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国境なき衣食住
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紛争地で医師や看護師が病にふせたら……異国での心細さも癒やしてくれる現地の料理人と病人食

2016年1月、ガザ地区赴任時の病院スタッフたちと。仲間たちが次々と風邪をひいた

国境なき衣食住」は、国際NGO「国境なき医師団」の看護師として世界17カ所の紛争地や危険地に赴任してきた白川優子さんが、医療・人道支援活動の傍(かたわ)らで出会った人々、触れ合った動植物、味わった苦労や喜びについて、哀感を込めてつづるエッセイ連載です。

国境なき医師団(MSF)の現場で働くには、相応の体力や健康への自信があった方が良い。とはいえ我々だって人間なので、現地では体調を崩してしまうこともある。特にお腹を壊すことは、必ず受ける洗礼といっても良い。安宿や屋台巡りをするようなバックパッカーたちも旅先でお腹を壊してしまうことはあるだろう。MSFでは初回派遣者がお腹を壊した時には「MSFの世界にようこそ!」と先輩たちは笑い、ウェルカム!の挨拶のようになっているほどだ。

ガザ地区で活動中に風邪で寝込む 家族が恋しく……

私は特に鍛えてもいないのになぜか体力だけはあり、健康にも恵まれている。腸も丈夫で、2010年の初回派遣時以降、あまり下痢をした経験はない。ただ幼少の頃から喉(のど)だけは少々弱く、疲れると喉を腫らすというサイクルが年に1、2度くらい訪れる。

喉を腫らすだけで食い止められれば良いが、悪化してしまうと今度は鼻がおかしくなり、頭痛やだるさが出現し、身体の全機能から「休め」メッセージを受け取ることになる。はじめのうちは「仕事に行かなきゃ」「薬で封じ込めよう」などと虚勢を張ってはみるが、無理をしたところで頑張れないことが分かると、休む以外に選択肢がない。

活動現地で病気になるのは避けたいことではあるが、病気になったとしても実はMSFならではの特典がある。医療団体というだけあり、チーム内には必ず医者がいて、一通りの薬もそろっている。その点ではいつも安心ではあるが、ただそれとは別に、休養のためにベッドで過ごし始めると、とたんにメンタルが病人モードに突入してしまう。つまり心寂しくなり、誰かを頼りたくなる。そして、ここが日本であれば必ず面倒を看(み)てくれるであろう母を恋しく思う。

私が初めてMSFの派遣中に寝込んだのは、2016年のガザ地区での活動の最中だった。この年は地区内の住人の間で風邪が大流行した。ガザ地区を封鎖しているイスラエルがコントロールする通電は1日数時間のみ。しかも通電は何時に始まっていつ終わるのかすら告知されず、暖房が使えない夜をみんなで我慢して過ごしていた。MSFの宿舎では発電機を使用していたのでまだ恵まれていたが、十分とは言えない小さな暖房しかなく、ぬるいシャワーを使う時にはブルブル震えながら手早く済ませていた。

紛争地で医師や看護師が病にふせたら……異国での心細さも癒やしてくれる現地の料理人と病人食
ガザに到着直後、宿舎の部屋から夕暮れをパチリ。モスクからのアザーンが心地よく、体調も万全だったが……

病院スタッフたちが次々と風邪で欠勤し、私は看護師長として部下たちの勤務表のやりくりに苦労していたが、そのうちにとうとう私が倒れて寝込むことになってしまった。みんなが出勤したあとのガラガラの宿舎に、一人ぽつんと寝ているのはやはり寂しい。身体がつらい中、なかなか進まない時計の針をずっと見ているだけの時間を過ごすことになった。

母がいたらすでにこの時点で私の飲みたいもの、食べたいものを作り始めたり買いに走ったりしているに違いない。白川家では病気になった時にお粥(かゆ)ではなく柔らかく煮込んだ醤油味のうどんが出てくる。他にも、リクエスト以外の果物や飲み物などもついてくる。しかし、このガザ地区には母はいない。

