クールな言葉が躍る時代の反動? Ado『うっせぇわ』の快進撃

音楽バラエティー番組『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)で披露するロジカルな歌詞解説が話題の作詞家いしわたり淳治。この連載ではいしわたりが、歌詞、本、テレビ番組、映画、広告コピーなどから気になるフレーズを毎月ピックアップし、論評していく。今月は次の5本。
1 “うっせぇわ”(Adoの楽曲/作詞:syudou)
2 “笑わなくないっすか? 人って”(ハナコ・菊田竜大)
3 “体のラインを拾わない服”
4 “負けたら一生カニクリームコロッケ禁止”(千鳥・大悟)
5 “地球を押す”(V6・岡田准一)
日々の雑感をつづった末尾のコラムも楽しんでほしい。
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私たち昭和世代にとって“あどちゃん”といえば、両手でお絵描きする水森亜土さんだったけれど、令和世代は間違いなくアルファベットでAdoさんである。昨年リリースされた彼女のメジャーデビュー曲『うっせぇわ』が快進撃を続けている。ドスの利いた声と歌唱、とがった言葉、ボカロネイティブ世代ならではのメロディーセンスが素晴らしい。
ここしばらくの間、日本の音楽にはシティーポップの波が押し寄せていた。大瀧詠一さんや山下達郎さんのサウンドをルーツに持つような、そのおしゃれで都会的な音楽の流行を、私はどこかなるほどSNS的だなあと思って聴いていた。SNSというものもまた、自分の暮らしの中のいちばんおしゃれな部分を切り取って並べていく行為だからである。SNSに慣れ親しんだ世代には、シティーポップは感覚的にしっくりくるものがあるのだろうなと思っていた。
それ以前の日本の音楽は、普段は人に言えないような感情やメッセージを歌にする、みたいな歌詞が多かったような気がするけれど、いわゆるシティーポップリバイバルを境に、それまでとは真逆のあまり熱いことを言わない方が格好いいみたいな風潮が漂っていた。しかしながら、歴史は繰り返すものなので、そろそろそういったおしゃれサウンドに対する揺り返しというか、反動みたいなものも生まれる頃合いでもあって、そこにこの「うっせぇわ」が出てきたように見えなくもない。
この曲を聴いていて、小島よしおさんがリズムに乗せてパンツ一丁で叫んだ「そんなの関係ねえ!」を、ふと思い出した。「うっせぇわ」という言葉とメロディーのキャッチーさは、私たちが日々暮らす中で感じるイライラとの親和性が高く、私自身も何か嫌なことがあった時、このメロディーを無意識に口ずさんでいたりする。
おそらく、流行語というものは、そんなふうにして誰かの暮らしの中で機能する言葉であることが重要な要素だろうと思う。長らくお笑い芸人のリズムネタからばかり流行語が生まれてきたけれど、いよいよミュージシャンの作った音楽から流行語が生まれる日も近いかなとうれしく思った。
1月19日放送のテレビ東京『あちこちオードリー〜春日の店あいてますよ?〜』でのこと。ゲストのハナコが自分たちの今後について話していた時、秋山さんと岡部さんは「コントをやっていきたい」「単独ライブを大きくしていきたい」と熱弁するのに対して、菊田さんは「お笑いは大変だからタレント業の方がいい」と消極的なことを言い、「どういうところが大変?」と聞かれると「……笑わなくないっすか? 人って」と言った。
たしかに、それは私も前から不思議に思っていた。1人でテレビを見ている時、人はいくら面白くても声を出して笑うことはあまりない。もちろん、笑うこともあるけれど、多くはないと思う。だが、不思議なもので、同じテレビ番組でもそれを誰かと一緒に見ている場合は、面白いと思ったらすぐに声に出して笑うものである。
思えば、友人や知人、あるいは初対面の誰かでもいい。身の回りの人と雑談している時の方が私たちはよく笑っている。テレビ画面の中で繰り広げられるお笑いのプロの話に比べたら、私たちの雑談なんて明らかに笑いのレベルは低いはずなのに、私たちは雑談の時の方がよく笑うのだ。
つまり、「笑うこと」と「面白いと感じること」は、似て非なるものなのだろうと思う。声や表情に出して笑うという行動は、どれだけ面白いと感じたかとはそこまで関係なくて、人間関係におけるコミュニケーションという側面の方が強いのではないだろうか。
ほとんどの笑顔や笑い声は、目の前で話している人や隣で一緒に話を聞いている人に向けて、その場を盛り上げたい、楽しい気持ちを共有したい、こちらの好意を伝えたいなどの様々な理由で、私たちが無意識でわざわざやっていることなのだと思う。“無意識でわざわざ”なんて、自分でも書いていてよくわからなくなってくるけれど、つまりそういうことなのではないかと思う。「笑う」について妙に考えさせられる一言だなと思った。
