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金融街が大変身 兜町の読書バー「青淵-Ao-」

日本橋兜町といえば、ロンドンのシティー、ニューヨークのウォール街と並ぶ世界有数の金融街、というのは昔の話。株の電子取引化に伴い、証券会社は東京証券取引所を中心にしたこの町にオフィスを構える必要がなくなった。そのため、少し寂れた雰囲気を漂わせるようになっていた。

しかし、今年になって空いていた古いビルに、若手オーナーによる飲食店が相次いでオープンした。その中核的な存在が、今年2月に開業したマイクロ複合施設「K5(ケー・ファイブ)」だ。東京証券取引所のすぐ裏手、大正12(1923)年落成の重厚な石造りのビルで、ホテルやカフェ、レストラン、ビアホール、バーが集まっている。

今日のお目当てはこのビルの1階の「tea & library bar 青淵(あお)-Ao-」。ビル正面玄関の右手に垂れ下がった赤いのれんをくぐると、赤を貴重とした、シックな雰囲気の空間が広がる。両側の壁上部の本棚にはびっしりと古書が収められおり、その数は約600冊。ホテルの宿泊者は客室に持ち出すことができる。

金融街が大変身 兜町の読書バー「青淵-Ao-」

蔵書の中核をなすのは、近世から近代の時代が感じられる書籍。なかでも日本近代資本主義の父・渋沢栄一の関連書籍が充実している。

渋沢栄一の思いを現代につなぐ

「このビルは関東大震災の年に第一国立銀行の五つめのビルとして建てられました。渋沢栄一は第一国立銀行の創設者で、この部屋は銀行役員の事務室として使われていたという説があります」

こう説明してくれたのはマネジャーの金瞬(きん・しゅん)さん(30)。江戸から明治に移り、日本が近代国家として発展していく時期のマインドを知る手がかりになる本を置きたかったという。

金融街が大変身 兜町の読書バー「青淵-Ao-」

店の代表を務める田中開さん(29)は直木賞作家・田中小実昌(こみまさ)さんの孫で、新宿ゴールデン街のレモンサワー専門バー「OPEN BOOK」などを営む。金さんとは大学時代の同級生で、哲学批評研究会の同期でもある。

「田中小実昌さんはゴールデン街でよく飲んでいたそうです。OPEN BOOKは彼の蔵書を壁一面に並べることでその歴史性を店に持ち込み、若い世代にも親しんでもらえるようにしている。僕もここを同じような感じにしたいと勝手に思っています」(金さん)

アジアが香るお茶のカクテル

思想書とともに、茶に関する本や美術書を多数揃(そろ)えたのも、渋沢がヒント。現在は渋沢史料館となった飛鳥山(東京都北区)の邸宅に海外の要人を招き、茶室でもてなすなどの民間外交に力を入れていたという。店の名前の「青淵(あお)」は、渋沢の雅号「青淵(せいえん)」からとった。

「飛鳥山には晩香廬(ばんこうろ)という西洋茶室や青淵文庫という小図書館として使われていた建物も残っています。そんな関連から、ここをお茶でもてなし、本がたくさんある場所にしたというのもあります」(金さん)

「“青淵”という雅号は、もともと万葉集で“あおぶち”と訓読みされていたのを、渋沢が“せいえん”と音読みしたもの。僕たちがあえてもう一度訓読みの“あお”に戻すことで、西洋化したマインドをもう一回自分たちの手の中に取り戻そう、みたいな思いも込めています」(田中さん)

金融街が大変身 兜町の読書バー「青淵-Ao-」

店で提供するドリンクも、日本やアジアのお茶や薬草などをベースに考案した。熟成させた番茶やほうじ茶、ウーロン茶などを使った独創的なカクテルには、よもぎ、しょうが、みかんの皮、八角、ごぼう、ナツメといったユニークな素材を使ったものも。ノンアルコールカクテルやブレンドティーも用意する。

