出会ったからこそ、できた店 茅ケ崎のコーヒーショップ「小川売店」

茅ヶ崎には「鉄砲道」という、ちょっと不思議な名前の道がある。海岸から少し内陸に入ったところを東西にまっすぐ走る道で、由来は江戸時代、この道が鉄砲場へとつながっていたことにちなむ。
その鉄砲道沿いに、小川卓哉さん(32)、小雪さん(34)夫妻が営む「小川売店」がある。目印はドアに描かれたリアルなタコのイラストと、外壁についた「KODAK(コダック)」の看板。
「『売店』というネーミングで干物屋さんに間違われることもありますし、コダックの看板を見て『写真屋さんですか?』と首をひねられたりもします」
ふたりが笑うように、ひとめ見ただけでは「?」の店は、朝8時から夕方6時まで開いているコーヒーショップ。入り口から向かって右側が1970年代を思わせるレトロなスナック風のしつらえで、左側はまったく雰囲気の変わるグラマラスなカフェ空間になっている。メニューにはコーヒーにホットドッグ、クリームソーダといった、なつかしい定番が並ぶ。
昭和時代の上品な喫茶店・パーラーの雰囲気をかもしながら、ポップでシックな美意識が反映された店は、2018年4月にオープンした。以来、茅ヶ崎エリアの住人はもちろんのこと、東京のカフェ好きの間にも、その存在感が評判になっている。
背景にはふたりが20代だった頃の経験が息づいている。
大学時代に公認会計士を目指していた卓哉さんは、就活を行わないまま大学を卒業したが、難関の試験に挫折したことから、フリーター生活に突入。スターバックスコーヒーでアルバイトをしていたときに、働きぶりを見込んだ上司から、同社の新業態「ネイバーフッドアンドコーヒー」のチームに誘われ、そこからコーヒーショップのビジネスに興味の軸を移すようになった。
スターバックスのような大資本のほかに、まちで個人が営むインディペンデント系のコーヒーショップでも働いた。16年から2年間は、パリ発のアパレルブランド「メゾンキツネ」が東京・表参道に出店した「カフェキツネ」で、都会の目利きたちの、目と舌にかなうコーヒーを淹(い)れ続けた。
卓哉さんには、30歳までに自分のコーヒーショップを開くという明確な目標があった。美術大学を卒業後、アパレル会社などで勤務した小雪さんも、漠然とだがショップオーナーになる夢を抱いていた。そんなふたりが出会ったのは13年。意気投合した後でわかったのは、同じ高校の同窓生だったこと。さらに、軽音楽部に属していて、バンドを組んでいたところも同じだった。
「学年が違っていたので、直接に会ってはいなかったのですが、明確な夢を持った夫と出会ったことで、私の夢も『コーヒーショップを開く』と、はっきりとしたものになりました」(小雪さん)
千葉県柏市に実家があるふたりが、もうひとつ意気投合したのは、「海のあるまちに暮らしたい」という思いだった。千葉から東京へ。そして、東京から神奈川へ。1階を店に、2階を住まいにと、職住一体で暮らせる中古物件を探したところ、茅ヶ崎で長年営まれていた元・写真屋さんの建物に出会ったのだった。
(→後編は10月9日に公開予定です。)
小川売店
〒253-0061 神奈川県茅ヶ崎市南湖5-11-1
TEL:0467-37-5082