&M

おふたりさま図鑑
連載をフォローする

「ハウスではなくホームが必要」 手塚貴晴+手塚由比、“壁のない家”を作り続ける2人

いにしえの古墳を抱く高台にその家は建っている。幅4mの長テーブルを据えたリビングダイニングからは、子供部屋に寝室、バスルームまですべての空間が一望でき、庭に面した大きな窓を開けると、ベランダの彼方に丹沢の山脈を望む眺望が広がる。建築家である手塚貴晴・由比夫妻が自ら手がけたこの家は、完成から18年間、手塚一家と日々を共にしてきた。

「ステイホーム」が叫ばれてからのこの1年、人が「家」という空間に求めるものも変わりつつあるが、夫妻は「ホームは人がいて初めて成り立つもの」だと口を揃える。大学の建築学科で先輩・後輩として出会い、ロンドンでの結婚生活を経て、現在は共同で事務所「手塚建築研究所」を運営する2人。建物とともに人生を築いてきたスタイルのルーツは、彼らの作る家と同じく“壁のない”関係だった。

(文=奈々村久生 写真=南阿沙美 文中敬称略)

縁をつないだ仲人は建築

「ウマが合うなと思いましたね。話していて飽きない。建築という共通言語があったので、後輩の私にとっては、相手から学ぶ関係でもありました」。互いの馴(な)れ初めを妻の由比はそう振り返る。

「ハウスではなくホームが必要」 手塚貴晴+手塚由比、“壁のない家”を作り続ける2人

貴晴 2人とも父親が建築家で、由比も私も父親の設計した家に住んでいたので、バックグラウンドが共通していたのは大きかったですね。

由比 育った環境や原風景が似ていたんですね。

貴晴 パン屋の娘とパン屋の息子が結婚したようなものです(笑)。自分が何かをカッコいいなと思ったときに、相手も自然と同じようにそれをカッコいいなと思う、そういう価値観が一致する関係はすごく大事ですよね。

由比 先に大学を卒業した手塚が、アメリカ留学後にロンドンで就職して遠距離になったんですけど、私も留学先にロンドンを選んで渡英しました。

貴晴 結婚前に日本で一緒に過ごした期間は短かったんですが、2人で世界中をバックパックで歩き回って、名建築を見て回りましたね。当時から旅行は必ず2人で行っていたので、訪れた場所や見たものをみんな共有しているんです。

結婚したからこそ独立できた

由比の卒業を待って2人はロンドンで新婚生活をスタート。貴晴はポンピドゥーセンターの設計で知られるリチャード・ロジャースの建築事務所で働いていたが、結婚して2年後の1994年、副島病院(佐賀)の設計オファーを受けたことをきっかけに、帰国して自分たちの事務所を立ち上げる。


貴晴 私は1人で何かをすることができない性分なので、事務所も1人で始めるつもりは最初からなかったんですね。チームで動くのが好きだったし、実はそんなに独立願望は強くなかった。結婚していなかったら独立していなかったと思うんです。

由比 私は父が独立した建築家だったので、建築家として生きていくなら、当然のように独立するだろうと思っていました。といっても私自身はそれまで就職したこともなく、建築の仕事も実地での修業を経験していなかったので、ゼロから教えてもらいながらの出発でしたね。

貴晴 いきなり社長からのスタートだったんですよ(笑)。ダメなら2人でロンドンに戻るつもりでした。

由比 とはいえやっている最中は、これで世に出られなかったら終わりだと思っていたので、ものすごく必死でした。運良く若手建築家の登竜門と言われるSDレビューを受賞できて、さらにグッドデザイン賞の金賞をとったことで人生が変わりましたね。

貴晴 ただ、その前から、自分たちの作るものに関しては絶対的な自信があったんです。当時の日本では「スクラップアンドビルド」の美学がまことしやかに唱えられていて、建物を長く大事にするという概念がなかったんですよ。その頃の日本人は、お金はあっても人生の楽しみ方を知らないように思えた。そこで建築がライフと結びついていることを提唱したのは結構大きなことだったと思います。

由比 建築家だけでなく、使う人に心地よいと感じてもらえる建物を作りたいと思っていましたね。

貴晴 どんなにおもしろおかしいものを作ったとしても、それを求めている人がいなければ意味がない。自分たちの住みたい家を作りたい、お世話になりたいと思える病院を建てたい、そういう思いは2人とも同じだったんです。

「ハウスではなくホームが必要」 手塚貴晴+手塚由比、“壁のない家”を作り続ける2人

チームワークの最小単位は「2人」から

この日、赤と青の色違いのシャツを着ていた2人。並ぶと対のようになり、そのコンビネーションが強く印象づけられる。もともと由比が独身時代から赤を好んで身につけていたところへ、後に貴晴も青を意識して着るようになり、それぞれのテーマカラーとして定着したそう。

