美しきインドの日常
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濃密なインドらしさ、聖地バラナシの「美しき混沌」

もしあなたがまだ一度もインドを旅したことがないのなら、真っ先に訪れてほしい街がある。ガンジス川のほとりにある古い街・バラナシだ。

ヒンドゥー教最大の聖地であるバラナシは、インドらしさがもっとも濃密に漂う街だ。この「インドらしさ」の正体を言葉で説明するのは難しいが、あえて言えば「美しき混沌(こんとん)」ということになるだろう。

濃密なインドらしさ、聖地バラナシの「美しき混沌」

聖地バラナシで毎晩行われる宗教儀式。何百年も前から絶えることなく受け継がれてきた「型」を繰り返し、神々を称えている(撮影:三井昌志)

バラナシの街には、実に様々なものがひしめき合っている。ヒンドゥー教の寺院は大小合わせて二千もあり、川岸には巡礼者が身を清めるための沐浴(もくよく)場「ガート」が並び、数千年の歴史を持つという火葬場からは遺体を燃やす煙が幾筋も立ちのぼっている。

まるで迷路のように入りくんだ旧市街の石畳には野良牛(実はちゃんと飼い主がいる)がのっそりと座り込んでいるし、狭い路地裏から空を見上げると、電線を綱渡りの要領で器用に伝っていく猿たちの姿を見ることができる。遺体を燃やした灰のそばには、野良犬がうずくまって暖をとっている。

バラナシがもっとも美しく輝くのは、朝日が昇る瞬間だ。遠路はるばるやって来た巡礼者たちは「ガンジス川の水はこの世でもっとも清らかで、あらゆる罪が洗い流される」と信じているので、この聖なる川の水に体を浸し、昇る朝日に手を合わせるのである。

濃密なインドらしさ、聖地バラナシの「美しき混沌」

日の出直後のガンジス川で沐浴する女性。バラナシがもっとも神秘的な色合いを見せる瞬間だ(撮影:三井昌志)

実際には、ガンジス川の水はとても清浄とは言えない状態で、インドでももっとも汚れた川のひとつだとも言われている。大腸菌レベルは基準値の20倍以上にも達し、付近の工場から流れ込む有毒な化学物質も検出されているという。

しかしどんなに水質が悪化しても、母なる川ガンジスの歴史的・宗教的な役割は以前と少しも変わることがない。インド各地から押し寄せる巡礼者たちは、この聖なる水を頭からかぶり、口に含み、そして「お土産」としてポリタンクに入れて故郷に持って帰るのである。

バラナシでは、サドゥーたちの姿もよく見かけた。サドゥーとは俗世間との縁を切り、仕事も家族も捨てて、流浪の旅を続けている修行者のこと。あらゆるものへの執着を断ち、瞑想(めいそう)と苦行と禁欲を実践しながら生きている世捨て人だ。サドゥーの中には、体に白い灰を塗っただけの全裸で暮らす人もいるし、ガンジャ(大麻)を吸いながら川の流れをぼんやりと眺めて一日を過ごす人もいる。彼らは「競争原理」や「生産性」という枠から抜け出した究極の自由人なのだ。

濃密なインドらしさ、聖地バラナシの「美しき混沌」

聖地バラナシで出会ったサドゥーのオームギリさん。サドゥーとなる以前の記憶は全て忘れてしまったという(撮影:三井昌志)

オームギリという名のサドゥーは、サドゥーとなる以前の記憶は全部忘れてしまったと言った。自分の名前も親兄弟のことも全てだ。

「全ての女性が私の母であり、全ての男性が私の父である。全てのものごとはつながっているのだよ」

茶色く濁ったガンジス川の流れを見つめながら、彼はつぶやいた。そんな現実離れした言葉さえも、聖地バラナシでは独特の説得力を持って響くのだった。

激しく変化するインド社会にあって、バラナシの不変性は驚くべきものだ。まさに「悠久」という表現がふさわしい。

僕らは「変化するもの」に目を奪われがちだ。いつも何か目新しいものを追いかけてしまう。でも、長い時間をかけてもほとんど変わらないものの中にこそ、その土地に根ざした文化の本質が潜んでいる。バラナシはそのことを教えてくれている。

三井昌志さんと、連載「クリックディープ旅」筆者の旅行作家・下川裕治さんによるオンライントークイベント『旅をするために生まれてきたの?』を2021年1月8日(金)に開催します。

写真家・三井昌志さんの新刊『Colorful Life 幸せな色を探して』(日経ナショナル ジオグラフィック)が、12月14日刊行されました。

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