“制服のアルファロメオ” イタリア憲兵隊のパトロールカーたち

イタリアの憲兵隊、カラビニエリという組織
イタリアの自動車ブランド「アルファロメオ」は2020年にブランド創立110年を迎えた。それを記念し、伊ミラノ郊外アレーゼにある企業ミュージアム「アルファロメオ歴史博物館」では、憲兵隊の歴史車両6台を展示した常設ブースを新設した。題して「制服のアルファロメオ」コーナーである。
イタリアで軍警察とも訳される憲兵隊は、「Carabinieri」(カラビニエリ)という。国家警察(ポリツィア)が内務省の管轄であるのに対して、国防省の組織であり、陸海空軍と並ぶものと位置づけられている。
発足は1814年、イタリア統一に大きな役割を果たしたサルデーニャ王国にさかのぼる。第5代国王ヴィットリオ・エマヌエーレ1世が、護身と治安維持のため創設した組織だった。「Carabinieri」という言葉は、彼らが操作容易かつ軽量のカービン銃(イタリア語でcarabina)を携行していたことに由来する。
憲兵隊といっても、通常の警察(国家警察)と重複する任務が多い。市内のパトロールもするし、交通管制も行っている。市民が受けた被害の対応もする。かつて筆者が旅先で車からスーツケースまるごとを盗まれたときも、対応してくれたのは、地元のカラビニエリだった。

ただし、異なる点もある。
第一に、日本の110番にあたる緊急通報用の電話番号が、カラビニエリは独自のものである。ポリツィアの113に対し、カラビニエリは112だ。欧州連合の方針にしたがって、州ごとに統一作業が開始されているが、今日でも完了には至っていない。
第二に、ポリツィアの警察署は原則として県都に限定されるのに対し、カラビニエリの拠点は小さな町村にも置かれている。イタリアの小さな村に、カラビニエリの看板(どんなに小さくてもカゼルマ=兵舎と呼ばれる)がぽつんと掲げられているのをよく見かける。
ポリツィアとカラビニエリが併存する都市部では、大半の市民の意識のなかで、両者はさして違いがない。しかし地方部において、カラビニエリの隊員はより地域に密着している。かつての日本でいうところの「村の駐在さん」といった捉え方をされている。ひなびたバールで、制服のままカラビニエリ隊員が、休憩のエスプレッソ・コーヒーを立ち飲みしているのは、よくある風景だ。
イタリアのテレビドラマでは、ポリツィアとカラビニエリ双方を題材にしたものが放映されてきたが、映画も含め相対的にユーモラスに描かれているのは、カラビニエリである。

「パトロールカーといえばアルファロメオ」の時代
使用する車両も、たとえベース車種がポリツィアと同一でも、カラビニエリのものは塗色や仕様が異なる。
カラビニエリが自動車を導入したのは、19世紀末の1899年。第2次大戦前から戦中にかけて、カラビニエリが多く採用したのはフィアットであった。答えは簡単で、まだ市街のパトロールカーというものは事実上存在しなかったからである、また当時アルファロメオは超高級車で、わずかに植民地で軍幹部が乗る車両しかなかったという。
対して戦後は、イタリアで「ポリツィアやカラビニエリ車両といえばアルファロメオ」という時代が始まった。背景には同社が、実質的に公営企業であったことがある。加えて、より市場を獲得しやすい一般車生産へと経営方針を転換したことから、導入が始まったパトロールカーとして制式採用するにふさわしいモデルが登場したためである。

今回アルファロメオ歴史博物館に加えられた常設展示は、この戦後におけるカラビニエリ車両の変遷を振り返るものだ。
戦後最初にアルファロメオがカラビニエリに納入されたのは1951年。国防省の要請で、独自開発した4輪駆動車 AR51-1900M“マッタ”であった。アメリカのジープを手本にしていたものの、ツインカム・エンジンなど洗練されたメカニズムを有していたところは、このブランドの真骨頂といえる。
続いて大量導入されたのは、1963年のジュリアで、パトロールカー時代の幕開けを飾った。このジュリアは、外部のボディー製作業者「コッリ」によって、ワゴン仕様も製作された。展示の脇に掲げられた当時の資料には、フィアット製ワゴンよりも全長×全幅は小柄でありながら、全高は高い、つまり使いやすいことが強調されている。