公の場にも赤と青をペアでまとって登場し、建築家の仕事で広く認められていくにともない、この2色の組み合わせは手塚夫妻のトレードマークにもなっていった。そんな中で、共同経営者としての連携プレーは、それまでの夫婦関係の延長上に積み重ねられていった。


貴晴 建築というのは、鉄骨屋さんから材木屋さんまで、たくさんの人と協力し合って出来上がります。そうしたコラボレーションの中から生まれてくるものを大切にしているし、その最小単位がこの2人という感じです。最小単位が1人では無理ですね、自分の判断がいいかどうかがわからなくなっちゃうので。

由比 まず手塚がベースになる模型を作ると、私がそれに対して意見を言って、常に「これ大丈夫かなあ?」みたいなやり取りをしながら作業を進めています。

貴晴 どちらかが支える、という感じではないね。

由比 2人の意見が一致して、2人ともがいいねと思えるまでは、一緒に試行錯誤するというか。

2人の「いいね」が一致する基準を問うと、「それを聞かれるということは、世の中では、よっぽど人間関係が上手くいってないのかなあ?」と、貴晴は首をひねった。

 

由比 大前提として、建築に関する根本的な価値観が一致しているからこそ、関係が成り立っている部分はあるでしょうね。原体験も同じだし、2人ともイギリスの建築が好きなので、現地で一緒に生活した経験も大きかったと思います。

喧嘩も大事なコミュニケーションの一つ

もともと貴晴の両親と住む二世帯住宅として構想された手塚邸。そこへ設計の途中で由比の懐妊が判明し、家族がもう一人増えることに。竣工の直前に夫妻の第一子が生まれたこの家には、一家の歴史がまるごと刻まれている。


貴晴 
私の父親の実家は四世帯で住んでいて、大勢の人間が一緒に暮らしていると面倒くさいこともあるんだけど、その中でいい関係が出来上がっているのを目の当たりにしていたんです。それが自分にとっての理想だったんですよね。

由比 私の実家も、リビングから障子一枚を隔てた隣が自分の部屋だったので、父親の見ているテレビの音が全部聞こえてくるような環境で育ったんです。そうするとどうしても秘密を持てない性格に育ちますよね(笑)。家族の気配をうるさいなあと思うこともありましたけど、家というのは「一つの空間を家族でシェアする」ことが大事だと思うんです。

「ハウスではなくホームが必要」 手塚貴晴+手塚由比、“壁のない家”を作り続ける2人

由比が小学生のときに作った実家の模型。常に家族の気配が感じられる家だった

この家で父と母になった2人は、自分たちなりのやり方で、仕事と家庭の両立を模索してきた。


由比 
1人目で娘が生まれてすぐのときは、ベビーベッドをそばに置いて揺らしながら、夜も家でミーティングをしたり。でも2人目で息子が生まれるとそうもいかなくなって、子供が保育園から帰ってきた後の時間は、私ができるだけ家のことをするようになりました。

貴晴 というのも、私は仕事で無茶なスケジュールが入ることも多くて。コロナ禍になる前は1カ月に2カ国ぐらいのペースで海外出張にも行っていたんですよ。そうすると自分が日常的に家事や子育てと仕事を両立させるのは難しくなってきますよね。

由比 建築の仕事が忙しいことは、私も身をもって知っているので、それを踏まえながら自分のできることを頑張ってやるしかない。その点、夫婦で職業が同じだと、お互いの苦労を理解した上で、家事や育児の分担の仕方を考えられるのがいいところだと思いますね。

貴晴 私自身は子供の面倒をみたり、料理をしたりするのも大好きなんです。昨今は私もずっと日本にいるので、今日も朝ごはんは私が作りましたし。

由比 手塚は料理が得意なんですよ。逆に私はもともとまったくできなくて、離乳食が初めての料理だったぐらい(笑)。

 

「ハウスではなくホームが必要」 手塚貴晴+手塚由比、“壁のない家”を作り続ける2人

そんな両者の間では、喧嘩でさえも、大事なコミュニケーションの形になっている。言い換えればそれは究極に風通しのよい関係だ。


由比 
仕事上の喧嘩はあまりないですけど、家のことでは色々ありますね。

貴晴 それこそ初めての喧嘩は味噌汁の出汁(だし)のとり方でしたね。「それは違う!」と言ったら、「私はこう教わった!」とガンガン言い返してきて。

由比 何をやっても「違う!」と言われるから、ガンガン怒ってましたね(笑)。

貴晴 それでも相手には言いたいことを言ったほうがいいと思うんですよ。私たちの間では、言わずにため込む、ということがないんです。直接言い合って全部吐き出しちゃう。それにもリスクはありますけど、黙っていたら事態がさらに悪くなるだけでしょう?

