霧深い盆地、大分・安心院の豊かな自然が育む「知る人ぞ知るワイン」

海外はもとより、国内も自由に行き来できない今。ワインで旅をしませんか? 今回の舞台は大分県。世界から熱い視線を集める日本ワインの中でも、長い歴史があり、さらに素晴らしいワインを生み出している「知る人ぞ知る」ワイナリーと、今飲むべきワインを、同県出身のソムリエ森上久生さんがナビゲート。さぁ、旅するようにワイン!
今回のソムリエ

もりがみ・ひさお
ソムリエ、ペアリングマイスター。東京・六本木のワインレストランAmi du Vin のシェフソムリエ。2003年から数々のソムリエコンクールで優秀な実績を収める。12年シャンパーニュ騎士団認定シュバリエに叙任される。13年第1回 国際ソムリエ協会主催の認定試験でソムリエディプロマ取得。テレビドラマのシーン監修、狛江エフエムの番組「地方創生BAR」のパーソナリティー、日本各地でのイベントやセミナー講師を務める。著書に『ワインと料理 ペアリングの楽しみ方』(旭屋出版)。
焼酎「いいちこ」よりも長い歴史を持つ安心院のワイン
国東(くにさき)半島の付け根に位置する大分県宇佐市。その山間部に位置する安心院(あじむ)町は、豊かな自然に恵まれた農村地区だ。周りを山々に囲まれた盆地になっており、早朝には深い霧が立ち込める。その幻想的な光景を、松本清張は邪馬台国論争をテーマにした『陸行水行』で「墨絵のような美しい景色」と書き、この地を訪れた司馬遼太郎は「盆地の景色としては日本一」と絶賛した。

昼夜の気温差が大きく、雨が少ないことから果実の栽培に適しており、50年以上前から、九州はもちろん西日本の一大産地として多くのブドウが生産されてきた。
この地で収穫される良質なブドウから、焼酎の「いいちこ」で知られる三和酒類が1971年から果実酒製造を始め、その3年後の1974年に「アジムワイン」を発売。「いいちこ」が発売される5年も前のことだった。「卑弥呼」という名の赤ワインが森上さんの記憶に残っているという。
「かつて日本でワインと言えば赤玉ポートワインが人気でしたが、『卑弥呼』も同じような甘口の赤だったようです。よく母が食事のときにかっぽう着姿のまま楽しんでいました。『甘くておいしいんじゃ』ってね」。森上さんは懐かしそうに目を細める。「卑弥呼」はその後、辛口のワインとして生まれ変わり今に至る。
時は流れ2001年、「安心院葡萄(ぶどう)酒工房」が設立される。2011年から自社畑の拡張を始め、15品種にも及ぶブドウを植樹。「安心院ならではの品種も開発しようと、宇佐市に自生するブドウとの交配にも挑んでいます」と工房長の古屋浩二さん。その後も畑を広げ、現在はシャルドネ、ピノ・ノワール、アルバリーニョなどの国際品種、日本固有の甲州や、山ブドウの枝分かれと言われるミステリアスな品種小公子など計15種を栽培。「安心院の豊かな自然、さらにブドウの特徴がしっかりと伝わるようなワイン造りに取り組んでいます」と古屋さんは語る。

人気のアルバリーニョ 2020年ヴィンテージが待ち遠しい!
フランスのシャンパーニュと同じ瓶内二次発酵で醸(かも)される「安心院スパークリングワイン」は国内外のワインコンクールで次々と賞を受賞するなど評価が高いが、加えて森上さんが絶賛するのが、アルバリーニョ。原産地はスペインで、スペイン北西部のリアス・バイシャスのアルバリーニョで作られる白ワインは、上質な高級ワインとして絶大な人気を誇る。

「美しい翡翠(ひすい)色。白桃やマスカット、菩提樹(ぼだいじゅ)茶などの個性的なアロマが立ち上り、口に含むとフレッシュで豊かな酸味に、ほのかな磯の香り。温和でジューシーな果実味にかすかなビター感もあり、終始繊細な味わいが口の中を満たしてくれる――。それが、私が考える理想のアルバリーニョですが、安心院ワインにはこうした魅力にさらにほどよい塩気が加わり、より洗練された味わいに。どうしても価格が上がってしまう日本ワインの中で、驚きのコストパフォーマンスを実現しているのも高く評価しています」
2019年ヴィンテージ(2019年に収穫したブドウから造ったワイン)は、「非常に素晴らしい出来だった」(森上さん)がゆえに人気が高く、ワイナリーではすでに在庫切れとのこと。今年の春ごろ発売予定の2020年ヴィンテージは「天候に恵まれブドウの糖度が上がり、凝縮感も十分。最高の出来です」と古屋さんは自信を見せる。ああ、待ち遠しい!

