音楽に助けられた10代の記憶が、今の私につながっている 青葉市子さん(前編)

ギターが奏でる美しい調べ、丁寧に紡がれた言葉たち――。青葉市子さんが生み出す音楽は、その神秘的な存在感とともに唯一無二の世界を形作る。その才能が高く評価される青葉さんが語る、ほのぼのとした幼き日のルーツ、傷だらけの思春期、そして、苦しみから逃れるように音楽に身を寄せた若き日。
記憶と体験が今の表現につながる
――音楽の原体験は?
母が湯船の中で「もう少しつかっていよね」と数え歌を歌ってくれました。「1、2、3……10。おまけのおまけの汽車ポッポ。ポーッとなったら上がりましょう。ポッポー!」って(笑)。
3歳ぐらいのときに赤いトイピアノを買ってもらいました。テレビの前において、CMやアニメの曲に合わせて弾いたり。大好きだった「セーラームーン」の放送前にはテレビの前でスタンバイ。「この黒いところから始まるんだ」と鍵盤に指を置いて、ドキドキしながら始まるのを待っていました。
そのあとピアノを習いましたが、「正しく弾く」というのが私にはどうもしっくりこなくて。たとえば運指。右手でドレミの次、親指でファを弾くのがうまくできず、我流の方が上手に楽しくできたのです。でも、それでは先生から「よくできました」のハンコを押してもらえず、2週間でやめました。
小学校のときは合唱部でしたが、そのころは自分で歌うことがあまり好きではなく、途中でやめてしまいました。楽器を通して音を出す方がしっくりきたので、中学では吹奏楽部に。担当楽器はクラリネットでした。本当はフルートがよかったんですが、希望者が多くて。フルート以外は吹きたくなかったけれど、優しい先輩が「クラリネットも楽しいよ」とアドバイスしてくれたので挑戦することに。
クラリネットの音はとても温かく、木管楽器がとても好きになりました。今でも楽曲を作ったり弾き語りのコンサートをしたりするとき、頭の中で背景となるオーケストラの音を組むのですが、必ず最初に木管楽器が聞こえてきます。吹奏楽部で演奏して楽しかったのが、イタリアの作曲家オットリーノ・レスピーギの交響詩「ローマの噴水」という美しい曲です。私のアルバム「qp」の1曲目には、ボーカルだけで編曲したカバーも収録したほど好きな曲です。
このころの記憶や体験は、今の表現に直結している。そう感じています。
――それは音楽だけではなく?
はい。音楽の話からは外れてしまうのですが、中学時代、教室にうまくいけなくて保健室や図書室に行く子たちと交流があり、私自身もそういう時期がありました。先生からはうれしい言葉もあったけれど、残酷な言葉、感情的な言葉もかけられた。たくさんいる生徒一人ひとりの「個」を見ていたらそんな言葉は出てこないはずと感じるようなこともたくさんありました。大人だったらちょっとチクっとしても振り払えるようなことが、中学生って心がフワフワで、一番深いところまで刺さってしまったりする。
毎日ただ楽しいだけじゃない、ときには死にそうなほどつらいこともあったけれど、あのころの記憶が強烈に残っているおかげで、物事を見るときの幅がとても広がりました。今は、あの時期があって本当によかったと思っています。
17歳で「師匠」と出会ってから
――青葉さんが紡ぐ詞は、詩的、文学的です。詩集や本を読んだりは?
本はほとんど読まなかったですね。自分から好んで読書したという記憶はありません。でも、動物や植物の図鑑を見るのは好きでした。
17歳のとき、八弦のクラシックギターで弾き語りをする山田庵巳(やまだあんみ)さんと出会い、言葉に対する感覚やギターを弾くときの姿勢を教えていただきました。私は勝手に「師匠」と慕っているのですが、その師匠の山田さんから分厚い辞書や類語辞典をいただいて、それは何度も読み返しました。
最近も『美しい日本語の辞典』という本を自分で買いました。日本人が古くから使ってきた雨や風、お天気の名前や、「キラキラ」「つやつや」といったオノマトペが一冊にまとまっていて、こういう本は何回も読み込むほど好きです。

