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深夜残業禁止、会食は1次会まで 伊藤忠役員が語る、商社の常識を塗りかえる意識改革を進める極意(後編)

様々な働き方改革を打ち出してきた伊藤忠商事。「深夜残業の禁止」など、それまで当たり前だった働き方の価値観を変えようとしたときに、社内の反発を受けたこともあった。先行きが見通しづらい時代に、社員の意識改革を進めていくためにはどんな視点や哲学が必要なのだろうか。岡藤正広会長CEO(最高経営責任者)とともに、働き方改革を指揮してきた専務執行役員の小林文彦さんに、改革を進める極意をインタビューした。

>>インタビュー前編からつづく

朝型勤務へ切り替え 「当たり前」に挑戦した

「朝型勤務」がスタートしたのは、2013年10月。午後8時から10時までの勤務は原則禁止。午後10時から翌日午前5時までの勤務は禁止にした。一方で、午前5時から午前8時は深夜勤務と同じ割増賃金を支給し、午前8時までに出社した社員には、健康管理の観点から軽食を無料で提供している。今は定着したこの制度だが、当初は午後8時を過ぎると、人事部の社員が各部署を回り、残業をしている社員に退社を促すなど、改革に抵抗もあった。

小林 まず、導入を決断した経緯を説明します。ストーリーがあるんです。東日本大震災が起きた翌営業日。当時社長だった岡藤が、取引先のお見舞いをして午前10時ごろに本社に戻ると、最寄りの地下鉄の駅から大勢の社員が出社している様子を見ました。ほとんどの顧客は9時から仕事をスタートして逆境と戦っているのに、うちの社員は現場目線が欠如しているのではないか、世間とあまりにも乖離(かいり)しているのではないかと、岡藤は強い危機感を抱いた。「朝早く来て、お客さんとしっかり向き合いましょう」という呼びかけが、働き方を見直すきっかけになりました。

ただ、長年にわたって続いた習慣を変えるのは、簡単なことではありません。最初は管理職が率先して9時前に出社するように働きかけました。すると、1年ほどかかりましたが、9割以上の社員が午前9時前に出社するようになりました。

それで、いっそ夜の残業もやめてしまおう、という話になったんです。

深夜残業禁止、会食は1次会まで 伊藤忠役員が語る、商社の常識を塗りかえる意識改革を進める極意(後編)

インタビューに答える小林さん(野呂美帆撮影)

――商社は長時間労働のイメージが強い。最初は抵抗があったんじゃないですか。

小林 深夜残業が当たり前の会社だったので、「帰宅して」と呼びかけても「何をのんびりしたことを言っているんだ。人事部は気楽でいいよな」。そんな反応一色でした。商社の業界でも、「そんなことできるわけない」という声が上がっていました。

ただ、深夜残業をしている社員に理由を聞くと、「深夜の方がだれからも干渉されずに仕事ができる」「上司がいるから帰れない」「友達と約束している時間までの調整をしている」など、ろくな理由がなかった。

深夜残業は健康管理の側面からもよくありません。早朝に仕事をしてもらった方が、顧客とも向き合えるし、夜に家庭で過ごす時間も充実します。

「朝早く出社する」というのは、トップ自身の震災での大きな気づきや体験が起点になっていますから、導入の根拠や必要性を社員に説明しやすい。つまり、経営者の頭の中にある理屈や理論だけを根拠にして意識改革を訴えているわけではないですから。岡藤の実体験をベースにしたストーリーは、社員に伝わりやすかったと思います。

午後8時以降の残業が原則禁止になる「朝型勤務」の制度が正式に導入され、粘り強く帰宅を促すうちに、しだいに社員に受け入れられ、定着していきました。今では、多くの社員がこれまで導入された制度の中で、「最も優れた制度だ」と評価しています。

深夜残業禁止、会食は1次会まで 伊藤忠役員が語る、商社の常識を塗りかえる意識改革を進める極意(後編)

早朝に出勤して、無料の軽食を利用する伊藤忠社員

「110運動」が労働生産性を高め、経費も減った

小林 朝の出勤の妨げにあるのが、深夜まで続く飲み会です。飲みたい人にそうでない人も振り回され、生活のリズムを崩してしまう要因になる。そこで、夜の会食は1次会までで、10時には終了する「110運動」を始めました。早い時間に帰宅する習慣が根付けば、育児や介護にも参加できます。

今は、午後10時以降、外で飲んでいる人はほとんどいないと思います。結果的に労働生産性が高まり、残業は減りました。深夜のタクシー代はほとんどゼロになりましたし、オフィスの電気代も減りました。一人あたり500円程度の軽食の経費はかかりますが、全体としてコスト削減につながっています。

――17年6月から金曜日にカジュアルな服装を社員に推奨する「脱スーツ・デー」を始めました。今は火曜日から金曜日が「脱スーツ・デー」だとうかがっています。小林さんも今日はジーンズをはいていますね。

