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国境なき衣食住
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イスラエルの夢のラーメン 全国紙A新聞社の特派員にまんまとだまされた私

だまされた後に戻ったガザ地区にて。写真はすべて©MSF

国境なき衣食住」は、国際NGO「国境なき医師団」の看護師として世界17カ所の紛争地や危険地に赴任してきた白川優子さんが、医療・人道支援活動の傍(かたわ)らで出会った人々、触れ合った動植物、味わった苦労や喜びについて、哀感を込めてつづるエッセイ連載です。

禁断症状は重症レベル

私のラーメン好きは、ちょっとした有名な話である。

親には「またラーメン食べてるの?」といつもあきれられ、デートではラーメンをリクエストして雰囲気をブチ壊したこともある。病院で夜勤をバリバリにしていた20代の頃は、夜勤入りにラーメンを食べ、夜勤明けでラーメンを食べるということも珍しくなかった。

私は普段、和食を中心とした質素な食事が多い。大食いの類いとはほど遠く、間食はほぼしない。これだけ聞くと健康的ではあるが、高カロリー・高脂肪という、食べ過ぎると成人病にも直結しそうなラーメンに限って、説明のつかない欲求が湧き上がる。朝からでも食べられるし、食後の別腹には甘い物、ではなくラーメンが歓迎だ。

国境なき医師団(MSF)の派遣先では生活全般に対して贅沢(ぜいたく)を望めない。現地で人道援助を続けているのは「最低限の生活さえできればそれで充分」という考えを持てるスタッフたちだ。食事に関しては、現地の料理人によって出される、現地でとれたものをいただけることに感謝の気持ちを持ちながら、日々の生活を送っている。

イスラエルの夢のラーメン 全国紙A新聞社の特派員にまんまとだまされた私
パレスチナのガザでの活動中、現地の料理人が作ってくれた食事を楽しむ

それでも、だ。私たちも人間である。自国の生活を恋しく思うことは多々あり、例えば美容院に行きたいとか、彼氏彼女に会いたいとか、温泉に入りたい、ショッピングを楽しみたい、などの煩悩(ぼんのう)がそれはそれは多岐にわたって湧(わ)いてくる。

私は、というと、世界各地どこに派遣されようとも、たいていの生活環境や食事に順応する自信はある。ただ、ラーメンがないのがやはりきつい。それは例えば「たまには白いご飯が食べたいなぁ」とか「お味噌(みそ)汁があったらいいのになぁ」などというものではなく、「ラーメンがなくてはもういられない」という重症レベルだ。

人生で最も辛い体験を経て、様々な対策を打つ

MSFの一員として初めて派遣されたスリランカでは、現地で採れた新鮮な魚介やたくさんのスパイスが入ったカレーの虜(とりこ)になり、あの味は今でも忘れ得ぬものであるが、それでも派遣されていた8カ月の間、ラーメンが一度も食べられなかったことは人生の中でも非常に辛(つら)い体験となった。

私の中のラーメン問題はMSFの派遣に限ったことではない。MSFで活動を始める前、オーストラリアで生活をしていた際にも直面した。現地の日本食レストランのメニューには大体ラーメンがあったが、一口目に口に運ぶスープが、抱えていた夢と希望を瞬時に崩壊させた。その後、私が住んでいたオーストラリアの街では「ラーメン専門店」が流行(はや)り始め、新しく開店する度に期待とともに飛びついていたが、ポジティブに言っても「ラーメン屋が全くないよりはまし」というレベルの(私の勝手なる)評価だった。オーストラリア人の間ではたいそう流行っていたので、彼ら彼女らの舌に合わせていたのかも知れない。日本で人気のイタリアンレストランの料理にイタリア人が首をかしげるようなものだろうか。

しかしスリランカでの初回派遣を終えてから思えば、オーストラリアでは「もどき」とはいえ、ラーメンを食べられていたのは幸せだったのかも知れない。

私にとってMSFの派遣生活においての試練はラーメンがないことだと分かったスリランカの初回派遣以降、色々な角度で対策に向き合った。せめてカップラーメンだけでも現地で食べられるようスーツケースの隙間にねじ込んだり、また現地に到着してからいきなりラーメン断ちをするよりはと、出発の2週間前あたりからラーメンを徐々に私の生活から切り離していく作戦を決行したりした。

