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山城ビギナーにもおすすめ! 東京の名城・滝山城

日本の城を知り尽くした城郭ライター萩原さちこさんが、各地の城をめぐり、見どころや最新情報、ときにはグルメ情報もお伝えする連載「城旅へようこそ」。今回は東京都八王子市の滝山城です。三つの理由から、山城ビギナーにオススメの名城だといいます。その理由とは?
(トップ写真は滝山城の、二の丸南側の横堀や土橋)

【動画】滝山城を歩く

歩きやすいのに「山の要塞化」も実感できる

東京都内にも、全国屈指の戦国時代の山城がある。八王子エリアはその密集地だ。甲斐(山梨県)との国境にも近く、歴史的な舞台になった城も多い。

なかでも山城ビギナーにおすすめなのが、滝山城(東京都八王子市)だ。その理由は三つ。一つめは「標高がさほどない」、二つめは「公園として整備されていて歩きやすい」。そして三つめは、「山を要塞(ようさい)化した痕跡がよく残り、山城の醍醐味(だいごみ)が存分に味わえる」だ。

滝山城は、関東山地の東端にあたる奥多摩山地の東側、なだらかに東西にのびる加住(かすみ)丘陵に築かれている。加住丘陵は谷地(やじ)川を境にして南北に分かれ、滝山城はその北丘陵の突端付近にあり、標高約169メートルの地点に本丸を置く。丘陵の南麓(なんろく)には滝山街道が通り、鎌倉道と交差する。北側は多摩川に面し、急崖や侵食谷(しんしょくこく)を巧みに取り入れた城だ。

山城ビギナーにもおすすめ! 東京の名城・滝山城

中の丸からの眺望。北側は多摩川が迫っていた

こうした立地のため、登城口から城内に入るまでは少し坂を上るが、一度丘陵上に上がってしまえば、城内ではほとんど起伏を感じない。しかも都立滝山自然公園として整備されているため、歩きやすく、のんびりと散策できる。

山城に興味を持つといきなり壮大な城を目指してしまいがちだが、登るだけで精一杯になってしまうと、城の工夫や構造に目を向ける余裕がなく、想像力を広げることもままならない。慣れないうちは、規模が小さく、とにかく歩きやすい山城を訪れるのがおすすめだ。

山城ビギナーにもおすすめ! 東京の名城・滝山城

滝山自然公園として整備され、歩きやすい

全国的にみても秀逸な縄張

三つの理由のうち、「山を要塞化した痕跡がよく残り、山城の醍醐味が存分に味わえる」が、滝山城が名城たる理由だ。

公園化されているため多少の破壊はあるが、広大な城全体の骨組みはたどれる。なにより、ダイナミックな堀や土塁、土橋などの防御施設はかなり良好かつ膨大に残っていて見ごたえがある。公園にこれほどの城の痕跡が残っているのは奇跡といってもいい。しかも、滝山城の縄張(設計)は全国的にみても秀逸で、縄張を読み解ける城ファンもうなるほどの技巧性を誇る。全容はつかめなくても、すごさは十分感じ取ることができるだろう。

山城ビギナーにもおすすめ! 東京の名城・滝山城

小宮曲輪(くるわ)を取り巻く横堀

技巧的であるのには、滝山城の歴史と役割が大きく影響する。滝山城は小田原城(神奈川県小田原市)を本拠とする北条氏の支城で、3代・北条氏康の三男で4代・北条氏政の実弟である氏照の城だった。

氏照は氏政とともに北条氏の勢力拡大に貢献した立役者として知られる。北条氏の領国体制強化のため関東管領上杉氏の重臣・大石氏の養子となり、家督を相続すると大石氏の領地だった西武蔵地域を支配して、北条氏の勢力を拡大。1567(永禄10)年までに滝山城へ入り、1584〜87(天正12〜15)年頃に八王子城へ移転するまで、滝山城を居城としたと思われる(時期については諸説あり)。1560(永禄3)年から幾度も関東へ攻め入った越後の上杉謙信に備えて、上野(こうずけ=群馬県)と小田原とを結ぶ街道上の拠点の一つとして滝山城を拠点としたようだ。

滝山城は1569(永禄12)年に武田信玄の攻撃を退けた歴史があるが、おそらく現在の姿に改修されたのはこれより少し後のことだ。1578~80(天正6~8)年の御館(おたて)の乱を機に関係が悪化した武田氏に備えて、1580〜82(天正8〜10)年頃に大改修したとみられる。

