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日本はどこで誤り、戦争への道を進んだのか この国の意思決定能力の不全と「無責任の体系」を問う 劇団チョコレートケーキの新作『帰還不能点』

the Point of No Return(ポイント・オブ・ノー・リターン)――。

航空用語で、燃料の残量から計算して、離陸した空港に戻れなくなる限界点のことを指す。私たちの人生にも、後戻りできない地点というものがある。それを越えてしまったら、何が待ち構えていても、前進するしかない。後から選択を悔いても、もう引き返すことはできない、そんな瞬間が。そして、おそらく国家にも……。

日本はどこで道を誤り、76年前の破滅へと突き進んだのか――。2月19日から東京・池袋で上演されている劇団チョコレートケーキの新作『帰還不能点』は、そんな歴史の分岐点に迫った“問題作”だ。日本の集団的意思決定場面で毎度毎度あらわれる「無責任の体系」の追及でもあり、集団や組織の中の「個」という、現代に通じる問いにも挑んでいる。

(取材・文 石川智也)

将来を嘱望された少壮官僚たちが出した「日本必敗」の結論

舞台は1950年のある日。壮年の男たち9人が小料理屋に三々五々、集まってくる。彼らは、日米開戦前夜の1940年に首相直属機関として設立された「総力戦研究所」の一期生で、戦前の中央省庁や陸海軍、日銀などの中枢にいた元若手エリートたち。ある同期生の三回忌の折り、その妻が営む店に久々に集まり、旧交を温める。

元陸軍士官がぽろりと漏らした「アメリカと戦争して勝てるわけがなかった。馬鹿馬鹿しい」との軽口に、寡婦が「ではどうして戦争になったんでしょう」という素朴な疑問を発する。それをきっかけに一同は、その場の即興芝居で、戦時中のこの国の指導者だった閣僚たちの言動を再現し始める。それが、自分たちの過去をもあぶり出していくことになる。

実は彼らは、真珠湾攻撃の4カ月ほど前、研究所で“模擬内閣”を組織し、それぞれの出身母体から持ち寄った極秘資料を駆使して、対米戦開戦となった場合の戦局を予測していた。兵器や資源、国際情勢を踏まえたシミュレーションの結論は、「奇襲作戦を敢行し成功しても緒戦の勝利は見込めるが、物量において劣勢な日本の勝機はない。戦争は長期戦になり、結局ソ連参戦を迎え日本は敗れる」というものだった。

日本はどこで誤り、戦争への道を進んだのか この国の意思決定能力の不全と「無責任の体系」を問う 劇団チョコレートケーキの新作『帰還不能点』

二人の文官の冒険主義が、対米関係をさらに悪化させる

各界から30代の逸材を集めた総力戦研究所の一期生による模擬内閣が、その後の太平洋戦争の推移を正確に見通していたことは、史実として知られる。猪瀬直樹『昭和16年夏の敗戦』なども詳細に検証している。日本必敗の予測は当時の近衛文麿内閣に報告され、東条英機陸相は「軽はずみに口外してはならぬ」と釘を刺すほど狼狽した。だが「日米開戦はなんとしても避けねばならない」という研究生たちの主張をよそに、大日本帝国は4カ月後、彼らの筋書き通りの勝算のない泥沼の戦争に突入していく。

舞台『帰還不能点』では、模擬内閣の設定を借りながらも、研究生たちの人物造形も含め自由に想像力を羽ばたかせ、どこで日本の歯車が狂ったのか、さらに遡って“思考実験”を進める。そのなかで、1938年1月の国民政府(蔣介石政権)との和平交渉打ち切り、1940年9月の日独伊三国同盟締結というタイミングにおける、近衛と松岡洋右という二人の文官の“蛮勇”が浮かび上がる。そして、研究生たちは、首相の近衛ですら対米関係悪化を懸念しながら断行された1941年7月の南部仏印進駐に、帰還不能点を見いだす。

日本はどこで誤り、戦争への道を進んだのか この国の意思決定能力の不全と「無責任の体系」を問う 劇団チョコレートケーキの新作『帰還不能点』

新時局の態勢の中心となるべき人物を育成するという総力戦研究所が開設され、その入所式が1941年(昭和16年)4月1日に行われた。中央に近衛文麿首相の姿が見える(朝日新聞DBより)

甘い見通しが、現実に追い越されていく 昔も今も

脚本を担当した劇作家の古川健は、これまでも731部隊やアウシュビッツなど、さきの戦争をテーマにした劇作を世に問うてきた。前作『無畏』でも、南京事件の責任者・松井石根を通じて戦争責任の問題に切り込んでいる。今作のテーマを選んだ理由を、次のように語る。

「アジア太平洋戦争についてはいまだに陸軍悪玉論が根強いですが、そんなに単純ではない。例えば三国同盟は、平沼騏一郎らがごり押ししたものの、海軍の主流派や陸軍内の実力者、元老の西園寺公望などが反対したため、いったん潰(つい)えた。にもかかわらず、1940年になってフランスがドイツに敗北すると『バスに乗り遅れるな』との機運が高まり、みな巻き込まれていく。そんな経緯も一般的にはあまり知られていません」

「閣僚や軍人たちの多くが勝てるはずがない、対米戦などやりたくないと考えていたのに、アメリカがそこまで態度を硬化させることはないだろう、石油禁輸まではしてこないだろう、という都合の良い読みをしてしまい、現実にどんどん裏切られていく。そういう一つ一つの過程をきちんと検証しないと、また日本は同じ過ちを繰り返すのでは、という思いがありました。今の政治も社会も、戦前と『地金』の部分では変わっていないのではないか、そう思えたからです」

