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大御所シェフのいつものごはん
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香ばしさが伝わる黄金色の衣 大御所シェフがほれた「とんかつ かつ壱」

卓越した技術・味覚・知識を持つ料理界のトップランナーが、行きつけの飲食店を明かす連載「大御所シェフのいつものごはん」。3回連続でフレンチの大御所・田中彰伯シェフが通う店を紹介します。

第二回は東京・目黒の 「とんかつ かつ壱」。目黒で“とんかつ御三家”と呼ばれる有名店の一つです。

 

今回の大御所シェフ

香ばしさが伝わる黄金色の衣 大御所シェフがほれた「とんかつ かつ壱」

田中彰伯さん(たなか・あきのり)
1961年、東京生まれ。15歳でフランス料理の道へ。85年に渡仏、パリの「ラ・ブールドール」でシェフ代行、「アランレイエ」で魚部門シェフをつとめ、南仏の「レ・サントン」ではシェフとして1つ星獲得の快挙を達成。帰国後、代官山「ロジェ・ベルジェ」総料理長を経て、93年に南青山「レ・クリスタリーヌ」を独立開店。現在、渋谷「コンコンブル」、新宿「クレッソニエール」のオーナーシェフ。料理ボランティアなどの地域活動にいそしむ一方で、フランス料理を題材とする画家としても活躍中。

 

オススメの飲食店

香ばしさが伝わる黄金色の衣 大御所シェフがほれた「とんかつ かつ壱」

とんかつ かつ壱
目黒で“とんかつ御三家”と呼ばれる有名店のひとつ。フレンチ出身の店主・坂井三郎さんが手がける繊細なとんかつが人気を呼び、昼間には行列ができる。

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ついに見つけた100%のとんかつ料理店

とんかつの名店が数多く集まる目黒で、とんかつ御三家に挙げられるのが「かつ壱」。ここも前回のジンギスカンと同様、田中さんがおいしいと評判のとんかつ店をしらみつぶしに食べ歩き、たどりついた店だった。

その前は恵比寿の三田通りにあった店に週に1、2回も通っていたが、おやじさんが腰を痛めて閉店。オードブルにヒレ、メインにロースを食べるほどおやじさんの腕にぞっこんだった田中さんは、それからとんかつ行脚(あんぎゃ)をはじめた。

どの店もそれぞれにすぐれた特徴があっても、脂が強すぎとか、ソースの味が合わないとか、どこかひとつしっくり来ないなかで、ついに見つけた100パーセント理想の店が、かつ壱。赤ワインのオンザロックでとんかつを食べたいと願う田中さんにとって、当たり前のようにワインを置いてあったことも決定打になり、通い続けてもう10年以上になる。

香ばしさが伝わる黄金色の衣 大御所シェフがほれた「とんかつ かつ壱」

目黒駅西口からすぐ、ビル地下にある飲食街に1985年オープン。今年で創業36年になる

「ソースはおいしいし、ワインはあるし、料理の出し方も“どこかフレンチ”を感じていましたが、親方の坂井三郎さんと話すようになってフレンチ出身と知り、なるほどと思いました。共通言語が多いから、料理の話も弾むんですよ」と田中さん。坂井さんが1985年に独立するまで長年働いた自由が丘「トップ」は 、洋菓子売り場を併設する都内でも人気のレストランだった。

「僕のやっていたのは古い料理だから」。坂井さんは謙遜するが、カウンター越しに調理を眺める田中さんは、基礎のがっちり固まった人らしい高い精度に、いつも感心させられるという。

 
香ばしさが伝わる黄金色の衣 大御所シェフがほれた「とんかつ かつ壱」

店主の坂井三郎さん。話すのが苦手でいつも取材は断るそうだが、田中さんが同席する今回、特別に引き受けてくれた

「衣の花」 が美しい繊細なとんかつ

田中さんの定番メニュー、上ロースかつの一連の工程から、とんかつにおける調理の精度とはどこにあるものなのか、探らせてもらうことにした。

まず、肉の切り方から。経験と勘を重んじる日本料理に対し、理論と科学を重んじるフランス料理では計量が欠かせないが、坂井さんのとんかつは「ちょうどその真ん中」で、肉の重さは量らない。グラム数に縛られることなく、赤身と脂肪のバランスを目で確かめて、いちばんおいしい厚みに切るためだ。

「よい肉ほど、厚く切りすぎると毛細血管に残った血で加熱後に黒ずんでしまうので、そのあんばいが難しい」と坂井さん。ここでミリ単位の微妙な調節がなされる。

切った肉は、電子レンジにごく短時間かけて常温に戻す。こうすると、油の熱がまんべんなくおだやかに入っていく。

余計な味を加えたくないので塩、こしょうはせず、針状の刃が並んだジャカード(肉たたき)を全体に刺し通す。ジャカードを使うと使わないとでは、やわらかさが全然違ってくるという。さらに包丁で筋切りをし、衣づけ。

