きっと一生の宝物 専業主夫な僕の時間

写真家・石野明子さんが、一家で光の島・スリランカへ移住して4年目を迎える中で見つけた、宝石のようにきらめく物語を、美しい写真と文章でつづる連載です。第2回はスリランカ最大の都市・コロンボで専業主夫をされている小山和志さんとご家族をご紹介。専業主夫は日本でも少数派ですが、それはスリランカでも同じこと。どんな生活を送っているのでしょう? そして石野さんが小山一家の取材を決めた、家庭の役割分担をめぐるある疑問とは。
「もっと早く帰ってこれない!?」
これは生後間もない侑志くんのお世話をする小山和志さん(36歳)が、帰宅の遅い妻の里枝さん(37歳)へ向けて発した言葉だ。「本当に自分もこんな風に思うんだってびっくりしました」と、何か面白いものを発見した時のように、和志さんは楽しそうに笑う。
二人は元々、兵庫県で小学校の教員をしていた。だが里枝さんはいつか、海外の日本人学校で教員をしたいというひとつの夢を抱いていた。和志さんから「(自分は休職して)ついて行ってあげるよ」という言質(げんち)をとることにも成功し、働きながら準備を進めていた。
2017年に侑志くんが誕生。育児休業制度がより充実していたのは、神戸市採用の里枝さんより県採用の和志さんの方だった。そのため、和志さんが1年半の予定で育休をとることになった。その間に里枝さんは、日本人学校へ派遣されるための選考試験に合格! コロンボにある日本人学校へ、2019年から派遣されることが決まった。
派遣期間は基本は2年間。和志さんもついて行くなら、主夫業はさらに続くことになる。

「びっくりしたけど約束だったし、合格したなら仕方がないなって」と言う和志さんと、「この人ならどこでもやっていけるかなって思ってたので」と笑う里枝さん。和志さんは2021年3月まで配偶者同行休業を取得することにし、一家でコロンボへ引っ越してきた。
日本で育休を取り始めたとき、和志さんは33歳。この年代の男性教員は小学校の運営において託される役割が増えてくるのだそうだ。そんな時期に長い間キャリアを空けてしまうこと、教え子たちの成長をそばで見守れないことに、かなり葛藤があったという。
「育休を取り始める時、教え子たちは、先生が赤ちゃんを育てるの? すごい、頑張って!と応援して送り出してくれました。その言葉に応えようと決意をさらに固めました」
小山家の挑戦の日々が始まった。
1日の終わりに、子どもがちゃんと生きていれば十分なんだ
スリランカでの和志さんの1日は、朝食作りから始まる。侑志くんを保育園へ送り、自宅に戻って里枝さんのお弁当を作り、勤務先の日本人学校へ届ける。侑志君を迎えにいくまでの間に、掃除や洗濯、夕食の買い物などをこなす。帰ってきた侑志くんのお昼寝タイム中にちょっと一息。目覚めたあとはマンションに併設されている公園で汗びっしょりになるまで遊ぶ。
さすが先生、子どもをのせるがうまい。撮影で同行したのだが侑志くんはもうカメラがあることも忘れている。自宅に戻ったら夕食作りにお風呂、寝かしつけ――。
「育児をやってみて分かったことは、思っていた以上に時間がない。時間が細切れすぎて家事や育児を完璧にしたくても無理なんです。1日のゴールは子どもがちゃんと生きてること。それだけで十分なんだなあと気づきました」
和志さん、男性が育児をする上で最大の関門(かもしれない)の“料理”が、実は大の得意なんだとか。
「凝り性っていうのもあって、いかにおいしいものが作れるか、という挑戦が楽しいです」。台所道具を見せてもらうとスリランカ料理にも果敢に挑戦していることがすぐわかる。

そんな和志さんだって、時には何かに頼りたくなることもある。
「粉ミルクだって今はいいものがあるし、栄養がある離乳食も買える。お総菜は誰かが時間のない人の代わりに作ってくれたもの。時間がなくて困っている人がそれらを利用したとしても、手抜きだとは思いません」。やれることをやる、無理はしない。それが小山家のルール。
親が鬼の形相で離乳食のおかゆを潰しているよりは、市販でも笑顔で「あーん」と言ってくれた方が子どももうれしいし、おいしいだろう。
どっちが大変か、じゃない 家族はチーム
もちろん最初から、育児のすべてを楽しめていたわけではない。
夜中に何度も起きてミルクを与えて寝不足に悩まされたり、抱いていると眠るのに布団に寝かせた途端に起きられて親の心がボッキリ折れる“背中スイッチ”などに苦戦したりする日々を過ごした。里枝さんが深夜に台所を通ると、薄暗い中、冷蔵庫に寄りかかりながらモーター音で寝かしつけている和志さんの姿を発見したこともあった。
スリランカへ来てからは、新たな悩みに直面した。言葉は基本的に英語が通じるが、和志さんはそこまで得意ではない。加えてスリランカでは日本の児童館のように、小さな子どもが安全に無料で遊べる場所が少ないこと、扱う食材や料理が違うこと、Amazonのような通販サイトがなく、侑志くんを連れて暑いコロンボの街を移動しながら目当てのものを探さないといけないこと……。