折れを伴う長大な横堀

山城ビギナーにもおすすめ! 東京の名城・滝山城

二の丸南側の横堀。二の丸は折れを伴い、高低差をつけている

城域は東西約900メートル×南北約1キロと広大で、見どころは語りつくせない。ポイントを二つ挙げるなら、「縦のライン=高低差」「横のライン=屈曲」を意識してみるといい。

滝山城は、長大な横堀を執拗(しつよう)なまでに這(は)わせて、城を囲い込んでいるのが大きな特徴だ。城内に高低差がないため、横堀をめぐらせることでその欠点をカバーしているのだ。高低差に着目すると、すさまじい土木工事量が感じられるだろう。

やみくもに高低差をつけるのではなく、「折れ」や「張り出し」を巧みに駆使することで道筋を複雑化し、敵を効率的に迎撃できる設計を実現したことが大きなポイントだ。大規模な横堀だからといって決しておおざっぱではなく、几帳面なほどに折れがつけられ、徹底的に横矢掛かり(側面からの攻撃)が意識されている。

山城ビギナーにもおすすめ! 東京の名城・滝山城

三の丸南側の横堀。三の丸は四隅に張り出しがあり、横堀も折れを伴う

枡形虎口と馬出で敵を集めて効率的に攻撃

そして、枡形虎口(ますがたこぐち)と馬出(うまだし)を多用していることが最大の特徴だ。これぞ、戦国屈指の築城技術が評価される、北条氏の城の真骨頂といえよう。武田氏や徳川氏の城で見られる丸馬出は虎口前面に立ちはだかる前衛基地のような印象を受けるが、北条氏の角馬出は虎口とセットで機能することをはじめから想定しているように感じられる。

虎口と馬出を絶妙に組み合わせることで、動線を複雑化して敵のスムーズな動きを阻止できるうえに、城兵は効率的な攻撃が可能になる。枡形虎口と馬出をずらすように配置することで、敵を集約して横矢を掛けるのがこの城の防御方法といえよう。縄張は、構造パターンとしてはシンプルで整然としているが、実に巧妙に仕上がっている。

山城ビギナーにもおすすめ! 東京の名城・滝山城

本丸東側の枡形虎口。本丸には二つの枡形虎口がある

もっともうならされるのは、二の丸周辺だ。三つの尾根が収束する地点にあり、緻密(ちみつ)な設計が集約された防御の要といえる。三方向の尾根伝いにある曲輪のほか、城を取り囲む長大な横堀とも連動していて、いずれの方向から侵入されても必ず二の丸南側の細長い曲輪に集結させる構造になっている。通路と横堀のハブターミナルのような存在だ。

二の丸は中の丸と連動しつつ、東・西・南面の三方向に三つの虎口が配置されている。南・東面の虎口は城外に通じるため、大馬出や東馬出が前面に置かれるなど防御がことさら厳重だ。とくに、本来の大手道から通じると思われる東側の虎口には、巨大な枡形虎口と巨大な馬出が設けられている。このエリアは、馬出を階層的に設置した、全国的にも類を見ない秀逸な縄張。馬出は単体でも機能するが、こうして連携することで援護射撃が可能になり、何倍も威力が増すことを痛感させられる。 

山城ビギナーにもおすすめ! 東京の名城・滝山城

土橋の先、右は馬出を経て二の丸南側の細長い曲輪、左は土橋を経て二の丸の虎口に至る


山城ビギナーにもおすすめ! 東京の名城・滝山城

左のスペースが、二の丸南側の細長い曲輪

滝山城の代表的な撮影スポットは、中の丸と本丸の間にある、橋がかかる堀切だ。注目してほしいのは橋ではなく、橋下の通路が堀切の堀底だということだ。つまりこれほど大規模な堀切や横堀が、縦横無尽に城内に張りめぐらされているのだ。その規模だけでも、現地で体感してみてほしい。

山城ビギナーにもおすすめ! 東京の名城・滝山城

中の丸と本丸を分断する堀切。かつては引橋(ひきばし)がかかっていた

(この項おわり。次回は3月29日に掲載予定です)

#交通・問い合わせ・参考サイト

■滝山城

https://www.city.hachioji.tokyo.jp/kankobunka/002/005/p003412.html(八王子市)

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