香ばしさが伝わる黄金色の衣 大御所シェフがほれた「とんかつ かつ壱」

ジャカードと筋切りの両方をほどこすことで、分厚い上ロースがびっくりするほどやわらかくなる

最初にまぶす粉は、通常の小麦粉よりさらさらしているように見える。聞けば、乾燥卵白を混ぜているそうだ。小麦粉だけより肉によく吸いつき、このまま5分から10分おいておくと肉の水分が粉にまわって、揚げ上がりがカリッとするだけでなく、フワッとした食感も備わる。よりよい衣を作るため、坂井さんが編み出したプロセスだ。

次にくぐらせる溶き卵は、卵だけだと衣がぼてっと重くなるため、全卵に2割量の牛乳が入っている。牛乳は、生クリームでもよい。これはフランス料理の経験から来る工夫なのかもしれない。

最後はパン粉。坂井さんが使うのは、かなりの縦長で大粒の生パン粉。「とんかつを食べて最初に感じるのが、パン粉の味と香り。パン粉がおいしくないと、おいしいとんかつはできません」。油切れがよく、美しい「衣の花」 (坂井さんの表現で、立体的に揚がった衣の状態)が咲く形とサイズで、焦がさずきれいな色に揚がるよう、糖質がおさえられているのも特徴だ。

香ばしさが伝わる黄金色の衣 大御所シェフがほれた「とんかつ かつ壱」

乾燥卵白入りの小麦粉、牛乳入りの溶き卵、パン粉の順番でまぶし、やさしくパン粉を肉に押しつける

パン粉をまぶす坂井さんの流れるような手さばき、ほれぼれする。「じっくり観察したいといつも思うんだけど、あっというまに終わっちゃう」と田中さんは笑うが、坂井さんは手の感覚を最大限に働かせて、パン粉を「生かす」よう、1枚ずつ押し方、つけ方をかえている。

パン粉を生かし、衣の花を咲かせるのに大切なのが、両手で肉を持って油に入れることだ。「片手で入れる人もいますが、両手で丁寧に扱わないとダメ」と坂井さん。とんかつがいかに繊細な料理かを思い知らされる。

香ばしさが伝わる黄金色の衣 大御所シェフがほれた「とんかつ かつ壱」

両手で丁寧に持ち、170度の油に投入。揚げている時間、休ませる時間の両方とも想像以上に長かった

油は、業務用フライ専用油を使用。最初はカリッと揚がるラードに大豆白絞油(しらしめゆ)を混ぜていたが、次第にラードの濃厚さが気になりはじめ、100パーセント植物性に切りかえた。

現在は、「ドクターフライ」という新しい器具で油に電波振動を流している。肉の水分が油に溶け出すのを防ぐと同時に、衣が吸収する油の量を減らすため、カラッと揚がる。油煙を減らし、油を長持ちさせる効果も高く、環境にも配慮できる。「店は昭和の香り満載だけど、進化しているんですよ」と坂井さん。

「いじりすぎると衣が死んでしまう」ため、表になる側に花が咲いたらひっくり返し、裏側は時間をかけてじっくりと揚げたら、最後にもう一度、返すだけ。八分通り火が入ったところで引き上げて、余熱で中心まで火を通す。「とんかつは揚げた衣のなかで肉を蒸す料理」と坂井さんが表現するように、肉が余熱で蒸された状態になる。衣は香ばしさが伝わる黄金色だ。

香ばしさが伝わる黄金色の衣 大御所シェフがほれた「とんかつ かつ壱」

中心までジャストで火が入った肉はジューシーで柔らかく、衣はさくさく。立体的に高く盛られたキャベツが美しい

かなりの時間休ませたのち、素早くカットして盛りつけ。上ロースの場合、カット後に30秒待つと、ちょうど熱が浸透して食べごろになる。つけ合わせのキャベツはふわっと軽く、シャキシャキ感が素晴らしい。以前はキャベツ自体の甘みを楽しんでもらいたいと、手でちぎって出していたくらいで、キャベツの扱いも入念。テーブルにはキャベツ用のゴマドレッシングも用意してある。

独自にブレンドしたとんかつソースも格別だが、田中さんはソースカツ丼用のしゃばしゃばしたソースで食べるのが好み。香味野菜、リンゴ、タカノツメなどをウスターソースに漬け込み、つぎ足しながら熟成させた特製ソースで、リクエストすると出してくれる。

「このソースだと、肉の味も、揚げ方の見事さも、よりわかって好きなんです」

香ばしさが伝わる黄金色の衣 大御所シェフがほれた「とんかつ かつ壱」

田中さんが「壺(つぼ)ソース」と呼ぶソースカツ丼用ソース。各種の薬味材料を加え、時間をかけて熟成させる

坂井さんは31歳でかつ壱を開き、今年で36年目。1日に150枚として、これまで揚げたのは通算150万枚を超える。だが、全体のバランスでよくできたと思えるのは、現在でも1日に1割程度。「何百万回揚げても、まだまだ完璧には近づけない。工程のうち、小さなひとつでも間違ったら、味がまったく違ってしまう。いまでもお客さんが怖くて、毎朝、緊張します」と、オープン時とかわらない気持ちで日々とんかつと向き合っている。現状に満足しない謙虚な気持ちが、精度を高めていくのではないだろうか。