イスラエルの夢のラーメン 全国紙A新聞社の特派員にまんまとだまされた私
地元の埼玉・東松山でいつも食べている味噌ラーメン

ラーメンマニアの特派員からもたらされた「夢」のような話

2015年12月、パレスチナ・ガザ地区への派遣が決まった。すでに6回目の派遣となっていた。この頃には、世界のどこを回っても日本で味わえるような「本物のラーメン」には国外ではめぐり合えることはないという結論に達していた。派遣先までの経由で滞在する各地にもラーメンは存在していたが、オーストラリアでの体験と似たり寄ったりで、期待しては夢破れることの繰り返しだった。

ガザへの出発直前、友人からある人物を紹介された。

「彼に連絡するといいよ。イスラエルを案内してくれるよ」

封鎖されているパレスチナのガザ地区に入るには、まずはその封鎖を実行しているイスラエルに入らなくてはならない。そしてそのイスラエルのエルサレムに滞在する、某A新聞のエルサレム支局長Qさんにつないでもらった。知らない土地に行く際に、このように現地滞在者とつなげてくれるのは大変ありがたい。

さらにその友人はこうも話した。「そうそう、彼も相当のラーメン好きだから、白川さんと気が合うと思うよ」

イスラエルの夢のラーメン 全国紙A新聞社の特派員にまんまとだまされた私
派遣中に訪れたエルサレムにて

そんなQさんとの初対面は、ガザ地区内で実現した。取材のためにエルサレムからやってきたQさんが時間を割き、MSFのオフィスを訪ねて来てくれた。肩書である「支局長」から想像するよりはずっと若く、実直で真面目を絵に描いたような人だった。MSFオフィスのテラス席で、お茶を飲みながら初対面のあいさつや共通の知人の話などを交わすなか、Qさんが、夢のような話を持ちだしてきた。

「白川さん、テルアビブにおいしいラーメン屋さんがあるんですよ。今度休暇でイスラエルに出て来られた際に案内しますよ」

普段であれば飛びつく話であろう。ただ、すでにその頃には日本国外のラーメンを一切信じていなかった私は、Qさんにそのことを素直に伝え、その話を軽く流した。

「そう思うでしょう。分かりますよ、僕だって自他ともに認めるラーメンマニアですからね。ところがテルアビブのラーメンに限っては本物なんですよ」

本物のラーメン。私にとっての本物のラーメンとは夢であり、幸せである。そんな「夢」へと導いてくれるラーメンが本当にテルアビブに存在するというのか。

私は、Qさんが過去に書いた、国際報道部からの発信としては珍しいラーメンに関する記事を拝読しながら、「今度は期待して良いかもしれない」と思い始めていた。

イスラエルの夢のラーメン 全国紙A新聞社の特派員にまんまとだまされた私
テルアビブの「本物ラーメン」を夢見て頑張っているころ

今度こそ「本物のラーメン」を食べられる……

ガザ地区の滞在も数カ月が過ぎ、私の体内ラーメン切れ症状が深刻になってきた頃に夢の日を迎えることとなった。1週間の休暇をもらい、本物のラーメンを食すためQさんといざテルアビブに向かった。

Qさんと待ち合わせたエルサレムからテルアビブまでは1時間弱である。通常のタクシーではなく、大勢をいっぺんに運ぶ乗り合いの小型バスを利用した方が圧倒的に安いため、そちらを利用することにした。ただし、この乗り合いバスは最低人数がそろわないと一向に出発には至らない。出発が10分後なのか1時間後なのかも予想がつかないなか、空腹と戦う我慢大会が待機バスの中で続いた。

ようやくテルアビブの夢のレストランに到着した時には外がだいぶ暗くなり、その分Qさんに連れられたレストランの明かりが外側から見てとても奇麗に映えていた。

私の記憶のままに書くと、その日本食レストランはとても広く、慎ましい「和」というよりは賑(にぎ)やかなお祭りの雰囲気で、子供連れで団欒(だんらん)する家族や陽気にお酒を楽しむグループなどでいっぱいだった。