紛争地で医師や看護師が病にふせたら……異国での心細さも癒やしてくれる現地の料理人と病人食
ガザでMSFが診た患者の多くは、イスラエル兵に足を撃たれた若者たちだった=2016年3月

疲れた体に染みわたるチキンスープ

お昼が過ぎ、何か口にしないと、と思いながら手すりを支えにふらふらと下の階のキッチンに行ってみた。60代の男性料理人のダウードがいた。私の姿を見ると、待ってましたとばかりに鍋に火をかけはじめた。私のために野菜の入ったチキンスープを作ってくれていたのだという。私の体調が悪いことをチームリーダーからすでに聞いていたようだ。彼は片言の英語を豪快に使う陽気で太陽のような存在だ。そんな彼が大きな身体にエプロンをつけた姿で片手鍋の中のチキンスープをマグカップによそって出してくれた。

〈母はいないけど、煮込みうどんではないけど、すごく嬉しい〉

節々の痛みを引きずりながらキッチンの隣のリビングのソファに腰をおろす。スープの中には細かく切って煮込まれた野菜と一緒に、ねじれたマカロニのようなものも入っていた。まずはスプーンでスープだけをすくいすすってみる。塩気が口の中全体に心地よく染み込んできた。その感覚を少しのあいだ満喫し、次にマカロニを一つ口の中に入れてみた。柔らかく溶けながら喉を通り越した。

紛争地で医師や看護師が病にふせたら……異国での心細さも癒やしてくれる現地の料理人と病人食
ガザの風景。防波堤に「パレスチナ解放」との叫びの文字が

途中でダウードが残りのスープが入っている鍋を片手に「おかわりもあるよ」と伝えに来た。マグカップを抱えながら、彼が私のためだけに作ってくれたスープをゆっくりといただき、MSFの活動現場にいても特別な食事を作ってくれる人がいることの幸せを感じた。

紛争地で医師や看護師が病にふせたら……異国での心細さも癒やしてくれる現地の料理人と病人食
いつも美味しい食事を提供してくれたダウード(中央)

隣の部屋に誰かがいてくれる安心感

その後、2016年のイエメン派遣でも風邪で寝込んでしまったことがある。この宿舎の料理人は初老の女性だった。名前が残念ながら思い出せない。英語はほぼ話せず、私たちの方が片言のアラビア語を使って彼女とコミュニケーションを取っていた。この地域の他の全ての女性がそうであるように、彼女もアバヤという黒いマントのような衣装を年中纏(まと)っていた。笑顔や相づちを良く見せてくれる親しみ深い女性だったが、元々口数が少ない控えめな性格のようだ。

紛争地で医師や看護師が病にふせたら……異国での心細さも癒やしてくれる現地の料理人と病人食
イエメンの赴任先へ向かう道中で。現地は首都から車で6時間=2016年5月

ある日、具合が悪くて部屋で寝ていると、そっとドアが開いた。この料理人の女性が、様子を窺いながら、手に持っているグラスをアピールしながら私のベッドに近づいてきた。しわしわで厚みのある手でそのグラスをベッドの横の台の上にそっと置いてきた。グラスの中の飲み物は、スマッシュされた緑色の葉っぱが浮いたり沈んだりしていた。ライムとミントで作ったはちみつ入りのジュースを彼女が作ってくれたのだ。飲みやすいようにストローも刺さっている。

「シュクラン(ありがとう)、シュクラン!」と嗄(か)れた声ながらもアラビア語で感謝の意を伝える。彼女は早く良くなってね、とばかりに片手を挙げ微笑みながら部屋を出ていった。

片肘をつき、肩と頭を起こしながら顔とストローを近づけそのジュースをいただく。ストローから流れてきた甘酸っぱい液体は口内を覚醒させ、腫れた喉には少しヒリついた。ビタミンが喉から奥の内臓に染みわたり、そこから全身の細胞に行き渡っていくようだった。もう少しはちみつを足してもらおうかなどと考えながら、ジュースをゆっくりと飲み干した。

