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光秀の時代と江戸時代と 二つの城館が共存する宍人館

日本の城を知り尽くした城郭ライター萩原さちこさんが、各地の城をめぐり、見どころや最新情報、ときにはグルメ情報もお伝えする連載「城旅へようこそ」。今回は京都府南丹市の宍人館(ししうどやかた)です。明智光秀の丹波攻略の協力者だった小畠(こばたけ)氏の居館でした。北側の曲輪群と南側の曲輪群の雰囲気がまったく違う、その理由とは。
(トップ写真は宍人館・主郭北側に残る巨大な堀切)

【動画】宍人館を訪ねて

明智光秀の有力家臣・小畠氏の拠点

明智光秀の丹波攻略において、心強い味方となったのが小畠永明だ。小畠氏はいち早く信長に臣従した丹波の国衆で、永明は光秀の有力な家臣として活躍した。永明の戦傷をいたわる光秀の書状が残されており、関係の深さがうかがえる。光秀は丹波の国衆を気遣いながら、慎重に丹波攻めを進めていったようだ。

小畠氏は、14世紀前半から北野社(北野天満宮)領船井荘となったこの地域の代官を担う一方、15世紀後半には丹波守護の細川京兆(けいちょう)家の被官として宍人を治めていた国衆だ。当主の小畠越前守国明が八上城の戦いで討ち死にすると、幼少の伊勢千代丸が家督を相続。このとき光秀は、明智の姓を与えるなどの支援をしている。本能寺の変の後、光秀は山崎の戦いで羽柴秀吉に敗れる。この戦いに小畠氏が参陣したかは不明だが、小畠氏は秀吉の時代にも所領を安堵されて一定の勢力を保持した。

小畠氏が拠点とした宍人館は、園部川の支流である本梅川の西岸にある。標高335メートルの山上に宍人城を構え、ふもとにある丘陵の先端部に宍人館を置いていた。

宍人館は南北の曲輪(くるわ)群に大別される。まずは南側の曲輪群から訪れるといいだろう。

光秀の時代と江戸時代と 二つの城館が共存する宍人館

宍人館の主郭

南側の曲輪群のうち、東側のもっとも大きな曲輪が主郭とみられる。西面から南面を取り巻く土塁、土塁の外側にぐるりとめぐる横堀が印象的だ。西辺土塁の堀側には犬走り(細長い通路)のような曲輪が設けられ、土塁の切れ目からは土橋に向けて横矢が掛けられるようになっている。土塁で区画しただけのように見えて、なかなか技巧性のある設計だ。

光秀の時代と江戸時代と 二つの城館が共存する宍人館

南側の曲輪群の、土橋と横堀


光秀の時代と江戸時代と 二つの城館が共存する宍人館

南側の曲輪群の、犬走りと横堀

主郭の南東端は櫓(やぐら)台のような高まりになっている。礫(れき)がわずかに散乱しており、石垣の存在も推察されている

光秀の時代と江戸時代と 二つの城館が共存する宍人館

主郭南東端の櫓台

驚いたのは、主郭北側の巨大な堀切だ。土塁と横堀を挟んで小さな曲輪を配し、その北側に大堀切が設けられている。その規模は、丹波で最大級。堀切は東側の斜面で竪堀に接続するようだ。前述した土塁とこの大堀切とで丘陵先端部をしっかりと区画して、居館区域としている。

主郭の西側にも、横堀を隔てて曲輪群が展開している。北面から西面の土塁が直線的に折れ曲がっているのが印象的で、主郭周辺と同じように横矢掛かりの意図が感じられる。

光秀の時代と江戸時代と 二つの城館が共存する宍人館

主郭北側の大堀切

一方、北側の曲輪群は南側の曲輪群と一線を画す。西・南・北面に横堀をめぐらせて区画化し、中心となる曲輪は西面と南面に低い土塁を設けている。南西・北西・北東の隅は、それぞれ外側に突出。北側にある曲輪も北側に低い土塁と横堀が設けられ、南面にも横堀がめぐる。

光秀の時代と江戸時代と 二つの城館が共存する宍人館

北側の曲輪群に残る横堀

戦闘性高い南側曲輪群、防御性低い北側曲輪群

宍人館の魅力は、様相の異なる南側の曲輪群と北側の曲輪群が、どちらも良好に残っていることだ。前述のように、南側の曲輪群は虎口が技巧的で、土塁も高く分厚い。塁線が折れ曲がり、効率的に横矢が掛かる戦闘性の高い空間になっている。

これに対して、北側の曲輪群は土塁も低く、土塁や横堀はあるものの横矢が掛からず、実戦的な防御性があまり感じられない。もちろん、巨大な堀切はなく、ありそうな気配すらない。どちらも同じように土塁と横堀で囲まれた空間だが、雰囲気ががらりと変わるのがおもしろい。

光秀の時代と江戸時代と 二つの城館が共存する宍人館

南側の曲輪群に残る土塁。分厚く高さがある


光秀の時代と江戸時代と 二つの城館が共存する宍人館

北側の曲輪群は、土塁が薄く低い

こうした様相の違いは、機能した時期の違いだ。南側の曲輪群は小畠氏の居館、北側の曲輪群は小畠氏の後に入った小出氏の居館と考えられている。1619(元和5)年に園部藩主となった小出吉親は、園部陣屋が完成するまでの間、この地に一時的に滞在し仮の館を構えていたのだ。主郭の面積がほぼ同じなのは、地元の実力者であった小畠氏への敬意だろうか。いずれにしても、二つの時代の居館が並列に存在し、時代の移り変わりを肌で感じられる全国的にも貴重な遺構といえよう。

<明智光秀の丹波攻略の標的に 京都府・八木城>で触れた八木城と同じように、小畠氏の宍人館も2019(令和元)年に赤色レーザー測量が行われ、全容解明に向けた調査が進んでいる。測量によって、外郭線の外側に新たに方形の区画が確認された。小出氏時代の居館に伴う家臣団の屋敷である可能性が指摘されている。

(この項おわり。次回は11月30日に掲載予定です)

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