この連載が書籍化されたのに合わせて、この1カ月間、プロモーションで雑誌やWEBやラジオなど、いくつかのメディアにゲストで出演させて頂いた。
先日、J-WAVEの番組に出た際に、MCのクリス智子さんに突然、「最近はどんな言葉が気になりました?」と聞かれ、「体のラインを拾わない服」と口から出た。
その直前に普段は滅多に見ることのない女性ファッション誌を偶然読んでいて、そこにあった「体のラインを拾わない」という表現が気になっていたところだった。あとで妻に聞くと、女性誌では数年前から普通に使われている表現なのだそうで、当たり前すぎて気にしたこともなかった、と言われた。
本来なら「体のラインが出る・出ない」と表現すればいいところを、あえて「服が拾う・拾わない」と表現するのが面白いなと思う。まるで「体のラインというのは、私の意思とは関係なく、服が勝手に拾うものであって、着ている私は悪くないんです!」と言わんばかりで、複雑な心理が垣間見える表現だなと思った。
初めて目にした表現なのに誰もがすぐに意味がわかる。こんなふうにして、言葉の新しい使い方は生まれ、言葉は生き物のようにどんどん変化していくのだろう。
2月7日放送の日本テレビ『千鳥vsかまいたち』でのこと。「消えてしまった昭和のおもちゃの魅力を令和の子どもたちに伝えよう!」のテーマのもと、千鳥とかまいたちが昭和の名作おもちゃ「ブタミントン」で対決することになった。
ブタミントンはバドミントンを模したおもちゃで、押すとブーブー鳴るブタの形をした小さな空気ポンプで風を送り、羽状のボールを空中に浮かせて、相手のコートに押し合うゲームである。「こういうのは、やるからには真剣にやらないと面白くない」という話になり、負けたら一生禁煙、一生ウイスキー禁止、一生麻婆豆腐禁止、一生カニグラタン禁止などの案が上がる中、最終的には「一生カニクリームコロッケ禁止」というルールに落ち着いた。
この「一生〇〇禁止」というルール決めはとても良いなと思った。実際にこれから先、本当にそのルールを死ぬまで守るかどうかはどうでもよくて、その場のゲームを盛り上げるものすごく良いスパイスになる。私もこれから先、誰かとちょっとしたゲームをする時は「一生〇〇禁止」を賭けて戦おうと思う。
たぶん、なきゃなくても困らないっちゃあ困らない、年に2〜3回口にするくらいのものがちょうど良いのだろう。なんだろう。「一生肉まん禁止」「一生太巻き禁止」「一生カクテル禁止」あたりかしら。
2月2日放送の日本テレビ『ウチのガヤがすみません!』でのこと。ジークンドー、カリ(フィリピンの武術)、USA修斗といった数々の格闘技に精通し、先生の資格を持っているというV6の岡田准一さんいわく、腕立て伏せは体を上げるのでなく、「自分の体を下げたら、地球を押す」のが正しいのだそう。
なるほど。これまで「腕立て伏せ」はしたことはあっても、まだ「地球押し」はしたことはなかった。
実際にやってみると、大は小を兼ねるとはよく言ったもので、なんだか自分の体が少し軽く感じるような気がしないでもない。これからは腕立て伏せはやめて、地球を押すことにしようと思う。
<Mini Column>
カッコいい鈍器
いま放送中の仮面ライダーは『仮面ライダーセイバー』という、“聖なる刃”で戦うライダーである。4歳の下の息子は、去年サンタクロースにもらった変身ベルトを腰に巻いては、毎日ライダーごっこに夢中である。ワンダーライドブックという本の形をした変身グッズをベルトにはめて、ベルトに刺さっている剣を抜くと、ベルトから「抜刀!」という格好いいダンディーな音声と勇ましいメロディーが流れる仕組みになっている。当然、息子は抜いたその刀をそのまま振り回して、そのあと「えい、えい」と敵役の私と戦うのだけれど、ある時、ふと気がついた。この子は剣をよくわかっていないのだ、と。
というのも、もちろんテレビの中の仮面ライダーもこの剣を振り回して戦ってはいるのだけれど、どの敵も体がすごく硬く出来ているようで、どんなに激しく剣が当たっても、そこからバチバチッと火花が飛び散るだけで、体が真っ二つに切れるみたいなことはない。つまり、息子にとってこの剣は、大げさなカッコいい鈍器くらいの認識なのである。なので、仮面ライダーごっこの最中に私が「うわぁっ、腕が切られた〜」などと言おうものなら、「ちーがーうー! けんはきれないよー!」とこちらの間違いを叱責(しっせき)して怒り出すのである。
まさか自分の子供に「剣ってのはね、本当は切れるんだよ」なんて説明する日が来るとは思わなかった。もしかしたらいま、私の息子だけじゃなく日本中に剣は鈍器だと思っている子供が多くいるのではないかしらと、ふと思ったある日曜の朝のこと。
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