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30歳からのコンパス
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原田マハさん「自分という花畑に、種をまく」

撮影/藤井 保

女性にとって30歳は、結婚、出産、キャリアなど、生き方を意識するようになる節目です。女性の選択肢が広がるいま、様々な分野で活躍されている方々が、どのような30代を過ごし、その後はどのような選択をしたのか、3月8日の国際女性デーに合わせて小説家でキュレーターの原田マハさん(58)にお話を聞きました。


がむしゃらだった。
今年59歳を迎える小説家の原田マハさんは、自身の30代をそう回想する。
もっとも、一番がむしゃらだったのは40代のときで、「20代から30代、いわゆるアラサーの時期は、その前哨戦みたいな感じ。次の10年に備えるため、ブルドーザーになってザーッと開拓を始めるみたいなところがありましたね」

22歳で関西学院大学の日本文学科を卒業後(ちなみに学生時代は絵に描いたような貧乏生活だった)、バイトをしながらグラフィックデザインの専門学校に通い、東京の広告プロダクションに就職した。

24歳のとき、原宿で開館準備中だった馬里邑美術館(現在は閉館)を通りすがりに見つけ、なんと飛び込みで「雇って欲しい」と直談判し、転職。その2年後、美術館を退職し、アートマネジメント学校のディレクターを務めていたが、たまたま視察にきた伊藤忠商事の担当者に働きかけ、またもや飛び込みでプレゼンを決行し転職した。伊藤忠商事では、美術館のコンサルティング、展覧会の企画などを手がけることに。

30歳のとき、「キュレーターになりたい」と一念発起し、早稲田大学第二文学部の美術史科を受験し、40倍の倍率をくぐり抜け合格した。その頃、当時の顧客だった森ビルの森稔社長からの誘いがあり、六本木に建設予定だった森美術館の設立準備室へと転職した。

人生のモットーは度胸と直感。勢いよく、果敢に、ブルドーザーのごとく、原田さんは30歳前後を駆け抜けた。

原田マハさん「自分という花畑に、種をまく」
2012年/東京都美術館

「20代の頃は、お金も社会的な立場もなかったけれど、“自分は何かを始めるだろう”という妄想だけはしていて、根拠のない自信がありました。20代後半ぐらいでもまだ、ニューヨーク大学に留学して、ソーホーの画廊に勤めて……なんて漠然と妄想してましたね」

「社会人になると少しずつ世の中のことが見えてきて、自分で稼いだお金を自分に投資することもできるようになった。一歩一歩だけれど、根拠のない妄想をより具体的なものにして、本当の自信をつけていくステップに入った。いよいよ自分のゴールに向けて挑戦していくという、それが社会人になってからの10年でした」

女性が活躍するには難しい時代に

20代で妄想し、30代でそれを実現に近づける。
そんな生き方を、迷うことなく突き進んだように見える原田さん。人生のロールモデルがいたのだろうか?

そんな問いに、「お手本にした先輩や、直接導いてくれた上司はいなかったけれど、間接的に、すごく影響を受けた人はいる」とのこと。それが、クリエーティブ・ディレクターの小池一子さんだった。

小池さんは、1970年代から西武百貨店や、こびない女性像が斬新だったパルコの広告などで知られるセゾングループで、多数のコピーライティングを手がけた。また、無印良品の創設から企画・監修にも携わっている。

1980年代には、古いビルを借りて現代美術を展示するスペースを作り、「現代アートの応援団として、優れた才能を見いだし、発表する機会を与えた人。ユニークで、物怖じせずに活躍されてきた人、それが小池さんです」と原田さん。

「今から50年ぐらい前は、まだ女性が活躍するには難しい時代だったと思うんですね。小池さんが先陣を切って、道を開いてくれた。それはすごく大きいことでした。“壁の花”になっていなかった、というかね」

ヨーロッパやアメリカのアートの世界では、夫がお金を稼ぎ、妻がそのお金でアートを購入してサポートするというパトロネージュの伝統がある。アートの華やかな世界で、女性は“壁の花として輝く”という装飾的な役割を担ってきた、と原田さん。でも小池さんは、違った。社会に対し、アートのムーブメントを起こしたのだ。自ら、積極的に。

私が変わると、世界が変わる

そんな小池さんの背中を追いかけながら、森美術館の準備室で仕事に明け暮れていた原田さんだったが、40歳を目前に退職を決意する。

「どうしても進めたい。そう心を尽くした企画が、社内で通らなかった。その時に、自分を見つめ直してみました。もうすぐ、日本で最大級の現代美術館がオープンする。それまでアート道を猪突猛進してきたことが実現できる未来が見えてきていたのに、そのまま敷かれたレールに乗ってもいいのか、と思ってしまったんですよね。確かにやりたいことだったはずなのに、“私、何か忘れてないか”と。それで仕事をふっと休みました」