「うるさい」と言い合える関係が築けているか

代表作である「ふじようちえん」をはじめ、いくつかの建築物においては、一度完成してから増築を行っている2人。また、2020年にオープンした美術館「PLAY! MUSEUM」の3階にある遊び場スペース「PLAY! PARK」では、オリジナルの遊具やワークショップの企画を手がけるなど、自分たちの手で生み出した建築とはその後の時間をも共にしている。


貴晴 
建築は建物自体が目的なのではなく、そこで起きていることが進行していないと意味がないんです。いい劇場を作ればいい芝居が生まれるし、いいお皿を使えば料理も映える。使っていくことによって建造物の姿かたちが変わったとしても、それは進化なので、むしろ喜びですね。

由比 この家も当初は寝室がワンルームで、子供部屋はなかったんですけど、娘が中学生のときに自分の部屋が欲しいと言い出したんですよ。やっぱり自分だけの空間が欲しかったみたいで。

貴晴 そう、リビングのテーブルの下に「自分の部屋」を作り出したので、これはさすがにヤバいぞと(笑)。それで、寝室の間を仕切って、子供用に独立した空間を作ったんです。子供がこの家を出ていったら、また寝室を一部屋に戻すと思います。

「ハウスではなくホームが必要」 手塚貴晴+手塚由比、“壁のない家”を作り続ける2人

貴晴の趣味の一つはピアノ演奏。自宅にはグランドピアノが置かれている

くしくも「ステイホーム」が求められている時世である。2人が目指してきた居心地のいい家づくりは、そこに住む人が居心地のいい関係を築けるかどうかにつながっている。


貴晴 
「ハウス(house)」はモノですが、「ホーム(home)」は人がいて初めて成り立つんです。もしこの家に誰も人がいなかったら、どんなに居心地がよくても、私はここに帰って来ませんよ。

由比 環境的に居心地がよかったとしても、人がいなければつまらないですからね。

貴晴 息子は最近Zoomで友達とやり取りをしているんですけど、夜中まで大声で笑いながら話しているんです。でもそれはいいことなんですよ、友達がいるというのは。家族としても、うるさいと言いながらも、そういう雑音があることは、幸せなんだと。音がするというのは、そこに人がいるということだから。

由比 うるさいと思ったら、お互いに言えるような関係を築けていることが重要だと思うんです。言われたら静かにしようと思うし。

貴晴 家で長い時間を過ごす今だからこそ、そこにおける人とのつながりがより大事なんです。ソーシャル・ディスタンシング対策によって、外では他人と距離をとらざるを得なくなったがゆえに、同じ家の中でふれあえる相手がいることの大切さも感じられるはず。日々を生きる上での最小単位が自分一人ではなく、誰かとペアであるだけでも、だいぶ楽になると思いますよ。

 

「ハウスではなくホームが必要」 手塚貴晴+手塚由比、“壁のない家”を作り続ける2人

■プロフィール

手塚貴晴+手塚由比
1994年、手塚建築企画を共同で設立。OECD(世界経済協力機構)とUNESCOにより世界で最も優れた学校に選ばれた「ふじようちえん」を始め、子供のための空間設計を多く手がける。2017年にはUNESCOより世界環境建築賞(Global Award for Sustainable Architecture)を受賞したほか、国内外で受賞多数。代表作に「ふじようちえん」「屋根の家」「越後松之山『森の学校』キョロロ」「空の森クリニック」など。

公式サイト:http://www.tezuka-arch.com/

REACTION

LIKE
連載をフォローする

SHARE

  • LINEでシェア

FOR YOU あなたにおすすめの記事

POPULAR 人気記事

※アクセスは過去7日間、LIKE、コメントは過去30日間で集計しています。

RECOMMEND おすすめの記事

&MEMBER限定の機能です

&MEMBERにご登録(無料)いただくと、気に入った記事に共感を示したり、コメントを書いたり、ブックマークしたりできます。こうしたアクションをする度にポイント「&MILE」がたまり、限定イベントやプレゼントの当選確率が上がります。

&MEMBERログイン

ID(メールアドレス)
パスワード

パスワードを忘れた方はこちら

&MEMBER登録はこちら

&MILEの加算アクション

  • &MEMBER新規登録:100マイル

    *今後、以下のアクションも追加していきます

  • 朝日新聞デジタル有料会員の継続:100マイル
  • ログインしてサイト訪問:10マイル
  • 記事に「LIKE」を押す:10マイル
  • コメントの投稿:30マイル
  • 自分のコメントに「LIKE」がつく:10マイル
  • アンケート回答:30マイル
  • 「朝日新聞SHOP」での購入:50マイル
  • イベント申し込み:50マイル

&MILEの獲得数に応じてステージがあがり、ステージがあがるごとに
&MEMBER限定のイベントやプレゼントの当選確率が上がります。詳細はこちら