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MUSIC TALK
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デビューから10年、境界線を感じない何かを作りたい 青葉市子さん(後編)

19歳でインディーズデビューした青葉市子さん。その名と実力は先輩アーティストたちの耳と目にとまり、多くの共演作品を生み出してきた。演劇の世界にも触れ、広がる表現。デビュー10年を迎えた昨年末、アルバムを世に送り出した。くしくも世界を苦難が襲っている真っただ中、新作に込める願いとは?
(文=中津海麻子、トップ写真=山田秀隆)

>>前編から続く

細野晴臣さん主催の音楽イベント出演をきっかけに

――故郷の京都から東京に出てきて、本格的な音楽活動をスタート。ほどなく東日本大震災が起きました。

デビューはしたものの、与えられたことをやっているようなところがありました。正直、私はギターさえ弾ければそれで十分だった。でも、震災で考え方が大きく変わりました。自分がどう思うかとか、その日そのときの気分とかより、もっともっと大きな音楽の存在を信じ切ることにした、というか。

作り出すもの、特に作詞にも大きな影響がありました。それまでは内面――自分の中にあるトラウマや、どうしてうまくいかないんだろうという投げやりな気持ち――を吐き出すように書いていました。そのまま溜め込んでいると壊れちゃうから、発散する。でも、そんな風に音楽を「使う」のではなく、自分は音楽の中にいるから大丈夫、という感覚になったのです。自分は常に音楽の中に取り込まれていて、まるで一枚の温かい毛布の中にいるような。そんな風に音楽を見るようになったのかもしれません。

――多くのアーティストとの共演やコラボ作品も話題となりました。

声をかけてもらって、それをお受けする形で色々な方と共演してきましたが、実はデビューしたばかりのころは、私が師匠と仰ぐ山田庵巳さんの曲と山田さんに勧めてもらった曲しか知らなくて。音楽業界にまったく興味がなかったのです。細野晴臣さん主催の音楽イベント「デイジーワールドの集い」に出演したときも、ほかのミュージシャンにお会いしても誰が誰だか全然わからない。そんな中、「僕、小山田圭吾って言うんだけど」と小山田さんが声をかけてくれました。その後、雑誌の企画で小山田さんと内橋和久さんとセッションすることになり、そのスタジオに原田郁子さんとSalyuさんが見にきていて、どんどん先輩たちが声をかけてくれるようになりました。

失礼なことに当時はどの方もまるで知らなかった。お会いしてからその人の音楽を知る、みたいな。たとえば七尾旅人さんのコンサートに原田郁子さんがゲストで出ていて、お話しして仲良くなっていく中でクラムボンというバンドをしていると知る、といった具合。共演したほとんどの方との出会いがそんな感じだったので、目の前で様々な音楽がまるで花火のようにパーっと弾けるようでした。そんな新鮮な経験ができたのは、知識がなくまっさらな中で出会えたからだと思っています。

でも、大貫妙子さんだけは違いました。山田庵巳さんが大貫さんのトリビュートアルバムに参加したことがあったので、大学に行くバスの中で大貫さんのアルバムをいつも聴いていたのです。だから、ご一緒したときは緊張しすぎて「棒」になっていました(笑)。楽屋でも上手にお話しできないでいましたが、ふっと「なにごとも続けなきゃダメよ」と声をかけてくれて。

細野さんとNHKスタジオでセッションしたときもそうでした。スタッフの数がとても多く、シーンとしたスタジオで一発録りをすることになっていて、ものすごく緊張して。思わず細野さんに「どこのパートを分けて歌えばいいですか?」と相談したのです。すると一言。

「自由にやって。じゃないと音楽がきらめかないから」

身体(からだ)中の力がふわっと抜けて、もう大丈夫と。まるで魔法にかかったようでした。細野さんのこの言葉も、大貫さんがかけてくれた言葉も、お守りのように心の中にずっと残っています。