イモリ谷のシャルドネにも注目
同じく白ワインの「安心院ワイン シャルドネ イモリ谷」もオススメだ。町内にあるイモリ谷は、イモリが足を広げた形に似ていることからそう呼ばれる。「3カ所の畑でシャルドネを栽培していますが、ほかの地区ではフローラルなアロマや甘い果実の香りがメインなのに対し、イモリ谷の畑で栽培したシャルドネは、ミネラル感が豊かで、ハツラツとした柑橘(かんきつ)類の風味が魅力です」と古屋さん。

この2種のワインに森上さんが腕まくり。アルバリーニョにもシャルドネにも合う、具だくさんの「ワインが進むアサリとエビのパエリア」を紹介!

アサリとエビのパエリア(2、3人分)
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・アサリ、エビ適量
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・鶏モモ肉100g
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・オリーブオイル、カレーパウダー適量
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・白ワイン50cc
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・玉ねぎのみじん切り1/4個
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・白米2合
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・水500cc
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・固形ブイヨン1個
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・トマトジュース50cc
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・バルサミコ酢大さじ1
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・野菜(パプリカ、ピーマン、マイタケ、ブロッコリーなど)適量
- アサリ、エビ、鶏肉に塩・コショウし、フライパンに入れオリーブオイルでソテーする。カレーパウダーを適量振り、白ワイン蒸しに。アサリの殻が開いたら全ての具材をいったん皿に移しておく。
- 1のフライパンに玉ねぎのみじん切りを加え、ゆっくりと炒める。
- 2に、米を研がずにそのまま加え、強火で4分ほど炒める。全体に透明感が出てきたら水と固形ブイヨンを加え、フタをして5分ほど加熱する。
- 3にトマトジュース、バルサミコ酢、1の具材、ブロッコリーやキノコ類などはこのタイミングで加え、約3分中火で加熱。
- パプリカ、ピーマンを上に乗せ軽く火を通す。そのままフライパンごと食卓へ。
「パエリアは見栄えが大事! 具材のポジションを決めたらフライパンはなるべく動かさないように。米は研がないことがおいしく仕上げるコツです。仕上げにナツメグを加えるとさらにワインとの相性が倍増。味が足りない場合は少しみそを加えるとコクが増します。皿に取り分けてから太白ごま油を一振りするとさらに風味が立ってリッチな味わいに」と森上さん。

ペアリングポイントは「アルバリーニョはアサリとの相性が抜群。エキストラヴァージンオリーブオイルを振り、レモンをキュッと搾るとさらに合います」。カキでもおいしいという。
シャルドネは? 「エビや鶏肉、野菜類の渾然(こんぜん)一体となった味わいと、ワインの豊かなコクが相乗効果をもたらしてくれます」
棚田の絶景に温泉。癒やしのワインツーリズムへ
「社の中のワイナリー」をイメージしたという安心院葡萄酒工房の園内には、醸造施設や貯蔵庫、ブドウ畑もあり、見学するのも楽しい。「園内にあるアルバリーニョの畑を横切り、丘を登ると高台に到着します。ここから眺める由布岳や鶴見岳は風情があり、私のお気に入りスポットです」と森上さん。

ワインはもちろん、風光明媚(ふうこうめいび)な安心院には魅力がいっぱい。八幡宮の総本宮である宇佐神宮も近く、山間部に浮かぶ棚田が美しい西椎屋の絶景は近年「宇佐のマチュピチュ」として話題だ。水がきれいで、松本清張も愛したというスッポン料理が名物。農村の民家に止まり、田舎の暮らしを体験する「農泊」を1996年に全国に先駆けて始めた農泊発祥の地でもある。
「大分は『おんせん県』。安心院の中にも四つの温泉があり、さらに別府や湯布院といった名湯にも車で30分ほど。温泉めぐりも楽しいですよ」と森上さん。癒やしのワインツーリズムが安心院で待っている。
ワイナリーに足を運び、美しい自然を感じながら味わえる日を心待ちにしながら、まずはグラスの中を旅するようにワイン。ボン・ボヤージュ!
「安心院ワイン アルバリーニョ 2019年」 3209円(税込み)

つややかで輝きのあるグリーンがかった淡いイエロー。アプリコットや洋ナシなどの果実香にグレープフルーツを思わせる柑橘の爽やかさ、黄色い花のフローラルさが交わり、複雑で芳醇(ほうじゅん)な香りが立ち上る。口に含むと柑橘類のフレッシュな酸が広がり、ほろ苦さがアクセントに。心地よい香りが余韻まで長く続く。
「安心院ワイン シャルドネ イモリ谷 2019年」 3209円(税込み)

グレープフルーツのような柑橘類、パイナップルや洋梨の熟した果実の香りが印象的。しっかりとしたアタック、豊かな果実味にキレのある酸味、わずかな苦味が感じられる白ワイン。後味に広がる樽香が余韻を引き立てる。
安心院葡萄酒工房のオンラインショップで購入可能(アルバリーニョ2019年は同ショップではすでに売り切れ)。