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戦国大名・朝倉氏の栄華と没落の地 一乗谷朝倉氏遺跡(1)

日本の城を知り尽くした城郭ライター萩原さちこさんが、各地の城をめぐり、見どころや最新情報、ときにはグルメ情報もお伝えする連載「城旅へようこそ」。今回は福井市の一乗谷朝倉氏遺跡です。戦国大名・朝倉氏の栄枯盛衰や戦国時代の城下町の姿を伝える、広大な国の特別史跡でもあります。
(トップ写真は朝倉氏5代の本拠地、一乗谷朝倉氏遺跡)

【動画】一乗谷朝倉氏遺跡を訪ねて

明智光秀が頼った朝倉義景

美濃を追われた明智光秀は、朝倉義景を頼って越前に逃れたとされている。称念寺(福井県坂井市)の門前で、10年ほど浪人として過ごしたようだ。朝倉氏が美濃守護の土岐氏と親しい間柄であったことから、土岐一族出身の光秀は朝倉義景を頼ることができたという。

光秀の前半生は謎が多く、越前での動きも定かではない。一説には、鉄砲の腕を買われて義景への仕官がかなったという。文献上で光秀の名が確認されるのは、1567〜68(永禄10〜11)年頃の室町幕府に従う幕臣のリストで、足利義昭の「足軽衆」として光秀らしき名が記されている。兄の足利義輝を殺害された義昭が、義景に協力を求めて越前に滞在していた際の内容だ。光秀は越前で義昭や細川藤孝と出会い、流浪の身だった義昭に仕えるようになったらしい。

後に義昭は、藤孝を通じて織田信長とひそかに通じるようになる。そして、1568(永禄11)年に美濃へ移り、同年に信長と上洛を果たす。この過程において、光秀は義昭や藤孝と行動を共にしたのだろう。藤孝のもとで義昭と信長の間を取り持つ存在となり、中継役としての働きがその後の躍進につながっていったと考えられる。

戦国大名・朝倉氏の本拠地、一乗谷

義景を5代目とする朝倉氏が、103年間にわたり越前支配の本拠地としていたのが、福井市の一乗谷だ。現在は城と城下町一帯が、一乗谷朝倉氏遺跡として国の特別史跡に指定されている。

朝倉氏は但馬出身の豪族で、南北朝時代に朝倉広景が越前に入国した。朝倉孝景の応仁の乱での活躍により、越前一国を統治する戦国大名へと飛躍。以後、孝景を初代として、2代・氏景、3代・貞景、4代・孝景(初代と同名)、5代・義景まで103年間、幕府で重要な地位を占める戦国大名として君臨した。

一乗谷は、足羽川(あすわがわ)の支流である一乗谷川に沿った細長い谷合いだ。福井市中心部から南東に10キロほど離れたところにある。実際に訪れると山に囲まれた僻地(へきち)という印象もあるが、地形図を広げてみれば、かなり興味深い地勢にある。福井平野から山地に入ってすぐの好立地で、美濃街道が通り、南には府中守護所のある武生に通じる朝倉街道が整備されていた。栄華を誇った朝倉氏の拠点として、これ以上ないふさわしい立地といえよう。

戦国大名・朝倉氏の栄華と没落の地 一乗谷朝倉氏遺跡(1)

左が朝倉氏館、右が中の御殿跡

日本で初めてわかった、戦国大名の居館と城下町

一乗谷朝倉氏遺跡は、多くの人々が訪れる福井県有数の観光地となっている。しかし、ふらりと訪れただけでその素晴らしさを実感するのは難しいかもしれない。というのは、発掘調査に基づいて一部の建物が復元され、平面表示も充実してはいるものの、専門的な知識なくしてその価値を理解するのはハードルが高いからだ。もちろん、戦国時代の建物などは一切残っていない。

1573(天正元)年に信長に攻められ朝倉氏が滅亡したとき、一乗谷は三日三晩焼き尽くされてしまった。一乗谷朝倉氏遺跡の学術的な価値は、灰燼(かいじん)に帰した戦国大名の居館と城下町が、発掘調査によって良好な状態で掘り起こされ、戦国大名の城下町が日本で初めて具体的に明らかになったことにある。谷全体に形成されていた一大都市を想像し、それをつくり上げていた朝倉氏の栄華に思いをはせられるかどうかが、一乗谷朝倉氏遺跡を楽しむポイントになるだろう。

居館跡と、特別名勝である四つの庭園

戦国大名・朝倉氏の栄華と没落の地 一乗谷朝倉氏遺跡(1)

朝倉義景の居館があった、朝倉館跡

着目スポットは、大きく四つある。「居館跡」「城下町」「上・下の城戸」「一乗谷城」だ。一乗谷は、北以外の三方を山に囲まれた約1.7キロの南北に細長い谷合いにあり、谷の両端に上城戸と下城戸が置かれ、その内側に朝倉氏および家臣の居館、城下町が形成されていた。そして、谷の東側の山に一乗谷城が築かれていた。

