天才的カーデザイナー・ジュジャーロの3人乗りスポーツMPV ビッザリーニ・マンタ

自動車デザインって、本当に面白いなあと思わせてくれるクルマだ。1968年に発表された「ビッザリーニ・マンタ(コンセプト)」は、当時28歳だった天才的カーデザイナー、ジョルジェット・ジュジャーロ(※)のペンによるもの。
(※日本では「ジウジアーロ」と書かれることが多いが、本連載ではジュジャーロと記載する)
彼が独立して自分の会社「イタルデザイン」を設立して初めて世に出したのがコレ。いまでも斬新なスタイリングである。一筆書きのようになめらかなプロファイル(横から見た眺め)や、15度と極端に急な傾斜のついたウィンドシールドなど、驚くばかりのデザインだ。
中身はビッザリーニが手がけたルマン24時間レース用の耐久マシン。それをベースにイタルデザインは「わずか40日間」で外皮をかぶせてしまった、とジュジャーロの作品集に書いてある。後車軸の前には、パワフルな355馬力のシボレー製V8エンジンを搭載。
ただし、ジュジャーロのコンセプトは純粋スポーツカーでなく、「スポーツMPV(マルチパーパスビークル)」だったらしい。その証拠に、3人乗りで移動できる設計だ。全幅1855ミリのボディーには横一列に3つの席が並んでいる。ドライバーは中央に座り、左右にパセンジャーが、という具合なのだ。
このレイアウトは、のちに「マクラーレンF1」(1993年)や、最近の「マクラーレン・スピードテール」(2020年)ならびに「ゴードンマレーオートモーティブT50」(同)に先んじたものといえる。ドライバーが中央に座るのは重量配分として理想的かもしれない。

話はそれてしまうが、横3人掛けの最も一般的なものはトラックだ。ベンチシートのクルマも3人掛けだったし、フィアットが「ムルティプラ」(1998年)なるMPVを作ったとき、やはり横3人掛けのレイアウトだった。スポーツカーでもフランスの「シムカ・バゲーラ」(73年)も横3人掛け。
ただしいずれの場合も、ドライバーの席は左右いずれかであって、中央というのはなかった。何はともあれ、マンタはこのシートレイアウトでも大きな話題を呼んだから、初作品で注目を集めたいというジュジャーロの意図は図に当たったといえる。
何を隠そう、私も、実はマンタに乗ったことがある。クラシックカーのコンコース(コンクール)において、オーナーの好意で、座っただけなのだけれど。額(ひたい)がウィンドシールドにくっつきそうだったのと、左右にはあまり好きではない人は乗せたくない、と思うほど、窮屈(きゅうくつ)な感じだったのが印象に残っている。
ジュジャーロらしいのは、誰も思いつかなかったスタイルを実現したところ。そして、スポーツカーに最も重要な要素の一つである視界の確保のため、ウィンドーの面積を大きくとっていることだ。レース中は周囲の状況がよく見えないと思い切って走れないものである。
ジュジャーロでなければ、たとえばマルチェロ・ガンディーニなら、うんとウィンドー面積を小さくしたりして、造形の面白さを追求したのではないかと思う。ジュジャーロの手がけたクルマはどれも、機能主義に裏打ちされている。そこが面白い。

ジュジャーロはスポーツカーをデザインしても機能を忘れることはなかった。ひとつの例はプロトタイプとして2005年に手がけた「GG50」だ。フェラーリ612スカリエッティなるスポーツカーをベースにしたモデルで、めずらしいジュジャーロデザインのフェラーリだ。
なにより特徴的なのは、キャビンが大きくウィンドー面積も広いこと。燃料タンクは作りなおして、トランクをうんと広くし、ゴルフバッグも楽に積めるようにしたそうだ。そもそも旅行にも使えるようなGTである612スカリエッティゆえ、ジュジャーロはこのような機能性こそ重要と考えたのだろう。ここに彼の面目躍如たるものを感じる。
マンタについては、2008年にイタルデザイン設立40周年を記念して「クアランタ(40)」なるコンセプトカーとして、再解釈されたプロトタイプが発表されている。3人乗りのレイアウトは継承し、やはり低く抑えた全高と、広大なウィンドーが特徴的だった。マンタは、デザイナー本人にとっても思い出深いクルマだったのだと思ったものだ。
【スペックス】
車名 ビッザリーニ・マンタ
全長×全幅×全高 4100x1855x1050mm
5354ccV型8気筒 ミドシップ後輪駆動
最高出力 355ps@5800rpm
最大トルク 490Nm@3600rpm
(写真=Italdesign提供)