――山田庵巳さんとはどのように出会ったのですか?
中学生のとき、バンド好きの友達から「自分は行けないから」とチケットを渡され、右も左も分からないまま初めて1人でコンサートに出かけたことがありました。最前列で、さらにそのバンドの音楽がハードで、モッシュとかダイブとかすごく激しかった。潰されそうになっていたら隣のお姉さんが助けてくれて、ライブが終わったあとも「どこからきたの?」「1人で? なんで?」とたくさん話しかけてくれて。中学生が1人でくるなんて、かなり珍しかったみたい(笑)。
そのお姉さんがあるバンドのスタッフをしていて、メルマガを送ってくれるように。そのバンドメンバーのひとりが山田さんでした。ライブに通いながら、山田さんが実はソロで弾き語りもやっていると知り、そちらにも足を運ぶように。山田さんの曲が好きで、コピーして弾くようにもなりました。バンドのライブにはメンバーの知り合いぐらいしか来ない小さなコミュニティーだったので、連絡先を交換し、山田さんに電話で演奏するのを聴いてもらったりと遠隔レッスンのようなことも。
――当時は京都在住。東京までライブのために通っていた?
はい。バイトを掛け持ちして貯(た)めたお金で新幹線に飛び乗り、ライブを見てメンバーの皆さんとお話ししたら夜行バスで京都にとんぼ返り。朝、家に戻ってお風呂に入って、また高校へ……。そんな生活をしていました。
――何が青葉さんを突き動かしていたのでしょうか?
音楽です。中学2年から高校2年ぐらいまで学校がつらい時期が続きました。助けてくれるのは、音楽しかなかった。すがるような気持ちで、音楽がある場所に身をもっていっていたのです。
20歳、アルバム「剃刀乙女(カミソリオトメ)」でデビュー
――自分でもギターを弾くようになったきっかけは?
ある日、父の部屋をのぞいたらクラシックギターが飾ってあって。そのうちの1本を拝借して弾くようになりました。山田さんが教則本や手書きのタブ譜をくれて「これ、練習しな」と言ってくれて。
楽しかった。山田さんが奏でる音楽を同じように弾ける、ただそれだけで十分満たされていました。そのうち、ライブが終わったあとにギターを弾かせてもらうようになり、山田さんやライブ会場だった銀座のバーのマスターが「それだけ弾けるなら自分の曲も弾いてごらん」と声をかけてくれた。まさか自分が、と思いつつ、ようやく作ったのが「ココロノセカイ」という曲でした。
自分の音楽を好きになってくれる誰かのことなんてまったく考えてなかった。ただ、師匠やバーのマスターが喜んでくれ、「よくできたね」と言ってくれることがうれしかった。
褒めてほしかったのかもしれません。「あなたはできない子」と先生から言われ続けた私は、きっと誰かに褒めてもらいたかった。
――20歳のとき、インディーズレーベルからアルバム「剃刀乙女」でデビューします。
銀座のバーでギターを弾いていたのをレーベルの方が見ていてくれて。山田さんやバンドのメンバー、バーのマスターは「市子ちゃんのCDを作りたいっていう怪しい人がきた!」と、もう皆さん親のように警戒して(笑)。でも、それがデビューのきっかけになりました。
人前には出たくなかったので、ファーストアルバムの録音の日も直前まで嫌で。CDのジャケットも、私の姿を撮影する予定だったのですが、断固拒否(笑)。そんなに嫌なら何がいいの?と聞かれ、白がいい、と。結局、白一色のジャケットに落ち着きました。
京都では大学に通っていたのですが、やはり両立は難しく、音楽に集中したほうがいいと退学して上京しました。2010年の秋、ファーストアルバムが完成した後のことでした。翌年の3月11日、東日本大震災が起きました。私にとっての「音楽」という存在が、大きく変わることになったのです。
◇
青葉市子(あおば・いちこ)
2010年にファーストアルバム「剃刀乙女」を発表以降、これまでに6枚のソロアルバムをリリース。うたとクラシックギターをたずさえ、日本各地、世界各国で音楽を奏でる。近年は、ナレーションやCM、舞台音楽の制作、芸術祭でのインスタレーション作品発表など、さまざまなフィールドで創作を行う。活動10周年を迎えた2020年、自主レーベル「hermine」(エルミン)を設立。体温の宿った幻想世界を描き続けている。12月2日 、“架空の映画のためのサウンドトラック”としてニューアルバム「アダンの風」を発売した。2021年6月21日には渋谷Bunkamuraオーチャードホールにて、アルバムの録音に携わったメンバーと共に室内楽編成によってコンサートを開催。
公式サイト https://www.ichikoaoba.com
レーベルサイト「hermine」 https://hermine.jp/

2020年12月2日(水)発売/3300円(税込み)詳しくはこちら
Bunkamura オーチャードホールで「アダンの風」記念コンサート「Ichiko Aoba “Windswept Adan” Concert」を開催

“架空の映画のためのサウンドトラック” をコンセプトに制作された最新アルバム「アダンの風」。昨年12月の発表以降、国内外で高い評価を更新し続けている。そこで、6月21日(月)にBunkamura オーチャードホールで「アダンの風」の記念コンサートを開催する。コンサートでは、アルバムの色彩豊かな音楽表現を、録音にたずさわった多くの音楽家たちと共に、室内楽編成によって再現。これまで1人の弾き語りコンサートを積み重ねてきた青葉市子にとって、あらたな一歩を刻む挑戦だ。当日はコンサートを生配信する予定(アーカイブ鑑賞も可能)。コンサートを会場と配信で楽しめる。
「アダンの風」のレコード発売決定! また、コンサート開催に合わせて、国内外より待ち望む声の多かった「アダンの風」のレコードを発売する。
先行発売:6月21日(月)Bunkamuraオーチャードホール、青葉市子webshop
一般発売:7月7日(水)※ 予約方法を含めた詳細は後日発表
<公演情報>
Ichiko Aoba “Windswept Adan” Concer
公演日:6月21日(月)
会場:Bunkamura オーチャードホール
開場:17:30 開演:18:30
料金:6600円 (税込み) *全席指定
参加ミュージシャン:青葉市子、梅林太郎、梶谷裕子、銘苅麻野、須原杏、平山織絵、水谷浩章、多久潤一朗、朝川朋之、角銅真実
特設サイト:https://hermine.jp/windsweptadan/
チケット一般発売:4月26日(月)10:00~
主催:ホットスタッフ・プロモーション
企画制作:hermine / PIANO INC. / ホットスタッフ・プロモーション
問い合わせ先:ホットスタッフ・プロモーション
03-5720-9999(平日12:00〜15:00)
https://www.red-hot.ne.jp/