ZOZOの「競合」は楽天とLINE? AI活用に優れた企業があらゆる消費者を取り込む時代

業界のトップランナーに「すごい同業者」について語ってもらう連載「競合多謝」。今回は国内最大級のファッション通販サイト「ZOZOTOWN」で知られるZOZOの関係者に話を聞く。
ZOZOの競合といえば、ファッション領域を扱うECサイトやアウトレットモールなどを思い浮かべる人が多いだろう。
他方、世間を驚かした「ZOZOSUIT」(その後、足のサイズを測れる「ZOZOMAT」も登場)などを生み出す先進的なテクノロジーや、6000~7000億円分の商品を扱える大型物流施設「ZOZOBASE」にZOZOの本質的な強さを見る向きもあり、彼らのコアをどう見なすかで、競合の存在も変わってくるだろう。
当のZOZOはどこを「すごい同業者」と考えているのか。彼らに尋ねたところ、「楽天とLINEです」。ポイントは「AI」にあるという。ZOZOグループのAI推進やプロダクトグロースを担うZOZOテクノロジーズの野口竜司さんが詳しく解説する。
<プロフィール>
野口竜司(のぐち・りゅうじ)
株式会社ZOZOテクノロジーズ VP of AI driven business。大学在学中に京都発ITベンチャーに参画し子会社社長や取締役として、レコメンド・ビッグデータ・AI・海外コマースなどの分野で新規事業を立ち上げ、その後ZOZOグループへ。AIによるビジネス推進とAI人材育成に注力。著書に「文系AI人材になる」など。
■こんなトップランナーも語る「競合のすごさ」
・「これぞ究極の施設」星野佳路さんが絶賛、顧客をリピートさせる圧巻のシステム
・“世界の頂点に立った男”鈴木成宗さんが敬服するクラフトビール界の雄
・「リスペクトしかない」 スクウェア・エニックス吉田直樹さんが背中を追いかける業界の巨人
・新たな文化もたらす地域の創造者 龍崎翔子さんが尊敬する同業のフロントランナー
AI技術はZOZOTOWNの根幹を支えている
――事前に「すごい同業者」について尋ねたところ、「楽天」と「LINE」を挙げられました。両者とも先進的なIT企業として知られていますが、ファッション・アパレル領域をメインにする企業ではありません。
野口 このお話をいただいたとき、同じサービス領域の企業は競合としてあまり想像がつきませんでした。その理由は「AI」にあります。
ZOZOはファッション通販サイトやファッションコーディネートアプリなどを展開しており、サービスの根幹をAIが支えています。
こんな事例があります。ユーザーが閲覧中のアイテムの形、質感、色、柄などをもとにAIが類似商品を検出し、一覧で表示させる機能を採り入れたところ、同機能を利用したユーザーの平均滞在時間は従来の4倍に増えました。
画像を識別するAIは、アイテムの外形的な特徴をとらえることができるため、ユーザーが求めるイメージに近いアイテムをレコメンドできるのです。それによってユーザーは自分好みのアイテムに出合う確率が高まり、ZOZOの売上も上がりました。
今やこうしたサービス強化はあらゆる業界で行われています。私は「アルゴられる」と呼んでいますが、AIと質の高いデータを掛け合わせて開発された高精度のアルゴリズムを備えたサービスにどんどんユーザーが引き寄せられ、時間やお金を消費していく。つまり、事業領域を超えて消費者の奪い合いが起きています。
その意味で、ZOZOが注視すべきはアパレル企業やファッション関連のeコマース企業だけではなく、AI活用の仕方が優れた企業と考えました。今回、ショッピングモールを展開する楽天はまだしも、戦場の異なるLINEを選んだのはそういった理由からです。
――ファッション関連企業では、AI活用があまり進んでいないのでしょうか?
