列車で味わう「車内めし」といえば 家でつくるアジア旅の味・中国カップ麺編

世界各地を旅してきた旅行作家・下川裕治さんが、アジアの旅先で味わったものを再現するシリーズ。今回は下川さんと写真家の中田浩資さんが、中国の列車で食べた「車内めし」。カップ麺、パン、ソーセージは長い列車旅には大事な食料。これを日本で味わうと……。
■本連載「クリックディープ旅」(ほぼ毎週水曜更新)は、30年以上バックパッカースタイルで旅をする旅行作家の下川裕治さんと、相棒の写真家・阿部稔哉さんと中田浩資さん(交代制)による15枚の写真「旅のフォト物語」と動画でつづる旅エッセーです。
(写真:中田浩資)
家でつくるアジア旅の味・中国カップ麺編
長い列車やバスの旅。ときに3日間ほど乗り続けることは珍しくない。そんな長旅の前には食料の買い出しに走る。1日目の昼はパン、夜は麺といったぐあいにざっくりとした食料計画を頭のなかで描きながら。そんな国では駅やターミナルに、車内めし用の食料を置く店が並んでいる。そこで買った食料で空腹をしのぎつつ続ける旅……。
あの車内めしを日本で味わえないだろうか。コロナ禍で海外に出ることが難しい。そんないま、旅の食料を集め、ネットを頼りにとり寄せてみた。はたして車内めしは再現できたのか。
今回は中国の列車旅の車内めし。カップ麺、中国ソーセージ、そしてパンというとり合わせ。中国の列車旅の味だ。
長編動画
手に入れるのに苦労した食品もあったが、なんとかカップ麺、中国ソーセージにパンがそろった。まずカップ麺に湯を注ぎ……。そのにおいが鼻腔(びこう)に届いたとき、意識は中国の列車の車内に飛んでいってしまいました。
中国の車内めし、そして再現の様子 「旅のフォト物語」
Scene01
中国人はカップ麺が大好きだ。国民食の感すらある。1日に消費される量は億単位? ましてや列車旅になるとテッパン食料。駅周辺の店にはいつもカップ麺が積まれている。種類も多い。この写真はバスターミナルの売店。そこにもカップ麺の山。長距離バス旅のお供もカップ麺。本当に彼らは好きなんです。(雲南省)
Scene02
列車が停車する。小さな駅では可動式の売店が現れることが多い。菓子類、酒、つまみ、地方の特産品、果物……そして必ずあるのがカップ麺。街で買うよりはやや高いが、買い忘れたり、足りなくなったりした乗客が補充していく。カップ麺がなくなると不安になる心理。僕もよくわかります。(山東省)
Scene03
この青年は1泊2日の列車旅? 車内に持ち込む食料で旅の長さがわかってしまう。カップ麺と一緒に買うのがパン。ウイグル人が焼くパンが人気だ。僕はウイグルパンと呼んでいる。やや硬いがしっかり焼かれているので日持ちする。糖質オンリーだが、この2種があれば、ひもじさだけは免れる。(新疆ウイグル自治区)
Scene04
カップ麺は人気だがやや割高。で、駅近くの店で売られているのが徳用セット。袋麺の中身が10個ほどとスープのもと。プラスチック容器もついている。中国の袋麺は湯を注ぐだけで食べることができる。2泊以上の列車旅向け? 僕はこの容器を2個も持っています。それだけ長い列車旅を経験したという、切ない証拠ですが。(青海省)
Scene05
列車旅の前にカップ麺を買い込む理由がこれ。中国の列車は車両に必ず熱湯が出る給湯器が設置されている。旧型車両は写真のように、各ボックスに熱湯が入ったポットが。元々、お茶を飲むためだったと思うが、それがいまやカップ麺用と化している。その結果、カップ麺は車内めしトップの座を得たというわけだ。(新疆ウイグル自治区)
Scene06
これが僕の車内めしのフルセット。カップ麺にウイグルパン、そしてソーセージ。中国ソーセージは一見、日本の魚肉ソーセージに似ている。しかし裏側に書かれた材料は「猪肉」。つまり豚肉。でもこれは新疆ウイグル自治区で買ったのでイスラム教徒用。「清真」がイスラムの意味。鶏肉ソーセージです。(新疆ウイグル自治区)
