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京都ゆるり休日さんぽ
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晩夏の京都に秋の風。文学や歌から生まれる和菓子「菓子屋のな」

きびしい残暑が続くなか、京都でいち早く秋を告げるものの一つが、和菓子。五山送り火を過ぎると、和菓子の意匠も秋の装いへと衣替えしていきます。そんな秋の気配を探しに、今回訪ねたのは、5月にオープンしたばかりの和菓子喫茶「菓子屋のな」。季節を繊細に映しとる京菓子の心を大切にしながらも、フルーツやハーブを取り入れた味わいと物語を感じる菓銘が、新しい和菓子の楽しみを教えてくれる一軒です。

■暮らすように、小さな旅にでかけるように、自然体の京都を楽しむ。連載「京都ゆるり休日さんぽ」はそんな気持ちで、毎週金曜日に京都の素敵なスポットをご案内しています。
(文:大橋知沙/写真:津久井珠美)

物語や音楽を題材に、フルーツやハーブを取り入れて

生菓子とドリンクのセット

生菓子とドリンクのセット(980円・税込み)。ドリンクはコーヒー、煎茶、和紅茶のほか、アルコール(+300円)も選べる

くるくる回るかざぐるまのような姿が郷愁を誘う和菓子の銘は「風あざみ」。淡緑色のういろうでジャスミンティーのあんを包んだ、晩夏から秋のはじまりにかけての生菓子です。

「井上陽水さんの『少年時代』の一節から取りました。風あざみという言葉は井上陽水さんの造語だそうですが、この響きがとても好きで。まだまだ暑くても、風は秋になっているよというメッセージになるような気がします」

生菓子

生菓子はショーケースから選ぶことができる。キウイようかんの「嬉々(きき)」(中央)などそれぞれの菓銘もユニーク

そう語るのは、「菓子屋のな」の店主・名主川千恵(なぬしがわ・ちえ)さん。市内の和菓子店で菓子職人として働きながら、インスタグラムで日々投稿するオリジナルの和菓子が話題を呼び、いつしかフォロワーは5千人以上に。和菓子に使われることの少ないフルーツやスパイス、ハーブなどを積極的に取り入れ、色や形で季節を表す従来の和菓子に、香りや風味をも添えてくれます。

店内

シンプルで洗練された店内は、和菓子喫茶といっても気負わずカフェ感覚で立ち寄ることができる

さらに、名主川さんの和菓子に多くの人が魅了される理由は、一つひとつの菓銘に込められた背景の奥深さ。幸田文の随筆集『月の塵(ちり)』から「花おさまり」、黒澤明『素晴らしき日曜日』の印象的なシーンから「雨あがり」、コロナ禍に揺れる世に早く笑いが訪れますようにと「チャーリーチャップリン」など、小さな和菓子からは想像もしなかった物語が、たった一語の菓銘から立ち上がります。

普段の生活に寄り添いながら、文化を知るきっかけに

兵庫・淡路島出身の名主川さんは、大学進学を機に京都へ。在学中に、季節を抽象的に表現する京菓子の奥深さにひかれ、卒業後は製菓学校に通い、北区の老舗の和菓子店「長久堂」で働きはじめました。そこで出会った工場長は、戦前の丁稚(でっち)奉公時代から長久堂で働き、和菓子作りに生涯をついやしてきた人。工場長の付ける菓銘は、古典から取るばかりではなく、映画や文学、音楽から着想した語を用いることもあり、そのたびに名主川さんは、言葉と和菓子が紡ぐ物語に思いを馳(は)せたといいます。

名主川千恵さん

店主の名主川千恵さん。元イタリアンシェフの夫とともに「菓子屋のな」をオープン。和菓子はもちろん、和にちなんだ洋菓子やパンも並ぶ

「工場長に菓銘の意味を聞いたら、A4用紙にびっしり書かれた名付けの由来を見せてくれたりして……。お客様にお見せするわけじゃないんです。それなのに、ここまで考えて菓銘を付けているんだ、と……。毎日、学ぶことが楽しかったですね」

師から学んだ近代日本の文化を知るうちに、自分でも古い文学や映画、歌の世界にのめり込んでいったという名主川さん。個人で和菓子作家として活動を始めてからも、その経験と知見が土台になりました。

お菓子

「即興詩人 アントニオとララ」(ドリンクとセットで1450円・税込み)。季節のハーブを添えて

「のな」の看板菓子である「アントニオとララ」は、名主川さんの生み出す、言葉と和菓子の豊かな関係を象徴するもの。森鷗外が9年かけて翻訳したアンデルセン作『即興詩人』のオマージュとして、2人の登場人物を二つの味わいのあんこ玉に仕立てました。詩人・アントニオの翻弄(ほんろう)される人生をほろ苦い焦がしキャラメルあんで、盲目の少女・ララの情熱的な生き様を甘酸っぱいトロピカルあんで表現。『即興詩人』を知る人も知らない人も、その味わいから登場人物たちの人生を想像せずにはいられなくなります。

菓子型

壁にはいくつもの菓子型が飾られている。店の内装は知人のデザイナーが手がけてくれた

「菓銘から『こんな物語があるんだ』と興味を持っていただけることもあって、それがうれしいです。また、『少年時代』のように誰しも知っている歌からの銘なら、それぞれが自分自身の思い出に重ねてもらえることも……。普段に食べていただきたいお菓子だから、普段の生活になじんだ題材を選んでいきたいと思うんです」

たい焼きとジェラート

季節替わりの洋菓子のプレートにも、どこか和の要素が。こちらは「りんごのたい焼きもなかとスモモのジェラート」(1320円・税込み)

「のな」では和菓子だけでなく、一緒に店を営む元イタリアンシェフの夫が作る洋菓子や、コーヒーやお酒との組み合わせも提案しています。一緒に訪れた人と和菓子と洋菓子をそれぞれオーダーしたり、日本酒とのマリアージュを堪能したり……。「今」の生活に合うスタイルで自由に、カジュアルに楽しむことができるから、茶道や京菓子に詳しくなくとも気負わず訪ねることができます。

外観

堀川五条にほど近い住宅街の一角。席数が限られているのでティータイムを外しての来店もおすすめ

普段の暮らしと文化との橋渡しをするように、そっと語りかけてくる「のな」の和菓子。凜とした意匠に見とれ、菓銘に好奇心をくすぐられ、季節の果実の香りを味わい、菓銘の意味を知る。それが遠い時代の古典ではなく、ほんの少し前の文学や歌への扉だったら……。和菓子を味わうひと時こそまるで、物語のようではないでしょうか。

菓子屋のな
https://www.instagram.com/kashiya.nona/

■「京都ゆるり休日さんぽ」のバックナンバーはこちら

BOOK

晩夏の京都に秋の風。文学や歌から生まれる和菓子「菓子屋のな」

京都のいいとこ。

大橋知沙さんの著書「京都のいいとこ。」(朝日新聞出版)が6月7日に出版されました。&TRAVELの人気連載「京都ゆるり休日さんぽ」で2016年11月~2019年4月まで掲載した記事の中から厳選、加筆修正、新たに取材した京都のスポット90軒を紹介しています。エリア別に記事を再編して、わかりやすい地図も付いています。この本が京都への旅の一助になれば幸いです。税別1200円。


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