野口 私の知る限り、そこまで進んでいません。独自性の高いAI構築やバージョンアップを継続的に行うには、データサイエンティストやデータエンジニア、AIプロデューサーといった専門的な人材を集める力や、研究開発や運用のための多額の資金が必要になります。それを実践できる企業は国内でも一握り。ファッション業界で独自でAI構築を進めようにも、その体制をつくるのは現実的に難しいと思います。
――では、楽天とLINEのAI活用は、具体的になにがすごいのでしょうか。
野口 この二社はすごさのベクトルが違います。楽天は「横に伸ばす力」、LINEは「垂直に掘り下げる力」といったところでしょうか。

楽天本社=東京都世田谷区(2020年2月8日、中野浩至撮影)
楽天の特長は、データ×AI活用に関する管理・運用のレベルの高さに表れています。その要素を三つに分解すると、「水平展開力」「高いガバナンス」「再現性の高い教育プログラム」。順に説明します。
まずは「水平展開力」。私は先ほどからあえて「データ×AI」と表現していますが、AIはその技術単体で価値を生み出せるわけではなく、質の高いデータを掛け合わせて初めて有用な働きをします。つまりデータとAIはセットです。ところが多くの企業では、十分なデータ量が集められていなかったり、AIで有効活用できるようにデータ統合や加工ができていなかったりするのが現状です。
一方、ショッピングサイトや広告事業、金融サービスなど多事業を展開する楽天は、そこから得たビッグデータを統合管理し、AIと組み合わせて活用を進めています。それによって数百項目に及ぶユーザーの特性を類推し消費者行動を細かく把握・予測し、そのデータを様々な自社サービスに生かしている。
2019年の時点で10以上の事業の30を越えるテーマ(事業上の取り組み)でデータ×AI活用を進めているといいますから、その規模は相当なもの。こんなことを実現している会社はそうはありません。これを私は「水平展開力」と呼んでいます。
二つめの「高いガバナンス」。これは、AIとデータの活用にあたって、申請手続きや管理ルールが組織的に整備されているということです。
データには個人情報やプライバシーが含まれることもあり、安易に利用すると社会的な信用を失います。そうしたリスクを防ぐためだと思いますが、楽天では部門をまたがるデータ活用について、情報セキュリティーやプライバシーポリシーなどさまざまな観点で審査を行っています。AIは「事業にどう生かすか」という“攻め”の部分が注目されがちですが、楽天は“守り”の部分も徹底している。そこに、AI活用企業としての成熟度の高さを感じます。
三つめの「再現性のある教育プログラム」。これは、AIやデータ活用に必要な技術や知識を習得するための研修や個別トレーニングを社内で体系化していることです。
データの活用や保有には、サービス領域ごとの作法のようなものがあり、それが一般的なルールより優先されます。概念的な話になりますが、サービス領域ごとのデータの“癖”や傾向を知った上で取り扱わないと、データの本質を見誤ったり、サービスに合った活用ができなかったりするからです。こうした暗黙知の共有――すなわち「ドメイン知識教育」は極めて難しいのですが、楽天はその教育にも力を入れている。これは本当にすごいことです。
――データ×AIの組織的な活用には「攻め」「守り」の両面が必要で、楽天がその点において高度なバランスを保っていることはわかりました。一方で、AIやデータ活用に関して厳格なルールや高いハードルを設定すると、エンジニアの反発を招くという話も聞きます。
野口 そこはとても大事なポイントです。データ×AIのビジネス活用というのは比較的新しい取り組みなので、どの会社でも社内からいろいろな意見が出てくると思います。だからこそ、トップのかじ取りが非常に重要になります。特にデータ×AIに関するトップが、その管理・運用に関する姿勢を社内外に表明し、それを力強く実行する。そんな発信力と牽引力がないと高いレベルのガバナンスは構築できないでしょう。
楽天では、最年少執行役員である北川拓也さんが、社内のデータサイエンティストを束ね、それをやってのけている。やはり重厚な組織の裏には優れたトップが存在します。
海外プラットフォーマーに対抗? 独自路線を突き進むLINE
――では、一方のLINEはどこがすごいのでしょうか。
野口 LINEのすごさは、先にも触れたとおり、AIの研究開発の深さです。
今や多くの日本企業が、世界のAI開発をリードするグーグルやフェイスブックなどのAI技術を使っています。LINEはそこに対抗すべく、AIのコア技術の研究を重ね、高度な日本語処理を実現するAIを独自開発しています。
例えば、彼らのAIプロダクトの一つ「LINE AiCall」。これはAIを用いた電話応対サービスで、我々人間が発話した日本語をAIが音声からテキストに変換し、そのテキストの内容を理解して適切な回答を探して文章化し、さらにそれを音声合成で発話します。つまりいくつものAI機能の連携によってユーザーと自然なやり取りを成立させているわけで、これはかなりすごいことです。
