イタリア的な“熱い”軽自動車 ダイハツ・フェローSS

ダイハツ工業には“軽”が得意なメーカーというイメージがある。実際に得意だと思う。なにしろ60年代から手がけているだけに経験豊かで、それにメカニズムやデザインを上手にまとめる手腕がある。同社初の軽自動車は、1966年に発売された356ccの小さな「フェロー」だ。
全長が3メートル弱、全幅が1.3メートルと、だいぶコンパクト。ただし、ボディーがぶ厚く見えるスタイリングで個性はしっかりあった。ここでとりあげるのは、フェローに追加された、「フェローSS」(68年)だ。基本的なデザインはフェローと変わらないものの、オリジナルの23馬力に対して、こちらは32馬力。外観も内装もスポーティーに仕立ててある。
当時はこういうクルマが実にすてきだった。ダイハツ工業は報道向け資料内で「若年層を中心にアッピールする高性能スポーティッシュ・セダン」(言葉はそのまま引用)としている。私はまだほんの子どもだったものの、グリルに一文字に入った赤い線など、カッコいいなあと思ったものだ。
サブネームのSSとは、もしダイハツがイタリア車のネーミングを参考にしていたとしたら、スーパースポーツの略だ。おそらく、やっぱり小さくて、でも速い、イタリアのアバルト595SS(64年)あたりを参考にしたのかもしれない。
その証拠のひとつ(と思うの)が、専用装備の3本スポークのステアリングホイール。ダイハツではわざわざ「ナルディ・タイプ」と謳(うた)っている。ナルディとは、最初のフェラーリのテストドライバーだったエンリコ・ナルディが1930年代に創業した部品メーカー(クルマを作ったこともある)だ。
フェラーリをはじめイタリアのスポーツカーの多くには、同社のウッドステアリングホイールが装着されていた。60年代から70年代にかけて、日本のクルマ好きの若者が憧れたプロダクトでもある。
フェローSSについても先のステアリングホイールをはじめ、フロアシフト、大型のエンジン回転計、レッドに塗装されたロードホイールなど凝っていた。オプションではフォグランプも選べたのだ。

エンジンはシリンダーヘッドやピストンなどを強化した専用のもの
静止から400メートルを走りきるのに21.2秒という「ゼロヨン」発進加速も、時速115キロという最高速も、フェローSSの特徴だ。ダイハツでは、「小型乗用車なみ(の性能)」を謳っていた。
オリジナルのフェローが、外寸は決まっているなかで、出来るだけ広い室内空間をと追求した結果、できあがったボディーは、いまの言葉だとクロスオーバーSUV的というか、全長に対して全高が高く見え、流麗とはいえない。
2.5ボックスといおうか、トランク部分が軽く飛び出したスタイルである。ただし、けっしてアグリーではない。四角いヘッドランプも特別感あるし、全体として、他にはない好感のもてるキャラクターになっていると思う。
このクルマのデザイナーは一所懸命“仕事”をしている。フロントフェンダーの先端とリアのトランクリッドの後端をヘラで削(そ)いでいったような、専門用語だと“面とり”がしてあるのがひとつ。加えて、ボディー側面はサイドウィンドー下をすこしふくらませてみせる、いわゆるショルダーが設けられていた。
メーカーではこれを「プリズムカット」とか「ジュエルカッティングデザイン」と称した。宝石ほど複雑ではないものの、この手法によって、ボディーにしっかり感が生まれ、それがペラペラな鉄板で構成されたようなクルマと一線を画す質感につながった。
スタイリングはイタリアのデザイナーが手を貸したのかもしれない。63年に登場したダイハツ初の乗用車「コンパーノ」のボディーは、ビニャーレというイタリアのカロッツェリアが手がけていたのと、関係あるんじゃないか知らん。でも、誰も言わないから事実でないのかもしれない。
なにはともあれ、イタリア的な“熱い”クルマを目指したようにも感じられるフェローSS。こういう小さくて速いクルマは、自動車好きにとって、いつまでも気になる存在だ。
【スペックス】
車名 ダイハツ・フェローSS
全長×全幅×全高 2990×1285×1350mm
356cc 直列2気筒2ストローク 後輪駆動
最高出力 32ps@6500rpm
最大トルク 3.8kgm@5000rpm
(写真=ダイハツ工業提供)