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「社員は家族」分断の時代、伊藤忠の働き方改革担当役員が語る「居場所感」と「希望」(前編)

今、就活生の間で最も「働きたい」と人気の企業が総合商社、伊藤忠商事だ。就職情報会社「学情」が発表した2022年卒業予定の大学生・大学院生の就職人気企業ランキングによると、伊藤忠は3年連続でトップだった。背景には、好調な業績に加え、この10年に取り組んできた働き方改革への高い評価があるという。

どんな改革なのか。家族思いの社員が亡くなったことがきっかけにスタートしたがんと仕事の両立支援、午後8時以降の残業を原則禁止し、午前8時前の早朝勤務に割増賃金や無償の軽食を提供する朝型勤務制度、深酒をしないように夜の会食は1次会まで、午後10時までとする110(イチイチマル)運動――。そんな独自の施策を次々に打ち出してきた。

会長CEO(最高経営責任者)の岡藤正広さんと共に、改革を引っ張ってきたのが専務執行役員の小林文彦さんだ。人事畑を歩んできた小林さんにインタビューをすると、社員の「居場所感」や「希望」を大切にする経営哲学が浮かび上がってきた。そこには、人と人とのつながりが分断されるコロナ時代に忘れてはいけない視点があった。

(取材・文=古屋聡一 インタビュー写真=野呂美帆)

先進医療の全額補助、仕事との両立……がん闘病を支える手厚い制度

日本人の2人に1人ががんにかかる。伊藤忠でも在職中に亡くなる社員の大半は、がんが原因だ。

2017年7月に導入した伊藤忠のがんとの両立支援施策では、国立がん研究センターと提携し、40歳以降の社員は5年ごとに「がん特別検診」を無償で受けられる。

また、伊藤忠が保険料を負担して、高度先進医療保険に加入しているため、個人負担なく最先端の治療を受けられる。

さらに、社員ががんと診断されたら、人事総務担当者が両立支援コーディネーターとして、治療を受ける社員、所属長、産業医、キャリアカウンセラーと連携し、一人ひとりの病状に応じて、仕事と治療を両立させる支援プランをつくる。

万が一、社員が亡くなり、残された仕事についてない配偶者が希望すれば、グループ内で就職をあっせんする。遺族の子には、大学院修了までの教育費を補助し、将来その子が働きたいという意思を示せば、グループ内の職場を紹介するなどの支援施策が柱となっている。

――非常に手厚い内容のがんと仕事の支援施策を導入したきっかけは。

小林 がんになった男性社員が当時社長だった岡藤に送ったメールがきっかけでした。

17年2月にビジネス誌に「幸せな会社ランキング」が発表され、伊藤忠は2位に選ばれました。喜んで社員に結果を紹介した岡藤に闘病中の社員がメールを送りました。「職場の仲間が自分を支えてくれた。自分にとっては日本で一番いい会社です」。そこには、同僚への感謝、そして、病気を克服して、もう一度職場に戻りたいという思いがつづられていました。

「社員は家族」分断の時代、伊藤忠の働き方改革担当役員が語る「居場所感」と「希望」(前編)

インタビューに答える小林さん(野呂美帆撮影)

岡藤とその社員は仕事で面識がありました。マジックで人を楽しませるのが好きな家族思いの方でした。メールに胸を熱くした岡藤は、本人の許可を取って社内にこれを公開し、「早く戻ってきてほしい。みんなで応援しよう」と訴えました。しかし、それからまもなく社員は息を引き取りました。

岡藤と葬儀に参列しました。岡藤は最前列で「慚愧(ざんき)に堪えない」と話し、肩をふるわせて泣いていました。

ほどなく岡藤は社内向けに「がんに負けるな」というメッセージを出しました。「社員ががんや重い病気に罹患(りかん)したとすれば、私は自分の家族が闘病しているつもりでこれに臨むつもりです」「たとえ病気になっても、皆さんの真の居場所は現在の職場なのだと信頼してもらえるような場を伊藤忠で提供したいと思っています」「皆さんの居場所は、伊藤忠の現在のその席であって、皆さんは、かけがえのない伊藤忠の家族であることを常に忘れないでいただきたいと思います」。

社員は家族、病気の社員を職場のみんなで支えていこう――。そんな岡藤の言葉は社員の心に響いたと思います。私も強く心を揺さぶられました。その思いを具体化したのが、がんと仕事の両立支援施策でした。

「社員は家族」分断の時代、伊藤忠の働き方改革担当役員が語る「居場所感」と「希望」(前編)

岡藤さんが社員に向けて送ったメッセージ「がんに負けるな」

参考にできる他社の事例もなく、厚労省にも足を運びました。試行錯誤を重ねながら、結局は自分たちで考えました。おかげで会社の状況にあった施策がつくれたと思います。施策をつくる経緯を社員と共有していたので、異論は出ませんでした。多くの企業はやる気にさえなれば、こうした施策はつくれると思います。

「あなたの居場所はここ」 仕事が最良の薬になることも

――両立支援施策は病気になった社員に「あなたの居場所は職場にあるということを伝える施策」だと小林さんは訴えています。

小林 ビジネスパーソンというのは、「自分の居場所はこの職場だ」と腹の底から思ったときに最大の力を発揮します。働くことが可能であれば、会社が「あなたの居場所はここだ」ときちんと示すことが、最良の薬になると思っています。