和志さんのリフレッシュ方法は、週末にひとりで過ごす自由な時間。普段は仕事で忙しい里枝さんが、土日は侑志くんにベッタリなんだとか。
どっちがどれだけ大変か、お互いの仕事が詰まってくると、自分が作業する時間を確保したいがためにそんな不毛な会話を私は時に夫としてしまう。
ふたりは「家族はチームだと思っています。できることをその時できる方がやり、相手のやり方に口は出さない。信頼と感謝が大切だなと思っています」と教えてくれた。
きっと家族ごとに違う「バランス」が肝なんだ。どうしたらお互いが楽しく快適に生活できるのかが一番大事で、勝ち負けではない。
専業主夫生活は、キャリアのプラスになるか?
キャリアを一時中断し、育児や家事に専念することが、復帰後プラスになるのだろうか?
和志さんの答えは早かった。「プラスばっかりですよ。思い通りにならない子どもとの生活は確実に“人間”としてのキャリアは増すし、復帰後は親御さんの持つ悩みに共感できることも増えると思います。子育てをすることで、一人一人が育ってきた背景をより想像できるようになっていると思います」
「それは教員だから?」と返す、ちょっと意地悪な私。「一人の人間が大きくなるまでにはたくさんの人の愛情が掛けられていることを、侑志を育てながら感じています。どんな人でも大事にされて育ってきたかと思うと、教員でなくても人との向き合い方は以前と違ってくると思います」

取材のあと、小山家と一緒にケーキを食べた。食べ終わった侑志くんは「じぶんのことはじぶんで!」といってお皿を台所へ持って行った。「家事に性別は関係ない。自分で自分の世話ができることが一番大事です。きっと僕が家事をする姿を見ていて、侑志は自然に感じとっていると思います。おままごとは、侑志が大好きな遊びの一つなんですよ!」
スリランカでも、結婚後は女性がキャリアを中断することがまだまだ一般的。女性が家事育児に専念できることが、男性にとってのステータスでもある。
ところが、小山家がスリランカの人にとっては外国人だからなのか、和志さんが育児をしていることは案外すんなりと受け入れられた。どこへ出かけても侑志くんをあやしてくれて、窮屈さを感じることはなかったという。
一家のスリランカでの生活も、あと3カ月ほどで終わる。身についたスリランカ流の派手な愛情表現を、日本へ持って帰りたいと思っている。
子どもとじっくり過ごす時間を慈しもう
スリランカ移住前の1年間、私が仕事に出て夫が育児、という時期があった。その時「理解ある旦那さんですね」「お子さんとお父さん、頑張ってるね」と言葉を掛けられ、私が家族に無理させているような思いを抱くという苦い経験をした。(前の連載で触れている)
でもコロンボで小山家と出会い、里枝さんが気負うことなく、楽しそうに役割を分担している姿が印象的だった。それで今回、取材を申し込んだのだ。
例えば女性が育児、男性は仕事……という「こうあるべき」姿に押しつぶされそうで苦しくなることもあるけれど、チームとして家族が同じ方向へ向かっていれば、どんな形でもきっと楽しい。小山一家を見ていると、そう思う。

私は育休中のとき、娘が昼寝中に何か少しでも生産的なことをしなくては!といつも気が張っていた。でも結局時間は細切れで、不完全燃焼のストレスが残るだけだった。
「平均寿命が80歳くらいとして、そのうちの3年くらい、子どもとじっくり過ごす日々があったっていいんじゃないですか」と話す和志さんの言葉にはっとする。
本当に。ふわふわの手をつないで歩く、なかなか終わらないお散歩も、昼下がり子どもより先にふと昼寝から目覚めて、聞こえる小さな寝息とひなたみたいな汗のにおいも。その記憶は、一生ものの大事な宝物にきっとなる。