原田マハさん「自分という花畑に、種をまく」
2017年/パリ

大都会の一等地、六本木駅近くの開発地区。目の前に広がる更地に、にょきにょきと屹立(きりつ)するクレーン。そんな景色とは正反対の風景を求め、原田さんは釧路へ向かった。

しんしんと雪が降るなか、ひとりレンタカーを運転し、タンチョウヅルの保護地へ向かうと、氷点下の雪原にわーっと居並ぶツルたち。その様子を車の中から眺めていた。

「松任谷由美(ユーミン)さんの『春よ、来い』を聞きながら、自分は働き続けるべきか、もっと40代の間に自分のやりたいことを見つけるべきか。どっちだ、と考えていたその時に、『春よ~~♪』ってサビの部分が。その瞬間、ツルが、クエーッ!と鳴いたんです(笑)」

まさに鶴の一声。「自分の道を進め! クエーッ! そう聞こえただけで、ただの勘違いですけど(笑)。それならば、と。もちろんそんな簡単な決断ではなかったですけれど、一歩踏み出すほうに舵を切りました」

そうして迎えた40代、原田さんは『カフーを待ちわびて』で小説家としてデビューした。ラブストーリーから、アートを題材とした小説までを次々に発表。“人生でやりたいこと”を見つけ、現在に至る。

人には誰でも、人生の分岐点がある。「ほんとうにやりたいことは何か?」を自分に問うときがくる。雪原に赴(おもむ)いた、原田さんのように。その時、私たちは答えを見いだすことができるのだろうか。

「みんなありますよ、ひとつぐらい、やりたいこと。絶対ある。なんでもいいと思います。ごはんを毎日作るとか、昔やっていた書道をやり直すとか、三島由紀夫の本を読破するとか。なにも大学受験や留学するとか、そういうことでなくていい。人生にはその時、その人のスケールがありますから。自分がやりたいと思ったことをすればいい。そうして、日々の小さな変化を自分に呼び込むと、思わぬことで大きな変化につながる可能性があります。私が変わると、世界も変わる。自分が変わると、世界が変わって見えるんです」

原田マハさん「自分という花畑に、種をまく」
撮影/藤井 保

私はどんな花を咲かせたい?

30代にさしかかろうとしている人、30代、40代の人に向けて。原田さんが今伝えたいのは、「突っ走ってる人も、迷ってる人も、いったん立ち止まってみること」だという。

「30代というのは、自分という花畑に種をまく時期。土を一生懸命耕して、せっせと種をまく。とにかく耕せ、耕せという時期です。だからまず、いったん立ち止まって、どんな花を咲かせたいか、自分の花畑をデザインしてみてください。イングリッシュガーデンでも、純和風な庭でもいい。忘れないでほしいのは、花畑の花は必ず咲くんです。芽を出さない花はないと思います。咲かない花があるとしたら、それは種をまいていないってこと。とにかく30代はせっせと種をまく。花が咲き誇るのを楽しみに。40代になったら、うわーっと花が咲いてきますから。そうしたら、花畑の花を手折(たお)ってきてね、飾るわけですよ。自分のために。楽しいじゃないですか」

たぶん、いや、たしかに種はまいたはずだけど……。そんな不安を覚える40代よ、心配するなかれ。原田さんが、こんな策を授けてくれた。

「人生に手遅れはないです! 40代は苗を植えればいいんですよ。すでに芽吹いている苗をそこから育てれば」

40代後半から50代前半の花畑が、一番美しいと思いますよ。
そんな原田さんの言葉もまた、ひとつの種。さあ、私の畑に種を植えよう。水をやり、手をかければ、やがて花が咲く。その小さな一歩は、私を取り巻く世界を変える、始まりとなる。

(文・仁平綾)

原田マハ
1962年東京都生まれ。関西学院大学文学部日本文学科、早稲田大学第二文学部美術史科卒業。伊藤忠商事株式会社、森ビル森美術館設立準備室、ニューヨーク近代美術館勤務を経て、2002年にフリーのキュレーター、カルチャーライターとなる。05年『カフーを待ちわびて』で第1回日本ラブストーリー大賞を受賞し、2006年作家デビュー。2012年『楽園のカンヴァス』で第25回山本周五郎賞を受賞。2017年『リーチ先生』で第36回新田次郎文学賞を受賞。ほかの著作に『本日は、お日柄もよく』『キネマの神様』『たゆたえども沈まず』『常設展示室』『ロマンシエ』など、アートを題材にした小説等を多数発表。画家の足跡を辿った『ゴッホのあしあと』や、アートと美食に巡り会う旅を綴(つづ)った『フーテンのマハ』など、新書やエッセーも執筆。最新作に『キネマの神様 ディレクターズ・カット』。また映画「キネマの神様」が2021年8月6日より全国ロードショー。

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