小林 服装を変えると、考え方も変わります。自由な服装をしていた方が自由な発想が生まれると思います。今日はジーンズをはいていますが、この格好なら力仕事ができるし、地べたにも座れます。行動の自由度が広がれば、考え方も変わってくる。服装を変えることで、これまでの考え方を脱却し、新しい考え方に切り替えられる。そこがポイントです。

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2017年に「脱スーツ・デー」を導入した伊藤忠商事。社員の参考になるように「モデル社員」の発表会を開いた=東京都港区

数字で測れない感動が業績につながる

――時価総額で商社のトップに躍り出るなど、業績は好調です。「朝型勤務」などの改革が好調な業績の要因の一つなのでしょうか。

小林 朝型勤務がどの程度、業績に与えたかの計測はできませんが、もちろん寄与していると思います。岡藤が社長になり、私が役員になったのは、2010年です。09年度の労働生産性(連結純利益を従業員数で割って算出した数値)を1とした場合、19年度は3.9倍になりました。株価は4.8倍、配当額は5.7倍です。社員の給料も増えました。

どの働き方改革がどれだけ貢献しているかを計測はできません。しかし、これらの改革が相乗効果を生んで、総合的に大きな企業価値を生み出していると言っても過言でないと思っています。企業が発展した結果を示すのは数字で表すことのできる定量データです。一方で、「素晴らしい会社だ」と心を動かされ、感動するのは数字であらわせない定性データが軸になると思います。

非常に重要なのは、改革を推進していくには、何が何でも業績は伸ばす必要があります。意義のある施策であっても、業績が悪いと、「そんなことをやっているからだめなんだ」という議論が起こり、良い施策であっても頓挫してしまう。改革を進めるには、経営陣に何が何でも業績を伸ばすという覚悟が必要です。

――改革という点でいえば、最近の取り組みとして、約70年にわたって発行してきた社内報を昨年5月に刷新し、季刊広報誌「星の商人」を創刊しました。会長の岡藤さんとの対談相手として笑福亭鶴瓶さんやマツコ・デラックスさんが登場するなど、ぜいたくな記事構成ですね。

小林 衣食住に関する特集記事やコラムなど、社内報とは思えない読み応えのあるコンテンツで、何度も読み返してもらうことを狙っています。幅広い読者層に読んでいただき、読み終わった後も捨てずに書棚に戻してもらえるような雑誌を目指して創刊しました。私が責任者であるコーポレートブランディング政策を行い、社内外に情報発信する「Corporate Brand Initiative(CBI)」という部署が担当しています。

深夜残業禁止、会食は1次会まで 伊藤忠役員が語る、商社の常識を塗りかえる意識改革を進める極意(後編)

紙媒体とデジタルや、リアルタイムとの融合にも挑戦しています。記事にあるQRコードをスマートフォンで読み込むと、関連する動画を見られます。例えば、「外苑の四季」という写真のページのQRコードを読み込むと、明治神宮外苑の風景を動画で楽しめます。

社内報の発行部数は、1万5千部でしたが、読者層を広げるために「星の商人」は3万部に増やして、社員や取引先だけなく、ヤナセのショールームや、代官山や梅田の蔦屋書店などにも置いています。

創業者の「すきやき会」精神 自由こそ強み

――「星の商人」のマンガ連載「初代伊藤忠兵衛物語」では、伊藤忠グループの創業者である伊藤忠兵衛(1842~1903)が店員にすき焼きをねぎらうエピソードが出てきます。「社員は家族」という考え方は当時から受け継がれてきたものなのでしょうか。

小林 そうだと思います。忠兵衛は1と6のつく日、月6回、働く店員の健康のために「すき焼き会」を開き、当時は非常に珍しかった牛肉を振る舞っていました。背景には「店員は家族」という考えがありました。深い愛情を持って店員に接する一方で、厳格に約束を守り、信用を重んじることを教えるなど、店員のしつけには厳しかったそうです。忠兵衛の妻、八重も教育熱心で、見習いの店員が採用されると、自宅で行儀作法や読み書きそろばんなどの店員として必要な教育を施し、配属先の店に戻したそうです。社員を大切にする精神は今も当社に流れていると思います。

――小林さん自身は、伊藤忠はどんな社風だと思われていますか。

小林 私は伊藤忠の社風は自由さにあると思います。そして、失敗しても再度挑戦できることです。当社の社員で一度、失敗をしてから再生して大きな仕事を成し遂げた人は大勢います。失敗の反省を生かして、それを繰り返さないことを誓い、誠心誠意進むのであれば、過去の失敗はいとわない。仕事は厳しいけれど、自由な裁量があり、再挑戦できる。それがチャレンジ精神に富む伊藤忠の強みだと思っています。

若いころに9年間、営業にいましたが、自慢できるような業績もなく、鳴かず飛ばずでした。縁あって人事部門にきて、自由に仕事をさせてもらい、少しずつ自信のようなものを積み重ねてきたというのが、正直なところです。伊藤忠の働き方改革もまだ道半ばです。まだまだ、これからやるべきことは多いと思っています。

(取材・文=古屋聡一 インタビュー写真=野呂美帆)

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