&Travel

城旅へようこそ
連載をフォローする

山を要塞化! 東京を代表する山城・浄福寺城

日本の城を知り尽くした城郭ライター萩原さちこさんが、各地の城をめぐり、見どころや最新情報、ときにはグルメ情報もお伝えする連載「城旅へようこそ」。今回は東京都八王子市の浄福寺城です。山を要塞(ようさい)化した、東京を代表する見ごたえある城の一つですが、その来歴は謎に包まれているのです。
(トップ写真は尾根上に築かれた、浄福寺城内最大の二重堀切)

【動画】浄福寺城を歩く

来歴がはっきりしない、謎めいた城

東京を代表する山城の中で、全国の城ファンをうならせる見ごたえある城が浄福寺城だ。関東山地の末端が八王子盆地につながる、標高約356メートルの丘陵尾根の東端にある。麓(ふもと)には甲斐(山梨県)との国境に通じる陣馬街道(案下街道)が通る、交通の要衝だ。南麓に浄福寺があることから浄福寺城と呼ばれる。

誰が築き、城主を務め、いつどのような目的で改修されたのか、いまひとつはっきりしない謎めいた城だ。その釈然としないところが、浄福寺城の魅力でもある。要衝にある重要な城であるからこそ、支配者や時期が変わっても重視され、変化したのだろう。

浄福寺をはじめこの近辺の寺院の多くは大石氏が建立したとされ、浄福寺城も大石氏の城とみて間違いない。「武蔵名勝図会」では、関東管領上杉氏の武蔵守護代であった大石憲重の居城とされている。

<山城ビギナーにもおすすめ! 東京の名城・滝山城>で触れたように、大石氏は16世紀前半になると北条氏に接近し、北条氏照を養子に迎えて家督を譲っている。「八王子市史」は浄福寺城について、大石定久が高月城の出城として築き、氏照に家督を譲って隠居した後に住んだとしている。一方で、築いたのは氏照で、武田信玄の侵攻に備えるためという説もあれば、氏照の滝山城入りする前の居城だったという説もある。浄福寺城は、氏照が滝山城から移った八王子城の背後にあることから、八王子城を守る出城とも考えられている。

山を要塞化! 東京を代表する山城・浄福寺城

山頂付近から東側の眺望

居住空間としてではなく、実戦での防御性を追求

現況から間違いなく言えるのは、浄福寺城の最終段階は、実戦を想定して軍事的緊張下で築かれたということだ。居住空間への配慮は感じられず、防御性を追求した縄張(設計)といえる。

山を要塞化! 東京を代表する山城・浄福寺城

尾根上の二重堀切

城は大きく5区域に分類され、山頂の主郭を中心として四方の尾根(北東尾根・東南尾根・南尾根・南西尾根)に城域を広げている。北西尾根にも、曲輪(くるわ)は展開しないものの城域の端を示す堀切が設けられている。

尾根を堀切で分断し曲輪を階段状に配置

曲輪のある尾根は、尾根を堀切で仕切りながら曲輪を階段状に展開しているのが特徴だ。とはいえ、曲輪はいずれも小規模だ。生活や駐屯のための広いスペースを確保することよりも、尾根を細かく分断することで敵の侵入を阻止することに主眼がおかれているようだ。

滝山城のような枡形虎口(ますがたこぐち)や馬出(うまだし)は見られず、敵の侵入経路を効率的に攻撃するという発想は感じられない。とにかく尾根を遮断したいという意図が感じ取れる。滝山城が横堀を多用しているのに対し、標高のある浄福寺城は堀切を多用している。

山を要塞化! 東京を代表する山城・浄福寺城

主郭

山を要塞化! 東京を代表する山城・浄福寺城

四方の尾根上に曲輪が展開する

城はかなり広大だ。山麓の浄福寺から主郭に通じる尾根が南西尾根で、南尾根は主郭東側から70メートルほどの、大きな堀切の手前から派生している。そのまま堀切を越えて尾根伝いに進むと、東南尾根へと派生する曲輪に至り、二重の堀切を越えて尾根伝いに北側に進むと、北東尾根へと至る。