「心の健康を取り戻すために、仕事は最良の薬だった」。大変な苦労を重ねながら、自身のがんとの闘病と医療現場での仕事を両立させてきたある医師の手記に、そんな内容が書かれていました。それを読んで私は「最良の薬とは、これまで通り職場で仲間たちと一緒に仕事をすることだ」と考えるようになりました。病状によりますが、働くことが可能な人は、会社が全面的に職場復帰を支援すべきだと思います。

――がんを会社に告白した社員とどう向き合うべきなのでしょうか。

小林 がんと闘っている人からお話をうかがっていると、お医者さんのような目線で根拠のない楽観論を押しつけてはいけないことに気づきました。「知り合いががんになったけど、すでに復帰して元気に働いているよ」といった話を訳知り顔ですることです。健康な人との距離を改めて感じて、勇気を持って職場に病気を告白した人が孤独や絶望に陥る入り口になってしまいます。

では、どうすればいいのでしょうか。がんになった同僚から聞いた話です。その同僚が親友にがんになったことを告白すると、その親友は、しばらく絶句しました。そして、「すまん、言葉がなくて」と言った。その同僚にとって告白後にかけられた言葉の中で、最もありがたい言葉だったそうです。

がんになった同僚と同じ目線に立っていたからだと思います。同じ目線で苦しみを共有して、「わかった。一緒にがんばろう。僕もがんばる」と希望に向かって一緒に歩いていく。お互いの信頼感を得るためには、そんな目線が必要だと思います。

「社員は家族」分断の時代、伊藤忠の働き方改革担当役員が語る「居場所感」と「希望」(前編)

――治療と仕事の両立について、業績評価を行っているそうですね。

小林 治療を受けながら働き続ける上での工夫などについて目標を設定してもらって、プラス評価を行いましょう、という仕組みです。マイナス評価はしません。通常、社員は1年間の目標を立てて、達成に向けて日々努力を重ね、達成度合いについて期末に評価されます。しかし、病気を理由に評価対象から外すのは、逆に職場での疎外感が生じてしまうと考えました。職場の上司らとつくった目標が精神面での支えになります。

希望を示すことが、人事政策の根幹

――遺族の子には大学院まで教育費を支援し、その後、本人が希望すれば、伊藤忠グループで働く職場も用意する。仕事についてない配偶者が希望すれば、グループ内で就職をあっせんする。「社員は家族」の言葉通りの手厚い内容に驚きました。

小林 がんになった社員が一度は頭によぎるのは、自分が死んだら家族はどうなるのだろう、という思いだと思います。社員の最大の心配事に会社が目を配ることが、社員への非常に大きなメッセージになります。絶望ではなく、希望とともに働いてほしい。「社員が家族」と言っているからには、そうあらねばなりません。実際にこの施策を通して、伊藤忠グループで働く遺族のご子息や配偶者がいらっしゃいます。私はそのことを誇りに思っています。

――なぜ、会社には希望が必要なのでしょうか。

小林 希望を示すことが人事政策の根幹だと思っています。株を配ったり、海外旅行に行ったりと社員に満足感を与えることは難しいことではありません。しかし、満足は際限がなく、待遇が変われば、すぐに不満へと変化する。一方で、会社の支援で心配事はできるだけ小さくして、「自分の居場所はここだ」と希望を持って働いてもらえば、それぞれの社員が最大限の力を発揮します。希望は会社の成長につながり、満足は組織を衰退させます。社員に希望を示すことがとても大切です。

「社員は家族」分断の時代、伊藤忠の働き方改革担当役員が語る「居場所感」と「希望」(前編)

伊藤忠本社に昨年4月に飾られた花。コロナ禍を踏まえて岡藤会長が発案した(西畑志朗撮影)

小林 伊藤忠の社員数は約4300人で三菱商事や三井物産などの5大商社の中で、最も少ない。1人あたりの労働生産性を高めないと、ライバルには勝てません。社員が当事者として仕事の重要性を理解し、自身で解決策を考え、全力で仕事に取り組んでもらうことが必要です。それが高い労働生産性につながります。

マネジメントの要諦(ようてい)は、それぞれの社員が最大限の力を発揮してもらうことです。「厳しくとも働きがいのある会社」を目指しています。

――バングラデシュのダッカ、パキスタンのカラチ、ケニアのナイロビなど、勤務環境の厳しい海外で働く駐在員を励ますために岡藤さんの名代(みょうだい)として訪ねていたそうですね。

小林 コロナの影響で今はできないのですが、これまでに世界各国の30以上の環境の厳しい都市を回りました。新潟魚沼産コシヒカリと虎屋のようかんを持参しました。ニューヨークや、ロンドン、パリのような都市には行きません。

大切なのは、あなたたちの活躍や努力をちゃんと見ています、というメッセージを伝えることです。岡藤からの激励のメッセージを伝えると、感極まって泣く人もいます。「自分たちの居場所はここだ」と心の底から思えれば、がんばれる。会社を成長させる原動力になるのは、社員の一人ひとりが職場を自分たちの居場所だととらえ、大きな力を発揮することです。病気であっても、そうでなくても、「居場所」という言葉が非常に重要だと考えています。

>>インタビュー後編では、その他のユニークな改革についてお話をうかがいます。

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