ありそうでない豚のから揚げ

香ばしさが伝わる黄金色の衣 大御所シェフがほれた「とんかつ かつ壱」

からりと揚がったとんから。衣には隠し味のゴマがきいていて、ひときわ香ばしい

田中さんのもうひとつの定番が「とんから」、とん(豚)のから揚げだ。かつ壱では当初、地鶏のかつを出していたが、とんかつ屋だからと鶏を使うのはやめて、そのかわり鶏のから揚げを豚に転用した。通常はロースだが、田中さんはヒレで作ってもらう。

ニンニク、ショウガをきかせたしょうゆダレをからめ、溶き卵、かたくり粉をまぶしてからりと揚げる。こんもりと立体的な盛りつけは、たしかにどこかフレンチ風。

「ありそうでない、珍しいメニューでしょ。チーズがとろりと出てくるメンチかつとか、きっちり仕込んだ本格的なベシャメルのクリームコロッケとか、黒板メニューには普通のとんかつ屋さんにはない料理が登場するんですよ」と、田中さんは自慢げだ。

香ばしさが伝わる黄金色の衣 大御所シェフがほれた「とんかつ かつ壱」

いつもカウンターで、坂井さんの仕事ぶりを眺めながら食事を楽しむ田中さん。かつ壱のメニューはすべて頭に入っている

田中さんには、とんかつを食すさいの流儀がある。真ん中を前述のソースで食べ、両サイドの脂が多くていちばん美味な部分は残しておいて、別に注文したカレーソースをつけて最後に楽しむのである。

「親方はフレンチ出身だからソースにはこだわりがあって、カレーソースも絶品。満腹でも、あんまりおいしいから別腹で食べられます」

そのカレーは、豚足でとったスープで大量の野菜とキウイフルーツ、リンゴをことこと煮込み、自家製のカレールーを合わせて仕上げる。まろやかなコクがあり、かつスパイシーで、豚肉は使っていないのに、豚のだしがかっちりきいているのがミソだ。

かつカレーひと皿は頼めなくても、少しだけ食べたいときがある。かつ壱を最初に訪ねたとき、メニューにカレーソースだけを載せているとんかつ店ははじめてで、「僕のほしいものをわかっている」と、田中さんはいたく感動したそうだ。

香ばしさが伝わる黄金色の衣 大御所シェフがほれた「とんかつ かつ壱」

絶品のカレーソースは、かつにからみやすいちょうどいい濃度。フルーツの酸味も感じられ、コクがありつつさっぱり

メインを引き立てる小料理

酒類のつまみにもなる、揚げもの以外の小料理にも、田中さんは感心する。たとえば、突き出しのおでんは、「本当においしい健康的な味のだしで煮込んでくれています。この薄味が入り口になって、自然にとんかつへ進めるんですよ」と話す田中さんに対して、「フランス料理はコースで出すでしょ。その流れを引き継いで、メインのとんかつを引き立たせるような小料理を心がけています」と、我が意を得たりの坂井さん。創業以来のぬか床で手作りするぬか漬けも、肉が引き立つ絶妙な塩加減だ。

香ばしさが伝わる黄金色の衣 大御所シェフがほれた「とんかつ かつ壱」

薄味のおでんには、坂井さんの出身地、新潟県で古くから親しまれる車麩(くるまぶ)が入っている

香ばしさが伝わる黄金色の衣 大御所シェフがほれた「とんかつ かつ壱」

キュウリと大根のぬか漬けは、創業以来の味。シャキシャキした食感と色がみずみずしい

最後に、「自分で揚げたとんかつは実は苦手」な坂井さんが以前よく食べに行っていたのは、田中さんがかつて通いつめた店だったことが判明した。やっぱりいい料理人同士は、どこかで結びついているものなのである。

(撮影=小島マサヒロ)

★全部で30軒以上! 大御所シェフが推薦する店はこちら

 

 

店舗情報

とんかつ かつ壱
東京都品川区上大崎2-25-5 久米ビルB1
JR、東急、東京メトロ「目黒」駅より徒歩約2分
03-3779-3388
営業時間  11:00~14:00/17:00~21:30
定休日:日曜、祝日

 

田中彰伯シェフのお店

コンコンブル
東京都渋谷区渋谷1-12-24 707渋谷ビル1F
JR「渋谷」駅より徒歩2~3分
03-5467-3320
営業時間 11:30~14:00(L.O.)/18:00~22:30(L.O.21:00)*緊急事態宣言中は17:00~20:00
定休日:火曜
公式サイトはこちら


クレッソニエール
東京都新宿区新宿3-4-8 京王フレンテ新宿3丁目 B1F
丸ノ内線、副都心線「新宿三丁目」駅より徒歩1分
03-3350-4053
11:00~16:30(L.O.15:30)/18:00~22:00(L.O.21:00)*緊急事態宣言中は17:00~20:00
定休日:不定休(ビルの閉館日に準じて休業)
公式サイトはこちら

※新型コロナウイルスへの対応などにより、営業時間・定休日が記載と異なる場合があります

 

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