1972年には塗色が、軍の一組織であることを匂わせる従来のオリーブ色から、濃紺+白ルーフに変更された。
アルフェッタをベースにした要人護衛用車両も展示されている。赤い旅団などによるテロ事件が多発した時代を象徴する1台だ。アルフェッタのカラビニエリ仕様車は1973年の75台を最初に、その後10年以上にわたり3600台が納入された。当時の事件を伝えるニュースフィルムに、かなりの頻度でアルフェッタが登場する理由が判明した。
ついでに言うと、1970年代後半から80年代におけるアルファロメオの経営状態の悪化も、カラビニエリ需要を高めたのは疑いない。当時、一般向け雑誌広告に「アルファロメオを買おう。仕事とイタリアの技術を守るために」という悲痛ともいえるメッセージが記されていた時代である。官公庁が率先して導入したのは、十分察することができる。

ミニチュアまで品薄のカラビニエリ仕様
展示はアルファロメオが民間企業フィアットに売却される前年である1985年に発表されたアルファ75パトロールカーで締めくくられている。
いっぽう今日の規則では、カラビニエリ車両は必要な技術仕様を公開したうえで、欧州連合(EU)レベルでの入札を実施する必要がある。そのため、英国車やフランス、そしてスペインのブランドも採用されている。日本ブランドでは1990年代末から日本のスバルが採用されたのをはじめ、三菱やスズキも用いられている。2019年春にはトヨタの現地法人からヤリス・ハイブリッド250台がリース方式で納入された。
ただし今日でも、カラビニエリ車両のシンボル的存在といえば、アルファロメオだ。2016年の資料によると、同じFCA(フィアット・クライスラー・オートモービルズ)製であるジープと合わせて、納車台数は800台にのぼる。
そのなかでもスターは、現行ジュリアの「クアドリフォリオ」である。FCAから2台が無償貸与されたものだ。510馬力、0-100km/h 3.3秒、最高速307km/hという高性能車である。ゆえに、選ばれた隊員のみがアルファロメオのインストラクターによるサーキット・トレーニングを受講したうえで乗務している。同車は臓器の緊急移送や、各地での広報活動がその用途とされている。2019年6月に筆者が訪れたトリノ「パルコ・ヴァレンティーノ・モーターショー」でも、新型車に比肩する人気車となっていた。

そういえば数年前、イタリアの筆者を訪ねてきたフランス人の知人家族は、アルファロメオのカラビニエリ仕様車が通り過ぎるたび興奮していた。「イタリアの警察車は、フランスよりも、格段にスタイリッシュだ」という。たしかに、フランスで警察車は、ルノー、シトロエン、プジョーといったポピュラー・ブランドである。
そう書いていて、久々に彼らにカラビニエリ仕様車のミニチュアカーでも中元代わりに送ろうと思いたった。ところがカラビニエリの車両、とくにアルファロメオを模したものは、人気のようで見つからない。有名な観光地である我が街ゆえ、夏休みに外国人観光客たちが土産に買って行ったのだろう。
どの玩具店を覗(のぞ)いても見つからずじまいであったが、そこまでアルファロメオのカラビニエリ仕様が人気かと想像すると、それはそれでうれしくなった筆者であった。
(写真 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA / FCA)
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アルファ・ロメオ歴史博物館 Museo Storico Alfa Romeo-La macchina del tempo
Viale Alfa Romeo, Arese (Milano) ITALIA
開館日 2020年8月現在、土日のみ
開館時間 10:00~18:00 (入館は17:30まで)
料金 一般12ユーロ
www.museoalfaromeo.com