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私のファミリーレシピ
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生きる力がみなぎる、赤いスープ

「ニューヨーカーの“おふくろの味”をつづる「私のファミリーレシピ」。人種のるつぼと呼ばれるこの街で、彼/彼女を形づくる食のルーツを探ります。今回は、エヴァン・ハンサーと、レイチェル夫妻のお話の続きです。

キッチンで働くレイチェルの手元をのぞくと、ゆでたビーツをチーズおろし器でざくざくおろしているところだった。目の粗いおろし器を使うことで、ビーツにスープの味がじんわりなじみ、口に含んだ時の食感が驚くほど優しくなる。

ビーツが準備できたら、重厚な鋳物ホーロー鍋をコンロに乗せ、オリーブオイルで、にんにく、玉ねぎ、じゃがいも、キャベツを炒める。野菜の香気が立ち昇ったら、ビーツの煮汁と水、おろしたビーツを加え、ことこと煮る。スープの隠し味は、「え、こんなに?」と思うぐらいたっぷりの赤ワインビネガーと、大さじ1杯のケチャップだ。

生きる力がみなぎる、赤いスープ
調理用のゴム手袋をはめ(ビーツの色素でホラー映画みたいな真っ赤な手になるため)、ビーツをチーズおろしでおろす。このひと手間で、スープの口当たりがぐっと優しくなる

「ボルシチでもっとも大切なのは、食べるタイミング。一晩寝かせて、翌日食べるのがベスト」とレイチェル。この日は特別に出来たてを試食させてもらったけれど、ビーツの甘みやうまみがにじみ出たスープは、野菜だけなのに深度のある味。赤ワインビネガーの丸い酸味も手伝って、すっきり、透明感のある味わいだ。ボルシチ嫌いの母マリリンさんも、レイチェルの作るボルシチを食べてから「大好き」に転じたとか。

「私のボルシチさえあれば、生きていけるってぐらいにね」

生きる力がみなぎる、赤いスープ
コンソメや牛肉のスープは一切加えず、ビーツの赤い煮汁と水だけで煮込む。炒める途中で塩を加え、野菜のポテンシャルを引き出すのがコツ

生粋のニューヨーカーで、ユダヤ人のレイチェル。そのアイデンティティーが芽生えたのは、むしろ大人になってから。ニューヨークを離れ、また戻って来た時に、「自分がニューヨーカーであること、ユダヤ人であることを強く認識するようになった」と話す。同時にユダヤ人祖先の家庭の味ボルシチにも「興味を持つようになった」と言う。

そんなレイチェルが、子どもの頃から感じていたのは、「良い意味で、“みんなそれぞれに違う”ということ。この街では、自分だけの“とっておき”があることが重んじられる。自分の何がスペシャルなのかを探ることが奨励される。それがニューヨークの最も素晴らしいところ」。だからこそ、反ユダヤ主義に絡んだ悲しい事件が起こっている昨今、レイチェルは「ユダヤ人であることを隠そうとは思わない」と話す。

真っ赤なボルシチは、そんな彼女のマニフェストのようだ。甘くて、酸っぱくて、温かくて、優しい。みんながそれぞれに違うことを尊重する世界を願う味。今この時代を生きる力がみなぎる味だ。

生きる力がみなぎる、赤いスープ
エヴァン(右)とレイチェル(左)のキッチンは、コンパクトながら窓があり明るい。料理に楽しく没頭できそうな空間

赤いスープを口に含み、歓喜の声をあげていた私のそばで、エヴァンが粛々とピエロギの生地を成形し始めた。
寝かせた生地を、パスタマシンで薄く均等に伸ばし、丸く抜いてゆく。あとは餃子(ギョーザ)と同じ。皮で具を包み、ゆでるだけだ。

ちなみにこの日の具は、じゃがいも&チーズのほかに、もうひとつ。お湯で柔らかく戻したドライフルーツのプルーン。こちらも叔母のパトリシアさん直伝で、プルーンだけを皮で包むのだという。フルーツが具の水餃子。どんな味になるんだろう……。
ラビオリの親戚みたい。東欧の水餃子へ続く)

生きる力がみなぎる、赤いスープ
「ボルシチは翌日になると、さらにぐっとおいしくなる」とレイチェル。夜に作り、翌朝に食べるのがお気に入りの食べ方
生きる力がみなぎる、赤いスープ
ウイスキーグラスを型の代わりにして、生地を丸く抜く。麺棒で生地を丸く伸ばす餃子とは、異なるアプローチ
生きる力がみなぎる、赤いスープ
友人からのお土産のミニタジン鍋、道で拾った陶器、随分前に飲んだ中国のお酒のボトル……。部屋のディスプレーも食べ物にまつわるものが多い
生きる力がみなぎる、赤いスープ
「ロシア出身の友だちのグランマが、ボルシチの隠し味にケチャップを入れていた」ことから、レイチェルも採用することに

《レシピ》ボルシチ(約4リットル分)

★材料
ビーツ(中サイズ) 3個
じゃがいも 2個
玉ねぎ 1個
にんにく 2片
キャベツ 1/3玉
オリーブオイル 1/4カップ
赤ワインビネガー 3/4~1カップ
ローリエ 2枚
ケチャップ 大さじ1
ディル 1束
塩コショウ 適量
サワークリーム 1カップ
レモン 1個

★作り方
1 鍋にビーツとかぶるくらいの水を入れ、やわらかくなるまでゆでる(約45分)。ゆであがったビーツは冷まして粗熱をとる。ゆで汁の約半量を取っておく。
2 じゃがいもと玉ねぎは角切り、にんにくはみじん切り、キャベツは粗めの角切りにする。ビーツは皮をむき、チーズおろし器で粗くおろす。
3 鍋にオリーブオイルを熱し、にんにく、玉ねぎ、じゃがいもと、塩をひとつまみ入れて炒める。全体に火が通ったら(約5分)、キャベツを加えてさらに炒める。
4 3の鍋にビーツのゆで汁(1で半量取っておいたゆで汁)とビーツ、ひとつまみの塩、赤ワインビネガーの半量を加える。沸騰したら、水(1で半量取っておいたビーツのゆで汁と同量)、ローリエ、ケチャップ、刻んだディル(大さじ3)を加える。
5 味を見て残りの赤ワインビネガーを加え(少し酸味を感じるぐらいでOK。煮るうちにバランスの取れた味わいになる)、45分またはそれ以上煮る。塩コショウで味を調える。さらにビネガーを加えても良い。
6 皿にスープを盛り、サワークリーム(大さじ11程度)を浮かべ、刻んだディル(適量)を乗せる。上からレモン汁を絞って食べる。


レストランEggのウェブサイト https://www.eggrestaurant.com/
エヴァンさんのインスタグラム https://www.instagram.com/evanhanczor/

※2020年3月の取材時のものです。

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