彼女が去り、再び部屋で一人になったが、あまり寂しさを感じることはなかった。私の部屋がキッチンのすぐ隣だったからだ。つまり、彼女がすぐそばにいる。キッチンでの物音は彼女の存在の証しだ。ガザの時もダウードがチキンスープを作ってくれてとても嬉しかった。今回は、料理人の彼女が部屋のドアを開けたすぐ向こう側に常にいる、ということが更なる安心感を生み出していた。昔、病棟で働いていた頃、はっきりした要件や理由はないのにナースコールを連呼して、常に看護師を呼び寄せる患者がいたが、心細さからの行為だったのだろうか、などと考えた。

紛争地で医師や看護師が病にふせたら……異国での心細さも癒やしてくれる現地の料理人と病人食
紛争で被害に遭った患者の治療中=2016年5月、イエメン北部

彼女はランチを過ぎたあたりにまた私の部屋に戻ってきた。今度はお盆を手にしている。ボウルに入ったスープを運んできてくれた。細かい野菜が入っている。ダウードのスープを思い出した。きっとチキンかコンソメ系のスープだろうと思い、寝たままベッドからスプーンに手を伸ばして口をつけてみる。温かいスープは酸味が効いていた。またライムか、と心の中で苦笑いをした。彼女は私のビタミン摂取を強化してくれているのだろうか。

そのスープをきちんといただこうと思い、足をゆっくりとベッドから下ろし身体を起こす。頭がボサボサな様子が自分でも目に浮かぶ。ベッドに腰掛けた格好で、彼女が私のために作ってくれたスープをいただいた。酸っぱいスープも悪くなかった。病気になったら周囲に気を遣わせて申し訳ないけど、気にかけてもらえることはやっぱり嬉しい。

紛争地で医師や看護師が病にふせたら……異国での心細さも癒やしてくれる現地の料理人と病人食
赴任したイエメン南部アデンにて。ここでも、宿舎の料理人は美味しい食事を作ってくれた

「ゆで卵は食べさせません!」料理人の言葉の真意は

病人食で、もう一つ思い出すエピソードがある。パキスタンで活動をしていた時、チーム内の医師、ルースが病気になってしまい、何日か寝込んでいた。彼女はその時の宿舎の料理人、モハメドに食事の面倒を見てもらっていたが、ある時ルースが私を呼びつけた。何だか憤慨している。話を聞くとリクエストをしたものをモハメドが作ってくれないのだという。病状が回復し少し食欲が出てきたようだ。キッチンに行き40代の男性料理人、モハメドにも話を聞いてみた。

「ゆで卵なら作らないよ!」

どうやら、きのうまでスープしか食べていなかったルースがいきなりゆで卵が食べたいと言いだしたので、消化が悪いからダメだと言ったのだという。なるほど、モハメドがルースのリクエストを聞かなかったのは彼女の身体を思ってのこと。

「彼女にはこれを作っておいたから」と、モハメドが見せてくれたお皿にはカラフルな料理が盛られていた。クスクスのような粒も見える黄色いマッシュ状のものが中央によそられていて、どうやらこれが主食のようだ。サイドには茹(ゆ)でたいくつかの種類の野菜が添えられていた。美味しそうなソースもかかっている。ゆで卵を頑として作らないことも、代わりに消化の良さそうなものを作ることも、ルースに対する料理人としての彼の愛情に違いない。

私の話に戻ると、結局その後もイエメンの別の派遣地で歯痛騒ぎを起こし、そこでもまた料理人にスープを作ってもらい、またシリアでは胃痛に悩まされ、同じように料理人に大変面倒を見てもらった。

紛争地で医師や看護師が病にふせたら……異国での心細さも癒やしてくれる現地の料理人と病人食
2012年9月、シリア赴任中に。ひっきりなしに来る患者で疲労困憊しベランダで仮眠をとっている間も、緊急電話が

健康時でさえ活動地での食事は重要なトピックであるが、病気になればなおさらだ。身体も心も弱ったそんな時に、愛情のこもった病人食を作って運んでくれる宿舎の料理人は私たちの女神と言ってもよいだろう。

(写真はすべて©MSF)

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