おうちで楽しむとろける幸せ 熱燗おでんのマリアージュ

パキッとつめたい空気が一年の終わりを運んできた。
何年たっても年末の空気には慣れなくてなんだかそわそわしてしまう。
くっきり透き通った青い空も、冬の太陽に照らされキラキラと輝く色づいた木々の葉も、いれたてのコーヒーがつくりあげるやわらかな湯気も一年の終わりとなればすべてが特別に見えるから不思議だ。
どこか落ち着いて堂々とした雰囲気すらかもし出し、すべてのものが自分より立派に感じる。
私もきちんと一年過ごせたのかなぁ。
よし。今夜は家でしっぽり、おいしいお酒とごはんと一緒に一年を振り返ろう。
石巻おでんで楽しむ熱燗
家でぬくぬく過ごす年末が昔から大好きだ。
一年の疲れをいやすのは気になってお取り寄せしていた山徳平塚水産さんの「石巻おでん」。「絆おでん」と「牛たんつくねおでん」の2種類を注文しました。
常温で長期保存ができる上に、1人前の小分け袋になっているのがありがたい。
そして、せっかくおいしいおでんがあるので、今日ははじめて熱燗(かん)をいれてみようと思う!
どんな日本酒にしようかなぁ。
自分で選ぶと好みが偏ってしまうので、この連載で以前もお世話になった未来日本酒店さんに燗におすすめの日本酒を選んでいただくことにしました。
こうやって信頼できる酒屋さんと出会えたのも2020年の思い出です。
選んでいただいたのは「花垣 美郷錦 純米」。
未来日本酒店の店長・坂本一浩さんに花垣のおすすめポイントを尋ねてみた。
「燗にするとより一層旨(うま)みが広がり、甘みは穏やかに、芳醇(ほうじゅん)な味わいになります。このお酒とおでんとの相性の良さは、このお酒が持つ膨らみのある程よい旨みと優しい甘み、それがおでんだしの旨み成分とかけ合い、お互いの旨みをさらに倍増させる。旨みの相乗効果です。おでんの具の繊細な味わいを邪魔することのないキレイさもある。色んな具材のあるおでんだからこその万能酒になりえます」
聞いただけで口の中の想像マリアージュが進み、にやけてしまいます。
熱燗をいれる前にまずはどのようなお酒なのか、そのままの温度でいただいてみます。
わぁ……きれい。
その名にふさわしい、美しい凜とした花が咲いたような華やかさにキリッとしたシャープな飲み口、奥行きのある甘さが特徴。
すっきりしているけれど口の中には旨みが残り芯のある印象。
こちらの花垣は、きれいなイメージの美山錦と旨みのしっかりした山田錦を親にもつ美郷錦という酒米を使っているだけあってまさに両者のいいところをいかした味わい。
燗にしたらこの旨みがさらに膨らんで絶対におでんに合うな……。
あやうくもう一杯飲みそうになるところを必死で我慢する。
自宅での熱燗には低温調理器を
熱燗は、連載第1回でお世話になった桑原商店さんのやり方をまねして低温調理器を使います。
このやり方を教えてもらったおかげで熱燗へのハードルがぐぐっと下がったのだ。
冷めることを想定して55度の熱々の状態からスタート。
温度が勝手に上がってくれている間におでんを温めます。
袋からあけて温めるだけなので私のやることはぼんやり一年を振り返りながら楽しみに待つことだけ。
「Cizia」のワインとパンも最高においしかったし、「SVB TOKYO」での昼ビールもぜいたくだったなぁ。
「WAKAZE」のどぶろく、飲みきるのがもったいなくてずっと一口だけ残してるけどいつ飲もう。
「98WINEs」は大切な人を誘って来年絶対行きたいなぁ。
おいしいお酒とごはんって幸せだなぁ。延々と考えていられる。
そうこうしているうちにお鍋からだしのいい香りがしてきた。熱燗の温度もしっかり上がっている。
準備は整った! いざ、今年最後のひみつの乾杯、はじめましょう!
お鍋のふたをあけるとぶわっと勢いよく湯気が立ち込める。
見るからにおだしが染みた大根も、くたっとやわらかい昆布も、これぞ冬の定番のシズル感。
まずはおだしをそっと一口いただきます。
ふわぁ……。底抜けにやさしい。
じんわりと体内を温めて、ゆりかごにゆられているような安心感をもたらす。
キラキラ光るどこまでも透き通ったおだしは、まろやかでたっぷりの旨みと具材のやさしい甘みがいつまでも続き、じんわり体を温めるだけではおさまらず、心の隙間にしみわたる極上のリラクセーションと化した。
そこで熱燗を一口。
温めたことにより、さっきは感じられなかったふわりと広がる芳醇な香り。
するするとひもがほどかれていくような感覚は私を無防備にさせた。
何これ最高の世界……?
まるでお米をかみしめているようなしっかりとした旨みと甘みを楽しめるのもこの温度ならでは。
おでんも日本酒もどちらの旨みも強いのに、あいまいに混ざり合うことはなくまったく別の色彩でむしろ両者の良さを引きたて合う。
とろける幸せのループの中で一度私を引きしめてくれたのは、宮城県が誇る名産、牛タンつくね。
淡く優しいおでんの中で突如現れた新星ともいえるその抜群の存在感は土地の力強さを感じる。
このあたりでちょうどよく40度程度に温度が下がったぬる燗はまたキリッとしまった姿に変わり、ジューシーな牛タンをしっかり受け止め、後味を軽くしてくれた。
石巻おでんと花垣の出会いを心の底から祝福した。完璧な2人……。末永くお幸せに……。
努力と愛情の石巻おでん
最後に今回お取り寄せしたおでんを製造する山徳平塚水産社長兼、「石巻おでん部会」部長の平塚隆一郎さんにおでんへの思いを聞かせていただきました。
「石巻名産のちくわや揚げかまぼこの工場は東日本大震災で被災、作れなくなってしまいました。しかしそこで名産を絶やさないように、震災後地元で愛される食文化を定着させようと力をいれたのが石巻おでんです」
練り製品や地元のお野菜を使いながら、だしやいい食材は他県のものもとりいれて、化学調味料不使用のこだわりのおでんが完成したと言う。
「漁港なので海に面しているけど、内陸部に農家もあるので食材が豊富にあるのが石巻の魅力。だしを多めにいれているので、この時期はカキをいれたり、夏はトマトをいれたりして、旬のものを楽しみながらアレンジをしてほしいです。地元には鯖(さば)だしラーメンがあるのですが、鯖だしおでんの〆にはラーメンもおすすめです」
自分たちで楽しんで好きな食材をいれるとわくわくが広がる。
楽しみながら食べてほしいという平塚さんの笑顔に、この石巻おでんにはたくさんの努力と愛情がつまっているのだと感じました。
その懐の深さに甘えてもうちょっとまったり夜を楽しもうっと。
これから訪れる次の一年が大切なものであふれる、きらめく年となりますように。
「渡辺早織のひみつの乾杯」読者の皆さま、私のひたすらにしょうもない妄想にお付き合いいただきありがとうございました!
お気に入りのお店は見つかりましたでしょうか? 来年も懲りずにおいしいものを追いかけ続けますのでどうぞよろしくお願いいたします。
さらにパワーアップしちゃうかも!?
うふふ。皆さま、良いお年を!
来年はどんな出会いがあるかなぁ。
(文・渡辺早織 写真/動画・林紗記)