ここが本当に夢の場所なのか。まさか海外で、しかもMSFの派遣中に本物のラーメンが食べられるなんて、「夢」以外のたとえが見つからない。

テーブル席に通され、メニューを手に取る。たくさんの日本食のメニューのなかに、本当にラーメンがあった。オーストラリアでもそうであったが、日本食のメニューがローマ字だとやや萎(な)える。「ラーメン」という文字が目に飛び込んだ瞬間、通常は私の脳内で幸せ系の何かが分泌されワクワクするものだが「Ramen」だと、その分泌に直結しない。ただ、Qさんによる「ここの店主は日本でラーメンの味を研究してきたと聞いている」などというレクチャーをとにかく信じ、気持ちがはやった。

Qさんがいくつかおつまみを注文したのは覚えている。その中に揚げ出し豆腐があったことは記憶しているが、他のものはいったい何だっただろうか。このレストランの記憶においては、このあと登場するラーメンのみが殆どを占めていて、その前に食べたその他のおつまみが何だったか良く思い出せない。刺身だったような気もするし、餃子を食べたような気もする。おつまみを食べながら、早くラーメンを頼みたいな、などと思ってはいた。

ラーメンを食べる時、まず一口目に運ぶスープが私を夢の世界へと瞬間移動させる。スープに詰まった、たくさんの出汁(だし)が口内に広がり、その深い旨味は舌から脳へと伝導する。そのスープが、さらに喉からその奥へと流し込まれる瞬間には自然に目を閉じていて、食道、胃へと行きわたる感触を堪能する。

個人的にはコッテリ味噌味の太麺ラーメンが一番好きではあるが、ラーメンであれば種類にこだわりは持たない。その日の気分で醬油(しょうゆ)の細麺や、塩ラーメンを選ぶこともある。担々麺を渇望するときもあれば、ちょっと変わったトマトラーメンなどにも手を出す。嗚呼、ラーメンの話をすると止まらないが、この時、イスラエルのテルアビブのレストランで私の目の前に現れたのは、味噌の次に大好きな豚骨ラーメンだった。

「あれ?」なんかヘンだぞ

さぁ、その時がきた。レンゲを手に取る。ホリデーとはいえ、派遣中にこんな贅沢があって良いものだろうか。一口目のスープをいざ口へ運ぶ。

「ん?」

夢への入り口が……開かない。舌が、脳が、反応しない。

味が薄い……よね? 深みもない……?

スープで夢への入り口が開かなければ、麺はどうだ、と箸でつかむ。

「ん? この感覚もしかして……」

箸を口に運び、疑いが確信に変わる。

これはラーメンではない!

ソーメンだ!

だ、だまされた……。

数枚のチャーシューとともにラーメンどんぶりによそわれた、見た目が豚骨ラーメンの中身は、めんつゆのようなスープと、舌で嚙み切れるほどにふにゃふにゃに茹でられた黄色いソーメンだった。

これではオーストラリアで食べていたラーメンの方がまだ本物に近いではないか。

「まぁ、中東で食べるにしてはいいよね」というQさんには、「いや、違うんだって」と突っ込みどころが満載だったが、これもQさんのジョークだったのだ、と受け止めた。

2016年2月、テルアビブの夜。私の夢は見事に砕け散った。

でもQさん、せめて夢を持たせてくれてありがとう。ラーメンが食べられるということを励みにこの日まで頑張ってこられた。このあとはまたガザ地区に戻るけど、次にガザを出るのは帰国をするときなので、今度こそ本物のラーメンにありつける。いつもであれば真っ先に味噌ラーメンに手をつけるところではあるが、こうなったら帰国時の豚骨リベンジは決定だ。

こうして、海外でのラーメンは私にとって再び幻となった。

イスラエルの夢のラーメン 全国紙A新聞社の特派員にまんまとだまされた私
帰国後すぐにラーメン屋に駆け込み、リベンジ豚骨を食べた

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