるようになった。

JR大森駅前から天祖神社に向かう石段の脇には“馬込文士村”の住人だった文士たちのレリーフがある。それを眺めつつ閑静な住宅街を通り抜け、池上通りと環七通りをつなぐジャーマン通りの一角まで徒歩約10分。ようやく「あんず文庫」にたどり着く。

外から見ると落ち着いた雰囲気の喫茶店に思えるが、杏(あんず)色の扉をくぐると、壁一面に古書が並び、右奥にはバーカウンター。古書店なのか、バーなのか一瞬迷うが、店主の加賀谷敦さん(27)曰(いわ)く、「古書店というスタンスですが、コーヒーやお酒を出していますし、本屋だろうが喫茶店だろうが、お客さまにゆっくりしていただくことを一番に考えています」

〈142〉しんどい時こそ文学を 27歳が“文士村”で営む古書店 「あんず文庫」

2019年9月に開店。“馬込文士村”に関わる作家の著作をはじめとした日本の文芸作品や、ルソーやロラン・バルトといったフランスの文学・思想書を扱っている。

太宰を読んで文学少年に

加賀谷さんが文学に興味を持ったのは中学生の頃。元々は活発なサッカー少年だったが、部活になじめず、完全に内向きな性格になってしまったという。太宰治を入り口に、文学の世界に浸るように。大学時代はフランス文学を専攻し、神保町の古書店でアルバイトもした。

〈142〉しんどい時こそ文学を 27歳が“文士村”で営む古書店 「あんず文庫」

大学卒業後は出版印刷の営業職に就いた。社外の顧客とのやりとりは楽しかったが、社内の人間関係に疲れ果て、1年半で退職。しばらく家から出られない状態が続いたが、気分転換に旅行するようになり、転機が訪れる。秋田で泊まったゲストハウスで併設のバルを手伝い、接客業の面白さに目覚めたのだ。

「旅先では肩書など関係なく、誰でもフラットに接することができます。会社勤めはもう二度とできないと思っていたけれど、自分の店ならできるんじゃないか。でも、積極的に店をやるというよりは、とりあえず僕がご飯を食べていくために、という感じでした」

〈142〉しんどい時こそ文学を 27歳が“文士村”で営む古書店 「あんず文庫」

太宰が好きで、両親が東北出身ということもあり、「縁を感じて」青森で店を開こうと考えたが、知らない土地で商売をやっていけるのか迷いがあった。青森での開業の相談に乗ってくれていた「古書 らせん堂」(青森市)を何度も訪れるうちに、室生犀星の弟子の伊藤人譽(ひとよ)が執筆した『馬込の家』という本を店主に勧められた。

「ちょうど、『やっぱり東京でやるかもしれないです』と言い出そうとしていた時にこの本を勧められて、馬込でやろうと決めました」

納得いく「値付け」に修業の日々

店名は犀星の小説『杏っ子』から。バーカウンターを設け、コーヒーとウイスキーを中心とした洋酒を出すことにした。

「僕は焼酎が好きなのですが、喫茶店でお酒も出すなら、洋酒の方が雰囲気に合ってるなと思いまして」

バルや古書店で働いた経験があるとはいえ、1人で店を切り盛りするのは大変だった。中でも「常に修行です」と言うのが、古書を買い取る際の値付けだ。自分なりに適正な価格を付けたつもりでも、客が納得しない時もある。

「お客さんの反応から納得されていないなと感じ、うじうじ1週間くらい悩むことも。たとえ適正な価格であっても、気持ちのすり合わせが大事。常に勉強しなくてはと思っています」

〈142〉しんどい時こそ文学を 27歳が“文士村”で営む古書店 「あんず文庫」

コロナ禍が生んだ新たな出会い

店の運営にもようやく慣れた頃、新型コロナウイルスの感染が拡大。4、5月は休業を余儀なくされ、乗り気ではなかったオンラインショップを立ち上げることにした。

「できれば対面で、この店の本を選んでもらいたかった。でも、そうも言っていられないので、本の表紙を撮影してサイトを作りました」

すると、普段はなかなか店を訪れることができない遠方の人が本を買ってくれたり、ネット上で客と交流ができたりとうれしいことが続いた。直接会話を交わせない分せめてもの思いを伝えたいと、直筆の手紙を同封して本を発送したところ、後日、購入者が「丁寧に梱包(こんぽう)された本には手紙が添えられており、店主さんの人柄が伝わる」とツイートしてくれたことも大きな励みになったという。

〈142〉しんどい時こそ文学を 27歳が“文士村”で営む古書店 「あんず文庫」

6月1日から、時短営業で店を再開した。遠方の客は減ったものの、近所の人やツイッターで店の存在を知った人が訪れ、じっくり本を吟味したり、カウンターでコーヒーやお酒を味わったりと、店に人の気配が戻ってきた。

「思想や文学ってちょっと難しくてとっつきにくい印象があるかもしれませんが、僕が中学時代にそうだったようにしんどい時こそこういった本を読んでほしい。昔の人って時代を背負うくらいの気概で、それこそ血を吐くように書いていたわけで、その言葉には普遍性があります。ゆっくり読めば今のみなさんにも当てはまることがきっと発見できると思います」

〈142〉しんどい時こそ文学を 27歳が“文士村”で営む古書店 「あんず文庫」

店長の加賀谷敦さん

■大切な一冊

『愛の詩集 室生犀星詩集』(著/室生犀星)

「ふるさとは遠きにありて思ふもの/そしてかなしくうたふもの」で知られる室生犀星の初期抒情(じょじょう)詩を集めた一冊。
「このお店を馬込でやる大きなきっかけとなった『馬込の家』と並んで、僕にとって大切な一冊。いつも愛用のブックカバーを付け、しおりを何枚もはさみ、かばんに入れて持ち歩いています。犀星は女性に対して崇拝に近いような思想を持っている人でした。まだ男尊女卑の風潮が強い中で、そういう思想を言えるのは一つの勇気だと思うんです。一方で、性別をも超越した、濁りのない力強い詩が多く、そこにも犀星らしさを感じます。
もう一つ紹介したい詩の一節が『幸福なんぞあるかないかも判(わか)らないが、/生きて生き抜かなければならないことだけは確かだ』。コロナ禍で先が見えない中、この言葉にはかなり勇気づけられました」

〈142〉しんどい時こそ文学を 27歳が“文士村”で営む古書店 「あんず文庫」

あんず文庫
東京都大田区山王2-37-2 パセオ山王101
https://anzubunko.stores.jp/

>>写真の続きは画面下のギャラリーをご覧ください

(写真・山本倫子)

>>book cafeまとめ読み

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