山を要塞化! 東京を代表する山城・浄福寺城

城内最大の二重堀切

圧巻の連続堀切や竪堀群が見どころ

南尾根は、大きな二重堀切が圧巻だ。南西尾根より曲輪が大きく平坦(へいたん)で、整然と並べられている印象を受ける。南端には巨大な竪堀が山麓方向にのびている。

もっとも技巧性に富むのは、北東尾根の曲輪群だ。最高所にベースキャンプのような小さな曲輪を置き、東側は崖のように斜面を削り込み、横堀を配置。その東側の尾根上にも曲輪を設け、斜面は竪堀で強化している。ほかの曲輪群と異なるのは土塁が散見されることで、最高所の北側も土塁と堀切で遮断線を構築している。

横堀の東側には、3本の竪堀が設けられている。現況では、斜面に設けられた畝状(うねじょう)竪堀というより、横移動を防ぐ連続した阻塞(そそく)のように見える。本来の城域はさらに広がっているような印象も受ける。

山を要塞化! 東京を代表する山城・浄福寺城

北東尾根の曲輪群

山を要塞化! 東京を代表する山城・浄福寺城

斜面に設けられた、連続阻塞

しいて言えば、東南尾根の曲輪群には虎口や曲輪の配置に技巧性がやや感じられる。一度ピークを降りてさらに登ると城内最大規模の曲輪があり、横堀を伴う大きな虎口が置かれ、かなり高低差がつけられている。城外側から見れば大手口(正面玄関)のような威容が感じられる。居館は東麓にあったと想定されており、その可能性もありそうだ。東南尾根が山頂の尾根に到達する地点は城内でも重要地点と思われ、この方面からの進入路が収束する地点になっている。曲輪北側の堀切は城内最大規模であるし、この地点を境に、東西で城の雰囲気が変わる気がしなくもない。

山を要塞化! 東京を代表する山城・浄福寺城

東南尾根の曲輪

山を要塞化! 東京を代表する山城・浄福寺城

東南尾根曲輪下の土橋と虎口

注目したいのは、防御の主眼が東側に置かれていることだ。北東尾根や東南尾根に延々と構築された縄張を見ても、明らかに東側からの侵入阻止を意識している。東側を意識しているとなれば、少なくとも最終段階では武田氏への備えとは考えにくい。八王子城との位置関係を考えると、1590(天正18)年の豊臣秀吉の侵攻に備えて出城として強化・拡張されたという説も非現実的ではなさそうだ。

(この項おわり。次回は4月5日に掲載予定です)

#交通・問い合わせ・参考サイト

■浄福寺城
https://jyofukuji-hachioji.com/joshi/(浄福寺)

REACTION

LIKE
COMMENT
0
連載をフォローする

SHARE

  • LINEでシェア

FOR YOU あなたにおすすめの記事

RECOMMEND おすすめの記事

&MEMBER限定の機能です

&MEMBERにご登録(無料)いただくと、気に入った記事に共感を示したり、コメントを書いたり、ブックマークしたりできます。こうしたアクションをする度にポイント「&MILE」がたまり、限定イベントやプレゼントの当選確率が上がります。

&MEMBERログイン

ID(メールアドレス)
パスワード

パスワードを忘れた方はこちら

&MEMBER登録はこちら

&MILEの加算アクション

  • &MEMBER新規登録:100マイル

    *今後、以下のアクションも追加していきます

  • 朝日新聞デジタル有料会員の継続:100マイル
  • ログインしてサイト訪問:10マイル
  • 記事に「LIKE」を押す:10マイル
  • コメントの投稿:30マイル
  • 自分のコメントに「LIKE」がつく:10マイル
  • アンケート回答:30マイル
  • 「朝日新聞SHOP」での購入:50マイル
  • イベント申し込み:50マイル

&MILEの獲得数に応じてステージがあがり、ステージがあがるごとに
&MEMBER限定のイベントやプレゼントの当選確率が上がります。詳細はこちら