――日本語を高度に扱える、というのがポイントなのでしょうか。
野口 海外IT企業が提供するAIサービスは主に英語を扱うことを前提としており、音声認識や文字認識、自然言語処理などの領域では、日本語の処理精度が高くないことが多いものです。
そうした言語の壁を乗り越えるには、英語と遜色ないレベルで日本語を扱えるAIを開発するしかありません。それが出来れば日本語サービスでのAI活用の道はさらに広がります。LINEはそこに挑戦し、日本語を扱うことを前提としたAIプラットフォームを開発・提供している。そこは彼らの強みだと思います。
――お話を聞く限り、海外勢に頼らず「自らつくる」という姿勢でAI技術の探求を続けるところがLINEの強さとも言えそうです。
野口 まさにそうです。LINEも砂金信一郎さんという、楽天同様の強力なリーダーがAI事業を統率し、日本のAIレベルの底上げに注力されています。彼らは今、独自の日本語をベースとした自然言語の生成系AIの開発を進めていますが、それはAIのコアを突き詰めようとするLINEの姿勢を象徴しているように思います。
――「生成系」とはどんなことができるAIでしょうか。
野口 AIには大きく、識別系、予測系、会話系、実行系の4種類があって、実行系の中でも文章や画像の自動作成にあたるのが生成系のAIです。
イーロン・マスクが設立した人工知能研究団体「OpenAI」が開発した「GPT-3」という生成系AIをご存じでしょうか? このAIは、書き出しの言葉を書くと、それをもとに文章を書き始め「記事」を作り出すことができたり、「アボカドみたいな椅子」などとテキストを入力すると、言葉通りのビジュアルを自動的に作り出したりすることができます。その精度が非常に高いため、昨年AI業界は大きな騒ぎになりました。
生成系AIは、いろんなイノベーションを生み出す可能性を秘めています。ただ、「GPT-3」はまだ英語にしか対応しておらず、このままだとこの領域でのAI活用が英語圏よりも遅れてしまいます。そこで、LINEは、GPT-3に相当するAI開発に乗り出した。日本語をベースにした生成系AIを、海外の大手IT企業に頼らず、独自に作ろうとする姿勢は非常に素晴らしいと思います。
――生成系AIを使うと、具体的にどんなサービスが実現できるのですか。
野口 ZOZOTOWNであれば、AIとユーザーでファッションを相談するための会話のキャッチボールのようなことができるようになるかもしれません。例えば「トップスがビビッドで、ボトムスが抑えめで、ちょっとロックな格好を教えて」などとユーザーが文字や音声で希望を伝えると、AIがそのコーディネート画像を自動的に生成し、そのスタイルが実現できる商品をレコメンドしてくれる。出てきたコーディネートに不満があれば、「トップスはもうちょっと明るく」などと要望することで、さらに別のコーディネートを提案してくれる。こんなやり取りが可能になるかもしれません。
他にも、「この音楽に合う服装を教えて」と言って音楽作品を指定すると、それをイメージしたコーディネートを生成できるようにもなるでしょう。「マルチモーダル」といいますが、言葉や画像、音楽など、さまざまな入力方法からアウトプット(ここではコーディネート)を作り出せるのがポイントです。

ZOZOテクノロジーズの野口竜司さん。取材は2021年1月、Zoomにて実施
――まさにAI技術の発展やその有効活用がZOZOTOWNの在り方を大きく変える可能性があることを示唆するお話ですが、ZOZOはAI活用企業として、今どのようなレベルにあるとお考えですか?
野口 研究開発という面においては、一般の企業に比べれば、とてもリッチに人材を保有しており、データサイエンティストもたくさんいます。データ×AIの活用余地がまだまだあるファッションの世界において、当社のAI活用の実践量や体制の豊富さは群を抜いていると思います。ただ、海外プラットフォーマーと戦うようなレベルでの、例えばLINEの規模での研究開発はやれてはいません。
また、ZOZO社内でAI人材育成も強化していますが、仕組み化された教育プログラム展開という点では、その辺の整備も正直楽天のほうが先を進んでいるように思います。「ドメイン知識教育」など見習うべき点は少なくありません。その意味では、まだZOZOも発展途上です。
今回、「すごい競合」というテーマでLINEと楽天の二社を取り上げました。それは「AI活用企業として高みを目指すなら、ここまで上り詰めなければならない」という思いを込めたもの。彼らの姿勢に学びながら、ZOZOグループをさらなる成長へ導くのが私の役目と考えています。
(構成=青山祐輔 トップ画像=ZOZOテクノロジーズ コーポレートデザイン部 フォトチーム撮影)
<参考>
楽天 https://www.slideshare.net/rakutentech/ai-188371880
LINE https://linecorp.com/ja/pr/news/ja/2020/3508