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真実の愛を探す迷子たちへ。必要なのは理論と習練

真実の愛を探す迷子たちへ。必要なのは理論と習練
撮影/猪俣博史

『愛するということ』

とんでもない本に手を出してしまった、とすぐに後悔しかけた。難解というのとは少し違う。ひとつの問いが新たなる疑問を招き、気づくと両手いっぱいに抱えきれないほどの「?」が。

だがしかし、読み終えたあとの充実感、爽快感は格別。付箋(ふせん)の林立する本を手に、知らない街や山岳を昼夜の別なく走るトレイルランを無事にフィニッシュしたような心地になっている。個々のスポットをじっくり巡るのはこの先の楽しみ。まずは読み終えること。そして問う。

「愛するということ」とは何なのか。

精神分析や社会心理学について研究したドイツ生まれの哲学者、エーリッヒ・フロムによってこの本が書かれて60年。まるで今日の「愛なき世界」を喝破しているかのようで、フロム生誕120年が過ぎた日本でこの書が広く読まれている理由がわかるような気がする。

そう、60年前も今も人々は真実の愛を探している。愛の迷子たちなのだ。

フロムによると、「愛は技術」なのだそうである。その技術を体得するためには「理論に精通する」ことと「習練に励む」ことが必要で、生まれながらにその技術を持っている者はいない。本書には、いわばその理屈とノウハウがしたためられている。

技術と言っても、想(おも)い人にアプローチするにはどうしたら効果的か、こんなデート術がおすすめ、といった類いのものではない。突き詰めると、「愛は信念」ということになる。

「愛は技術か」「愛の理論」「愛と現代西洋社会におけるその崩壊」「愛の習練」の4章に分かれているが、「愛は技術」という前提の提示から、愛が崩壊した現在=60年前の西洋社会についての思考を展開しつつ、「愛する」という行為について、人間という存在そのものを腑(ふ)分けするかのように様々なケースを細かく分析しながら迫る。そして、異性愛、母性愛などの特性と差異、幼稚な愛と成熟した愛の対比などを通じて、「愛」という巨峰への登頂をこころみる。

自分なりの「愛」を再定義したくなる

フロムにはもちろん、明確な解答=頂上からの眺めが見えているのだが、丁寧で平易な語り口、突き放すようで時には手を取って導いてくれる様は、一見こわもてのガイドと言ったところ。

「これほど大きな希望と期待とともにはじまりながら、決まって失敗に終わる活動や事業など、愛の他には見当たらない」「(実存の問題にたいする)完全な答えは、人間どうしの一体化、他者との融合、すなわち“愛”(注・原文では愛に傍点)にある」「愛は、“人間のなかにある能動的な力”(注・原文では傍点)である」と、本書には名言が満載。そしてまた、快感を目的とするものや、自然発生的な感情、キリスト教的な「隣人愛」は「愛」ではないのだとフロムは言う。

真実の愛を探す迷子たちへ。必要なのは理論と習練
『愛するということ』エーリッヒ・フロム(著)、鈴木晶(訳) 紀伊国屋書店 1,430円(税込み)

読んでいるうちに、どうやらフロムの言っている「愛」は、自分が「愛」だと思っているものと随分違うみたいだ、ということがおぼろげにわかってくる。すると、自分なりの「愛」を再定義したくなるのだ。実は、これこそがフロムの狙いなのである。

最終章で、フロムはこのように結論づける。
①愛の習練に必要なのは、規律、集中、忍耐である。
②愛を成立させるものは対象ではなく自身の態度である。つまり、「愛」とは「愛されること」ではなく「愛すること」である。
③現代に生きる者にとっての「愛」は、交換=公平という倫理原則、資本主義の原理から逃れることができない。
④それでも信念と勇気をもち、能動的に愛することが肝要である。

そのために行うべきこととして列記される具体例、「悪い仲間を避ける」「くだらないことばかり話すような人間もさけたほうがいい」「眠るにも信念がいる」などは、昨今旺盛なビジネス書の惹句(じゃっく)を彷彿(ほうふつ)とさせ、「規律、集中、忍耐」に至ってはまるで「鬼滅の刃」の世界観のよう。

とは言え、「愛に関していえば、重要なのは自分の愛にたいする信念である」という一文は核心をついて胸を射る。「愛」についてそれぞれが思考し、真に「愛する」ためには、まず自分を信じることから始め、信念が育つまで習練しなければならないのだ。

「愛こそ貧しい知識から豊かな知識への架け橋である」と言ったのはドイツの哲学者であるマックス・シェーラーだが、フロムの言う「愛」が私自身にとって架け橋になるのは一体いつのことやら。観念=頭で読んでいるうちはまだまだ迷子。再読、再々読必至の一書である。

真実の愛を探す迷子たちへ。必要なのは理論と習練
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PROFILE
八木寧子

やぎ・やすこ
湘南蔦屋書店・人文コンシェルジュ
新聞社、出版社勤務などを経て現在は書店勤務のかたわら文芸誌や書評紙に書評や文芸評論を執筆。ライターデビューは「週刊朝日」の「デキゴトロジー」。日本酒と活字とゴルフ番組をこよなく愛するオヤジ女子。趣味は謡曲。

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