日本はどこで誤り、戦争への道を進んだのか この国の意思決定能力の不全と「無責任の体系」を問う 劇団チョコレートケーキの新作『帰還不能点』

劇作家の古川健は、これまでも史実を基にした骨太な社会派エンターテインメントを送り出してきた

甘い見通しが外れてもなお「プランA」に固執し、専門的見地からの忠告を無視し、事実を目的に従属させ、追い詰められた果てに泥縄式に「プランB」に移っていく……。感染者は爆発的に増えないだろうという好都合な前提に基づくGoToキャンペーンや、遅きに失した年明けの緊急事態宣言は、まさに「変わっていない」の証左のようだった。大災害に人知をあざ笑われた後に「想定外」という語が飛び交ったのも、つい10年前のことだ。

妥協と全員一致の会議の果てに、誰の決断によるものかよく分からぬまま、非合理な判断が流通していく。「無責任の体系」(丸山眞男)などという便利な言葉を解剖刀のように振り回したくはないが、これは日本の意思決定場面で常にあらわれる、宿痾(しゅくあ)のような問題と言える。主体が見えず、不透明なプロセスで、物事が「いつのまにか」推移していく。誰にも、この事態を引き起こしたのが自分だという自覚がない(今回の政策決定については、責任者が菅義偉首相であることは明白だが)。

「だれが決定するのか、どこにその権限があるのかはっきりしないというのは、確かに近代日本の問題だったと思います。それでも、大正時代までは元老が意思決定機関として機能して、その不全性をカバーしてきた。戦後も、しばらくはアメリカの意思が生きていたと思います。でも欠陥を人為的に補っていた存在が消えてしまうと、途端に機能不全に陥って劣化していく。これは会社も含め、日本の様々な組織が抱え続けている問題でもあります」

自分に何ができたのか、問い続けることで責任を取るしかない

劇の終盤、それまで和気藹々(わきあいあい)と小芝居に興じていた元研究生たちの表情が一変するシーンは、印象的だ。死んだ同期生が、実は戦前の落とし前をつけるために自らを罰していたことがほのめかされ、それまで「俺たちに戦争は止めようがなかった」「仕方がなかった」と言っていた面々が、開戦を防ぐため自分たちにできたことが本当になかったのか、苦悩し始める。座の余興だったはずの再現劇の意味合いが、こうして大きく転換する。

「実際にはたぶん、あの研究生たちはほとんど何もできなかったと思います。何の決定権も持っていない人間たち、つまり当時の国民の多くと変わらなかったかもしれない。でも、特定の“戦争指導者”たちではなく、そういう、ほとんど権限もなかった彼らが葛藤する姿を描くことにこそ意味があると思っています。個々人の責任は、自分がどうあるべきだったか問い続けることでしか取りようがないし、今の時代を生きる私たちが自分になぞらえて教訓を得るにしても、そこにしか手がかりはない。遠い過去の話を敢えてこの時代に問う意味も、そこにあります。その意味では、戦争を描くにしても、単に日本が痛い目にあって大きな被害を受けました、という側面だけでは済まない。そう思っています」。古川はそう語る。

さきの大戦であまりに大きな代償を支払った日本人にとって、記念日ジャーナリズムが伝えてきた3月10日と以降の大都市空襲、6月の沖縄戦終結、二つの原爆忌、ソ連参戦、そして8月15日でクライマックスを迎える1945年のできごとは、集合的記憶(social memory)として刻み込まれてきた。一方で、7月7日(盧溝橋事件)、7月28日(南部仏印進駐)、9月18日(柳条湖事件)、12月8日(真珠湾攻撃)という日付は社会的記憶喪失(social amnesia)の地平に追いやられている。

「被害」の視点を超え、なぜこの戦争を始めたのか、なぜ止められなかったのか、その過程を検証し共有する作業は、まさに、今なお途上の日本の課題でもある。

日本はどこで誤り、戦争への道を進んだのか この国の意思決定能力の不全と「無責任の体系」を問う 劇団チョコレートケーキの新作『帰還不能点』

今の日本につながる課題だからこそ、戦争を描く

1978年生まれの古川は、井上ひさしら戦争を知る世代の劇作家の「遺産」の上に作品を紡いでいるという自覚を強く持っていると話す。一方で、新しい方法論での戦争の描き方が必要だとも感じているという。

「戦場に送られたり、空襲の中を逃げ回ったりした世代は、肌でじかに感じたことを作品化できた。でも、私たちの世代の作家は、同じアプローチは取れません。演じる側にも観客にとってもリアリティーを感じさせるには、やはり一歩離れて今につながるシステムの問題を描き、客席に向けて『一緒に考え、悩みましょう』という問題提起をしていくしかないんじゃないか。そう思います」

「日本の戦争については、書けば書くほど、もっと書かなければならない、という強迫観念に襲われます(笑)。調べれば調べるほど、今の日本でもほとんど変わっていない要素が見えてきます。たぶん一生、この問題を書き続けていくんだろうなと思っています」

次は、沖縄戦についての作品を構想中だ。

(舞台写真はいずれも池村隆司撮影/劇団チョコレートケーキ提供)

公演情報

劇団チョコレートケーキ『帰還不能点』

脚本:古川健
演出:日澤雄介
出演:浅井伸治/岡本篤/西尾友樹/青木柳葉魚/東谷英人/粟野史浩/今里真/緒方晋/村上誠基/黒沢あすか

●東京公演
 2月19日(金)~2月28日(日)
 会場:東京芸術劇場 シアターイースト

●兵庫公演
 3月13日(土)・14日(日)
 会場:AI・HALL

●映像配信
 2月23日(火)20:00~3月21日(日)20:00
 スタンダード版(客席から5台のカメラで撮影・編集)と、アクターカメラ版(俳優にボディカメラを装着して撮影)の2種を配信。詳細は劇団公式サイトで確認を。

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