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打倒・波多野秀治! 八上城攻めの前哨戦 籾井城

日本の城を知り尽くした城郭ライター萩原さちこさんが、各地の城をめぐり、見どころや最新情報、ときにはグルメ情報もお伝えする連載「城旅へようこそ」。今回は兵庫県丹波篠山市の籾井(もみい)城です。波多野秀治の裏切りで丹波から撤退を余儀なくされた明智光秀が、攻略再開の折に攻め落とした城です。光秀の丹波攻めのクライマックスともいえる八上城攻めの前哨戦の舞台なのです。
(トップ写真は籾井城・主郭東側尾根の堀切)

【動画】籾井城を歩く

光秀、波多野秀治の裏切りで敗走

<明智光秀を追い詰めた“赤鬼”の城 黒井城(1)>で述べたように、明智光秀は1575(天正3)年に荻野直正が籠(こも)る黒井城(兵庫県丹波市)を攻めるも、1576(天正4)年正月に波多野秀治の裏切りにあい敗走している。波多野氏は荻野氏と並ぶ丹波の有力国人(在地の豪族)で、離反には戦況を一変させるほどの大きな影響力があった。当時は織田方と毛利方の関係が急速に悪化しており、丹波の反信長勢力は毛利方に通じることで勢力の立て直しを図ろうとしたと思われる。

それからおよそ3年半後の1579(天正7)年6月、光秀はついに波多野秀治の八上城(兵庫県丹波篠山市)を攻略。八上城の陥落を受けて、8月には黒井城も開城した。この八上城攻めが、光秀の丹波平定のクライマックスといえるだろう。

各地を転戦、丹波攻めに集中できない光秀

約3年半も要したことからわかるように、光秀の八上城攻めはなかなか思うように進んでいない。光秀は休むことなく各地で戦いに追われ、丹波攻めだけに集中できなかったのだ。

この頃の光秀は、命がけで戦いに明け暮れる日々だった。黒井城から撤退直後の1576年4月には、大坂本願寺勢との戦いのために摂津・河内に出陣。天王寺砦(とりで)で孤立して窮地に陥り、信長の援軍により九死に一生を得ている。翌1577(天正5)年には、紀伊の雑賀(さいか、紀の川河口域)攻めに参陣。さらに信長から離反した松永久秀・久通父子を攻撃するため大和にも出陣した。

打倒・波多野秀治! 八上城攻めの前哨戦 籾井城

八上城の遠景

光秀の丹波攻め再開は、さまざまな戦いと並行して1577年から進められた。1578年3月には、荻野直正が死去。光秀にとってかなりの吉報だったはずだが、黒井城を一気にたたくわけにはいかなかったようで、5月には羽柴秀吉の援軍として播磨に赴いている。9月中旬には丹波攻めを再開したようだが、10月には摂津の荒木村重が謀反を起こしたため、村重の有岡城攻めに加わり、播磨でも荒木勢と戦っている。

打倒・波多野秀治! 八上城攻めの前哨戦 籾井城

黒井城の遠景

丹波攻め再開 標的は籾井城

隔靴搔痒(かっかそうよう)な戦いぶりがうかがえるが、着実に標的に近づいてはいた。1577年に丹波攻めを再開した光秀が早々に攻撃したのが、籾井城(兵庫県丹波篠山市)だ。光秀と親しかった吉田兼見が記した「兼見卿(きょう)記」には、10月に「モミヰ之館」を攻めた、とあり、これが籾井城を指すと考えられる。

籾井城は、京から八上城方面に向かう玄関口にある。光秀は近隣の荒木城(細工所城〈さいくしょじょう〉・兵庫県丹波篠山市)とともに攻略し、丹波攻めの突破口を開いた。八上城攻めの前哨戦といえるだろう。

打倒・波多野秀治! 八上城攻めの前哨戦 籾井城

籾井城の遠景

籾井城は、京街道と摂津街道が交差する、標高390メートルの山上に築かれた山城だ。現在は木々に覆われているが、山上からは東・西・南の3方向に見通しがきく。立地のよさは申し分ない。

打倒・波多野秀治! 八上城攻めの前哨戦 籾井城

籾井城の主郭付近からの眺望

主郭から東西南北に展開する曲輪群

山頂に主郭とみられる南北35メートル×東西30メートルほどの曲輪(くるわ)を置き、主郭を中心として東・西・南・北側の4方向に曲輪群が展開する構造だ。南麓(なんろく)から登城道を登ると南側尾根の曲輪群に到達する。城域の南端を示す堀切を経て、数段の曲輪群の北側に主郭がある。

打倒・波多野秀治! 八上城攻めの前哨戦 籾井城

主郭南側尾根に連なる曲輪

主郭の北側には腰曲輪があり、その北側の尾根上に細長い曲輪が連なっている。大規模な堀切があり、その先にもさらに曲輪が続く。すべてではないが、堀切には土橋が掘り残され曲輪間をつなぐ通路となっている。両端が竪堀となっている堀切もあり、谷筋への厳重な警戒が感じられる。

打倒・波多野秀治! 八上城攻めの前哨戦 籾井城

主郭北側尾根の堀切


打倒・波多野秀治! 八上城攻めの前哨戦 籾井城

主郭北側尾根の土橋

曲輪群は堀切でしっかり分断

それぞれの曲輪群が、大きな堀切でしっかりと分断されているのが印象的だ。主郭西側尾根も、主郭の1段下に曲輪を置き、その先を堀切で分断。さらに曲輪を置き、その先端に堀切を設けて城域の端としている。西側の谷筋からの侵入に備え、厳重に防御を固めているのがわかる。東側尾根の曲輪群も同じように、堀切で分断しつつ曲輪をいくつも階段状に並べて城域を広げている。

打倒・波多野秀治! 八上城攻めの前哨戦 籾井城

主郭東側尾根の堀切


打倒・波多野秀治! 八上城攻めの前哨戦 籾井城

主郭東側尾根の曲輪

曲輪の面積も広く、主郭を中心に防御を固めた戦国時代の拠点的な山城という印象を受けた。光秀がまず狙いを定めたのも納得だ。突破口を開いた光秀は、翌年から本格的に八上城に攻め入ることになる。

(この項おわり。次回は12月21日に掲載予定です)

#交通・問い合わせ・参考サイト

■籾井城
https://www.city.sasayama.hyogo.jp/rekishi/53sasa/53077.html(丹波篠山市)

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