Scene07
新疆ウイグル自治区の旅を彩ってくれるのがパン。現地ではナンと呼ばれる。彼らの市場にいくと、これだけのバリエーション。発酵時間を短めにし、かまどの内壁に貼りつけて焼く。中身がぎっしり詰まっていて、これぞ主食という主張がみなぎっている。これを買うと列車に乗りたくなる。新疆ウイグル自治区での条件反射は僕だけ?(カシュガル)
Scene08
ウイグル人の置かれている環境は厳しい。国際社会からは人権侵害の声があがる。漢民族とウイグル人で改札をわけている駅すらある。漢民族はノーチェックだが、ウイグル人は厳重なチェックを受けなくてはならない。しかしパンを手にした老人はこの笑み。新疆ウイグル自治区を訪ねるたびに、この笑顔に救われる。(カシュガル)
Scene09
中国の列車はいま、急速に高速鉄道、中国版の新幹線に切り替わりつつある。車内は日本の新幹線によく似ている。でも僕は列車というとカップ麺という連想が働いてしまい……。周囲からの視線が冷たいような気がして、すする音が響かないようにそっと食べました。僕は旧世代の旅行者だと実感してしまいます。いまの中国では。(湖北省)
<カップ麺、ソーセージ、ウイグルパンの再現料理はここから>
Scene10
これだけそろえるのにちょっと苦労。カップ麺は中国食材店、パンは中央アジア料理店で(scene11と12)。中国ソーセージはなかなかみつからなかった。コロナ禍で流通が滞っているかららしい。中国から届かないのだという。なんとかネット通販でみつけたが、2本が送料込みで1726円。1本863円。中国では1本20~30円なのですが。
Scene11
カップ麺は新大久保駅に近いこの店で。カップ麺は中国食材店なら必ずといっていいほどある。違いは種類ぐらいだ。中国人の好みはブランドの「統一」か「康師傅」に分かれるというが、僕はそこまで中国カップ麺に染まってはいない。ふたに書いてある文字から想像力を働かせて選ぶ。量は日本のカップ麺より多い。かなり。
Scene12
パンを調達したのはヴァタニムという中央アジア料理の店。西武新宿線の新井薬師前駅の南にあった。ウズベキスタンのパンだが、味は近いはず……。パンを受けとり、立ちのぼる香りに耐えきれず、駅への道すがら、隅をちぎって食べてみる。「う~ん、これこれ」。路上で立ち止まり見あげる空が新疆ウイグル自治区のそれに見えてきた。
Scene13
おまけのSceneを。ヴァタニムでパンを受けとるまで、メニューを眺めていた。あった。スメタナ。これはサワークリームに似たチーズのようなヨーグルト。中央アジアでは毎朝、パンにスメタナを載せて食べていた。懐かしくなって後日、ヴァタニムへ。昼だというのに、ひとり、中央アジアの朝食に浸ってしまいました。
Scene14
中国の車内めしを再現してみる。まず湯を注ぎ……。これまで中国でカップ麺をすすった回数は軽く500食を超えると思う。ひょっとしたら、日本でカップ麺をすすった回数より多い。日本で中国カップ麺を食べるのはこれがはじめて。軟らかくなるのを待ちながら目を閉じる。においに誘われて、乾燥した中国西部の車窓風景がよみがえってきた。
Scene15
実食。麺とソーセージ、そしてパンをどういうバランスで食べる? 中国人のなかには、パンをカップ麺のスープに浸して食べる人が多い。しかし僕は、なんだかパンに申し訳ないような気がして別々に。中国の列車のなかでも、この食べ方で心は千々に乱れた。そんなことまで一緒に浮かびあがってきてしまった。
※再現してみた日:3月27日
【次号予告】次回はバングラデシュ南部からミャンマーにかけての「おこわ朝食」を日本で再現。
◆家でつくるアジア旅の味 第1回・油条編はこちら
◆家でつくるアジア旅の味 第2回・マカロニスープ編はこちら