「東アジアには本草(ほんぞう)学という伝統的な考え方があります。さまざまな植物を人間との関係から読み解いたもので、お茶や薬草もその対象となります。そんなことを感じながらバーで提供するドリンクを楽しんでもらえれば」(金さん)

まずは五感で楽しんで

2月にオープンしたものの、新型コロナウイルスの感染拡大で、4~5月は休業を余儀なくされた。その間、金さんと田中さんは仲間に声をかけ、イギリスの哲学者で経済学者のアダム・スミスの著書を読み解くオンライン読書会を開いたという。また、店のスタッフもオンラインのミーティングを重ね、新しいカクテルの研究などに取り組んだ。

「経営的には厳しかったのですが、本を読み、勉強できたので、かなり充実した楽しい時間でした。店というものは人や文化的なつながりがある限りなくならないということも実感しました。ただ食と酒を提供しているだけの場所ではないのです」(田中さん)

6月に店を再開し、少しずつ客が戻ってきた今、田中さんと金さんは、この空間でさまざまな人と共有するコミュニティーづくりに力を入れたいという。

金融街が大変身 兜町の読書バー「青淵-Ao-」

「実は渋沢栄一を題材にした講談があるということが分かりました。読書会だけでなく、これをブラッシュアップしたものを講談師に語ってもらうことも考えています」(金さん)

近現代思想や渋沢栄一の足跡、というと少し難易度が高いように思えるかもしれないが、田中さんは、「まずは五感で楽しんでほしい」と考えている。週末は15時から営業しているのも、図書館のような感覚で気軽に利用してほしいという思いからだ。

「思想書などの本やお茶を使ったカクテルも刺さる人には刺さっても、逆に引いてしまう人もいるかもしれません。最初から知ることを押し付けるのではなく、まずは面白い、楽しい、おいしいから触れてもらって、後で知るという行為とともに奥深く入ってもらえればいいかなと」(田中さん)

縁遠い印象かもしれない兜町。だが、そこには重厚感のある建物の奥に真っ赤な空間があり、知的好奇心をくすぐる仕掛けが潜んでいる。赤いのれんをくぐって新たな魅力を発見してほしい。

金融街が大変身 兜町の読書バー「青淵-Ao-」

右からマネージャーの金瞬さん、代表の田中開さん、カクテル監修の野村空人さん、バーテンダーの中村繁さん

■大切な一冊

道徳感情論 (講談社学術文庫)(著/アダム・スミス、訳/高哲男)

1759年に発行された、アダム・スミスの初著書。近代市民社会では個人が「共感」という能力を持ち、社会秩序を形成していることを論じた本。

「これはコロナで自粛中のオンライン読書会で読んだものです。資本主義や自由主義は人々の欲望のままに動いていると思いがちですが、その前提には人々の共感や義務感などの道徳感情があり、この世界で人間がどう生まれて育っていくか、ということが記されており、すごく面白かったです」(田中さん)

「他の読書会の参加者から、資本主義の行き過ぎや行き詰まりについての懸念が提出され、それならば、ということで古典派経済学の祖であるアダム・スミスに戻ったらよいのではないかと僕から提案をしました。しかも、『国富論』を読むのでは面白くないので、一般的には認知度の低い『道徳感情論』のほうがいいと。個々人の自由なやり取りのなかで道徳感情が育まれるということを論じていますが、それはこの店づくりや人とのつながりづくりにも通ずる部分があると感じました」(金さん)

金融街が大変身 兜町の読書バー「青淵-Ao-」

tea & library bar 青淵-Ao-
東京都中央区日本橋兜町3-5 K5ビル1F
https://twitter.com/ao_k5_tokyo

>>写真の続きは画面下のギャラリーをご覧ください

(写真・山本倫子)

※連載「book cafe」は隔週金曜配信となりました。次回は、12月25日(金)の配信です。

>>book cafeまとめ読み

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