ネット広告が抱える問題とは? 解決のために、企業やユーザーができること

マーケティングなどをテーマにした世界最大級のイベント「アドバタイジング・ウィーク2020アジア」(AW2020Asia)の開催にちなみ、各界の第一人者が語るリレー企画。第5回は、急成長を遂げ、いま様々な課題を突きつけられているネット広告について、popIn取締役の金谷徹氏が論考します。
「クリック率1%」の中での戦い
インターネット広告が登場して24年。今やその広告費は4マス(テレビ、新聞、雑誌、ラジオ)の合計額に匹敵する規模にまで成長しました。ネット広告の特徴は、パフォーマンスが数値化できるということです。それは広告を出す側にとって大きなメリットですが、業界全体で見ればデメリットもありました。
広告主や代理店、アドテクノロジー企業がユーザーからより多くの反応を得ようと競争し続けた結果、皮肉なことに、広告への反応率は徐々に低下。現在、多くの企業はクリック率1%程度の、非常に小さな数字の世界で戦っています。でも、よく考えたらそれっておかしいことだと思いませんか?
クリック率1%ということは、広告を見た100人のうち、反応したのはたった1人。ほとんどの人は、自分の関心がない、単にウザいとしか感じられない広告を、日々見せられ続けているのです。
日本インタラクティブ広告協会(JIAA)の「2019年インターネット広告に関するユーザー意識調査」によると、ネット広告は「しつこい/不快」「邪魔な/煩わしい/うっとうしい」「怪しい/いかがわしい」という評価が他のメディアよりも高い数値を示しています。
特に「何度も表示される」「自分が見た企業や商品の広告ばかり出る」「違う端末でも同じ広告が表示される」といったターゲティング広告には、多くの人が嫌悪感をあらわにしています。また、ターゲティング広告の配信に、位置情報や来店履歴などの個人情報が活用されていることにも、不安や不快感を示しています。

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デジタル広告に対する危機感
こうした現状に対して、GoogleやAppleなど、大手のプラットフォーマーも対策を講じています。少し専門的な話になりますが、2020年1月にGoogleが自社ブラウザのChromeにおいて、サードパーティークッキーのサポートを2年以内に段階的に廃止すると発表しました(クッキーを有効にすることで、ユーザーがwebサイトにアクセスした際、閲覧した記事や訪問した日時、回数といった情報が保存される。webサイトがその情報を活用することで、ユーザーが便利に使えるようになる一方、ユーザー行動の分析にも活用できる)。
AppleのSafariは同年3月にサードパーティークッキーのサポートを完全に停止しています。デジタルマーケティングにおけるプライバシー保護とユーザー体験重視は、時代の趨勢(すうせい)となっているのです。
中には、クッキーに代わる技術を開発し、これまでと変わらない形で広告配信を続けようとする企業も出てくるでしょう。しかし、テクノロジーの進歩をそういう形で活用しようとするのは、大きな流れを見誤っています。
大手プラットフォーマーの方針転換は、ネット広告の現状に対する危機感の表れです。これまでのように、ユーザー体験を無視し、発信する側の都合を優先した広告では、ネット広告に未来はないという強い警告です。抜け道を探すのではなく、その警告を真摯(しんし)に受け止めて、改めて業界全体のビジョンをみんなで描いて、そこに向かってすべてのプレーヤーが変革していかなければいけないと思います。
「いい広告」とはなにか?
ネット広告はテクノロジーの発達と共に市場規模を拡大してきました。企業は新しいテクノロジーを活用することで数字を追求する一方で、ユーザー体験はなおざりにされてきました。「いい広告とは何か?」「いいクリエーティブとは何か?」「広告を見たユーザーはどのように感じるか?」「どうすればユーザーの心を動かすことができるか?」について考えることをないがしろにしてきたように見えます。
広告を見るのは意思と感情を持った実在の人間です。だからこそ広告は、有益な情報を届けつつ、人の心を動かすようなものでなくてはなりません。
これからのインターネットにおいて、いい広告とはいったいどういうものでしょうか。もちろん人によってさまざまな答えがあるかと思いますが、私が考える良い広告とは、「見た人が誰かに伝えたくなる広告」です。
スマホ時代のインターネットの特長は、双方向性と、誰でも気軽に発信できること。これまでのように、企業からユーザーに一方的に情報を発信するだけではなく、受け取ったユーザーがメッセージを発信し、多くのユーザーに拡散していく。そのメッセージを企業が受け止め、広告やメッセージを返信することで、ユーザーが楽しめる形でコミュニケーションが続いていく。そんな流れを誘発するテクノロジーや広告が、今後主流になっていくように思います。

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広告だけでなく、「企業のあり方」が問われている
もうひとつ、これからの広告には、ソーシャルグッドやSDGsという視点が欠かせません。以前は、企業が「〇〇に賛同します」と言っていればよかったのですが、これから先は、社会に貢献するパーパス(存在目的)とそれに沿った行動が求められます。今の時代は、広告だけでユーザーを動かすことはできません。広告を出している企業は、あらゆるユーザーから常にその言動を監視されています。広告や商品の良しあしだけでなく、企業に関することすべてが商品やサービスを選択するときの検討材料になっているのです。
企業の主な目的は利益の追求であり、広告は売り上げを上げるための手段です。多くのユーザーはそのことをきちんと理解しています。しかし、その売り上げをどのような活動によって得ているかに関しては、以前よりも厳しい視線にさらされています。だからこそ、これからの企業は、どのようなブランドパーパスに基づいて企業活動や社会貢献をしているかということを、広告を含むあらゆる方法で常に発信していく必要があります。

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ユーザーもまた、あり方を問われている
世界中で大きなムーブメントとなった黒人差別撤廃運動「BLM」では、「Black Lives Matter」というスローガンと共に、「Silence is Violence」というメッセージも繰り返し掲げられていました。山積する社会的課題に対して、声を上げ、行動しなくてはならないとする社会に、日本も変わりつつあることを、多くの企業が理解しなければならないと思います。
その一方で、「Silence is Violence」を突き付けられているのは、企業だけではありません。ユーザーもまた、企業の広告に対して反応し、意見を表明する、購買行動に反映させるなどの行動が求められています。企業、プラットフォーマー、ユーザー、メディアがそれぞれの立場でできることをする。その積み重ねによって、これからの社会をすこしずつよいものに変えていくことができるのではないでしょうか。
(金谷徹)