戦国大名・朝倉氏の栄華と没落の地 一乗谷朝倉氏遺跡(1)

城下町の北端に置かれた下城戸

「居館跡」とは、領主である朝倉氏やその家臣たちの居住空間跡のことだ。遺跡の代表的な撮影スポットとなっている唐門を抜けたところが、義景が暮らした「朝倉館」である。山に面する西側を除く三方向に高さ1〜4.5メートル、幅5〜13メートルの土塁、その外側に堀がめぐり、十数棟の建物が建ち並んでいた。京都の将軍邸とよく似た建物群の配置が、最大の特徴だ。1568年には、義景が義昭をこの館に招き盛大にもてなしたことが「朝倉亭御成記」などに記されている。

ちなみに唐門は、義景の菩提を弔うために江戸時代に建てられたと推定されるもの。出入り口は、唐門が建つ西側の正門のほか、北門と中門があった。

戦国大名・朝倉氏の栄華と没落の地 一乗谷朝倉氏遺跡(1)

朝倉氏館の正門跡に建つ、唐門

朝倉館跡を見下ろす山腹にある湯殿跡庭園をはじめ、いくつも発掘されている庭園も見どころだ。一乗谷朝倉氏庭園として、四つの庭園(朝倉館跡庭園、湯殿跡庭園、諏訪館跡庭園、南陽寺跡庭園)が室町時代末期の庭園の様式を伝える貴重な事例として国の特別名勝に指定されている。

朝倉館背後の高台にある湯殿跡庭園には、石組がよく残る。鶴岩亀岩を思わせる島がある、力強く豪壮な戦国大名らしい庭園の姿だ。かつては池に水がたたえられ、滝口に注ぐ池泉庭園だった。最大規模の諏訪館跡庭園は、義景が妻のために作庭させたと伝わる豪壮華麗な庭園。中心に4メートルほどの巨大な滝石が置かれ、上下2段の構成となっている。これからの季節は紅葉が美しい。南陽寺跡庭園では、義昭を招いて観桜の酒宴が催されたこともあるという。

戦国大名・朝倉氏の栄華と没落の地 一乗谷朝倉氏遺跡(1)

湯殿跡庭園


戦国大名・朝倉氏の栄華と没落の地 一乗谷朝倉氏遺跡(1)

諏訪館跡庭園

武家屋敷や町屋が混在する城下町

「城下町」は、朝倉氏館跡と一乗谷川を挟んで、道路に沿うように形成されていた。整然と区画された城下町が「町並立体復原地区」として再現され、武家屋敷、寺院、商人や職人の住む町屋などが並ぶ。それらが混在するところが、江戸時代の城下町とは異なる点だ。風情ある町並みとして観光客が訪れるスポットだ。一乗谷川は、流路や川幅は少し異なるものの、現在と同じように居館と城下町の間に流れていた。

戦国大名・朝倉氏の栄華と没落の地 一乗谷朝倉氏遺跡(1)

中の御殿付近から見る城下町方面

よみがえった中世の一大都市

復原町並は、武家屋敷群と町屋群に分かれている。まずは、その違いに注目するといいだろう。職業や身分の異なる人々の営みを、肌で感じることができる。

武家屋敷群は、西側(山側)と東側(川側)では敷地の広さや門の形状が異なる。その違いを見比べるだけでもおもしろい。例えば、西側の武家屋敷の門は4本の柱で支えられた四脚門だが、東側の武家屋敷の門は2本の掘立柱で支えられている。西側の武家屋敷跡の面積がかなり広いのは、朝倉氏の重臣の住まいであった可能性が高いため。屋敷内に工房を備えて職人を抱え、敷地内に庭園もあったようだ。一方、東側に復原されているのは中規模の武家屋敷。土塀で囲まれ、西側の道路に向かって表門が設けられている。

戦国大名・朝倉氏の栄華と没落の地 一乗谷朝倉氏遺跡(1)

復原された城下町


戦国大名・朝倉氏の栄華と没落の地 一乗谷朝倉氏遺跡(1)

西側の武家屋敷の門

武家屋敷や町屋は進んだ建築様式で、一乗谷の文化水準の高さがうかがえる。朝倉館からは日本最古の花壇、台所、厩(うまや)、蔵などが確認され、出土遺物も先進的。庭園の造営技術も高く、朝倉氏と京との文化交流を物語っている。京にも劣らない、極めて華やかな一大都市だったようだ。それにもかかわらず、跡形もなく消える運命にあった。戦乱の世のはかなさが感じられる、ロマンあふれる遺跡だ。

(つづく。次回は9月7日に掲載予定です)

#交通・問い合わせ・参考サイト

■一乗谷朝倉氏遺跡
http://fukuisan.jp/ja/asakura/index.html(福井市文化遺産ホームページ)

http://asakura-museum.pref.fukui.lg.jp/(一乗谷朝倉氏遺跡資料館)

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