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「お台場」は幕末の砲台が由来! 品川台場

日本の城を知り尽くした城郭ライター萩原さちこさんが、各地の城をめぐり、見どころや最新情報、ときにはグルメ情報もお伝えする連載「城旅へようこそ」。今回は東京湾の埋め立て地・お台場。都内有数のレジャースポットですが、その源流は、江戸時代に築かれた砲台にあるのです。
(トップ写真は品川台場。第三台場は台場公園になっている)

【動画】品川台場を訪ねて

レジャースポット「お台場」 由来は砲台

東京湾に浮かぶ人工島・お台場。その名の由来が城にあることをご存知だろうか。「台場」とは砲台を伴う防御施設のこと。軍事的な側面を持つことから城の一種とされ、日本城郭協会が選定した「続日本100名城」にも含まれている。アミューズメント施設でにぎわうお台場には、幕末に築かれた「品川台場」があったのだ。

1853(嘉永6)年にアメリカのペリー艦隊が来航すると、海防強化のため全国各地の沿岸部に約800~1000カ所の台場が設置された。こうした中、徳川幕府が江戸湾を警備すべく品川沖の海上に築造したのが品川台場だった。

2月から放送が開始された大河ドラマ「青天を衝(つ)け」で、危機感を覚えた江戸幕府の老中首座・阿部正弘が、絵図面を広げ急ぎ建設を進めていたのが品川台場だ。その後、再来したペリーが建設された品川台場に圧倒されるシーンも印象的だった。

計画では11カ所、完成は6カ所

品川台場は当初、品川から深川洲崎沖にかけて11カ所の設置が計画された。「品川台場計画図」を見ると、五角形ないし六角形の台場を海上にジグザグに配し、あらゆる方角からの攻撃に備えようとしていたようだ。

しかし計画は頓挫(とんざ)し、結果的には6カ所しか完成しなかった。当時の情勢を考えると、財政難が大きな理由だろう。天保の飢饉(1833~36)の後に天保の改革が行われたものの財政再建には至らず、1844(天保15)年の江戸城本丸炎上や1852(嘉永5)年の江戸城西の丸火災後の、御殿再建の動きも緩慢だ。幕府の財政はかなり逼迫(ひっぱく)していたと思われる。

第一・二・三台場は1854年7月に、第五・六台場と追加で建設された御殿山下台場は同年12月にそれぞれ完成。第四・七台場は工事が中断され、第八・九・十・十一台場は未着手のまま計画が中止された。

「お台場」は幕末の砲台が由来! 品川台場

御殿山下台場跡。唯一、陸続きの台場だった

広重の絵にも描かれた幕末の景観

浮世絵師の歌川広重が1856〜58(安政3〜5)年にかけて描いた「名所江戸百景」の「芝うらの風景」を見ると、三つの品川台場が江戸湾に浮かぶ小島のように描かれている。実際にこのように見えたかどうかはわからないが、幕末には江戸湾沿岸の風景に欠かせない存在感を放っていたようだ。

「お台場」は幕末の砲台が由来! 品川台場

手前が第六台場、左端が第三台場

現在残る台場は二つ 

現在は、第三台場と第六台場が残っている。第三台場は台場公園として整備され、無料で自由に散策が可能だ(現在は東京オリンピック関連施設工事のため閉鎖中)。

「お台場」は幕末の砲台が由来! 品川台場

第三台場。北側の一辺のみ短い五角形をしている

品川台場の設計者は、勘定吟味役格海防掛の江川太郎左衛門英龍(ひでたつ)だ。「青天を衝け」にも登場している砲術家の高島秋帆(しゅうはん)に入門して洋式砲術を修得した人物で、海防の第一人者だった。

設計図を見ると、第三台場の総面積は8526坪あまり。五角形だが、背後となる北側の波止場や「柵門入口」がある辺は短く、見た目は約143メートル×約167メートルの四角形に近い。中央のスペースには一文字の堤防のような土塁を置き、休息所と呼ばれる建物を配置。正面となる南側には2カ所に火薬庫が置かれ、それぞれ脇に土塁がある。中央のスペースは海面から5〜7メートルの土塁で囲まれ、出入り口を除く4面に砲台が置かれた。番所、井戸、トイレなどもあったようだ。

第一・第二・第五台場は六角形だったようだが、基本構造は第三台場と同じだ。完成した台場は、幕府の命令により各藩が警備。第一台場は川越藩、第二台場は会津藩、第三台場は忍(おし)藩、第五台場は庄内藩、第六台場は松代藩、御殿山下砲台場は鳥取藩が担当した。

「お台場」は幕末の砲台が由来! 品川台場

第三台場。火薬庫跡が残り、砲台のレプリカなどが置かれている


「お台場」は幕末の砲台が由来! 品川台場

第三台場の波止場

品川台場の特徴は、土塁を囲む石垣だ。整然と積み上げる積み方に、江戸時代初期の城の石垣に見られる不規則な積み方も混在。谷積(たにづみ)と呼ばれる、幕末〜明治時代に多い積み方の石垣も多く見られる。地盤が軟弱な品川台場の石垣構築は、石垣を支える基礎工事からかなりの技術を要している。最先端の技術を結集した、日本の技術水準を示す土木遺産ともいえよう。

また、同じく幕末に築かれた五稜郭(北海道函館市)にも見られる「はね出し石垣」も見逃せない。敵がよじ登れないように石垣の最上段を庇(ひさし)のようにせり出させた石垣だ。

「お台場」は幕末の砲台が由来! 品川台場

第三台場のはね出し石垣


「お台場」は幕末の砲台が由来! 品川台場

はね出し石垣。最上段をせり出してある

第六台場は海上保全され立ち入り禁止だが、レインボーブリッジの遊歩道(レインボープロムナード)から見下ろすことができる。総面積は5432坪あまりで、いびつな六角形。現在は木々が生い茂り内部の様子はわからないが、江川太郎左衛門英龍の設計図によれば、やはり基本構造は第三台場と同じだ。土塁で囲まれ、各面に砲台を設置。土塁内側のスペースには火薬庫やトイレがあり、中央に休息所が置かれている。

レインボープロムナードは、芝浦と台場を結ぶ約1.7キロの遊歩道(無料)で、片道20〜30分で歩くことが可能だ。これからの季節、感染対策に留意しつつ、散歩がてら歩いて見てはいかがだろうか。ただし、開場時間や休館日があるほか、強風などの天候により封鎖されることもあるため、事前に確認を。

「お台場」は幕末の砲台が由来! 品川台場

レインボープロムナードから見下ろす第六台場


「お台場」は幕末の砲台が由来! 品川台場

第六台場の波止場。ここにも、はね出し石垣が

(この項おわり。次回は3月22日に掲載予定です)

#交通・問い合わせ・参考サイト

■品川台場
https://www.tptc.co.jp/park/01_01/history(東京港埠頭株式会社)

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