人はみんな大きな管の中にいると思っています。細野さんや私は音楽という一つの管の中にいて、その管に流れているものを長く、深く知っている人が授けてくれるエネルギーは、無意識のところでとてもサポートしてくれる。私がもう少し年齢を重ねて勉強していけば、なぜあのタイミングでこういうことを言ってくれたのかがわかるようになると思うのですが、よくわからないひよっこのときからちゃんと支えてくれていました。大きな管からのエネルギーのようなものをいつも、私は感じています。

縁や勘みたいなものでジワジワとつながっている

――昨年でデビュー10年。演劇作品の劇伴を担当したり、また、ご自身が役者として出演したりするなど、多彩に活動されてきました。それは音楽の延長線上にあるものなのでしょうか、それともあえて違うことに挑戦しようと?

風まかせで、向こうからやってきたものを受け入れて……という感じです。これをこなしてこうなるぞ、といった意気込みは、お引き受けした時点ではありません。終わってから気づくことがほとんどです。ただ、そうした巡り合わせは、突然降りかかってくるものではなく、縁や勘みたいなものでジワジワとつながっているように感じています。

「ここ」という転機があったかはわからないのですが、昨年12月にリリースした新作アルバム「アダンの風」は、2015年に参加した、ひめゆり学徒隊から着想を得た演劇作品「cocoon 憧れも、初戀(はつこい)も、爆撃も、死も。」が、大きな力を授けてくれたと思っていて。その力を受け、30年生きてきた一瞬一瞬を走馬灯のように思い浮かべながら、「アダンの風」を作っていきました。

――「アダンの風」はどんな風に生まれたのですか?

去年の1月にギター1本でのソロ公演をしたのですが、終わった後、どこか静かなところでひとりで考える時間を持とうと思いました。なんとなく沖縄に行こうと。なんとなくと言いましたが、ひめゆり学徒隊に着想を得た「cocoon」のときのいろいろな思い出が自分の中につながり、沖縄に呼ばれた。そんな感覚でした。

今回、作曲と編曲をしてくださった梅林太郎さんと話をする中で、「曲を作る前に、アルバムとしてのプロットがあったほうがいい」と。それを頭に入れて沖縄へ向かいました。とはいえ何をするでもなく、港の宿から毎日ぼーっと船を眺めて過ごしていました。写真家の小林光大さんが合流してから、島の中を巡ったり離島に行ってみたり。そこで私は初めてアダンという植物の存在を知りました。と同時に「アダンの風」という言葉が浮かび、次の作品の名前は「アダンの風」になる……。不思議とそう思ったのです。

本島に戻り、居酒屋で食事をしているとき、突然たくさんの「クリーチャー」たち――夜光虫のような発光生物のような――が体の中に入り込んでくるような描写が浮かびました。テーブルの上にあった料理や泡盛のグラスを慌てて押しのけ書き始めたのが、「その島には、言葉がありませんでした」から始まるプロットでした。

――そのプロットをもとにした「架空の映画のためのサウンドトラック」が、今回のアルバムのテーマです。意図、込めた気持ちは?

ひとりで弾き語りをするときでも私の中ではバックにオーケストラの音が鳴っていて、梅林さんとはその感覚を具現化したいという話はしていました。「アダンの風」は、「南の島の少女とクリーチャーの話」とわかりやすいストーリーになっていますが、それはどこか遠い島のお話ではなく、今を生きている私たちの物語でもある。

「こんな風に聞いてほしい」という思いは、正直ありません。でも、心の中にあるオアシス、何かが湧いてくる場所、光が灯(とも)っている部分をそれぞれの島として、そこに向かって航海に出る。あるいは、自分という海の中に潜る。トラウマに触れることもあるかもしれないけれど、でも、その先にきっと何かがある。そんな風に広い海にひとりで漕ぎ出そうとする人たち、深く潜ろうという人たちの物語の背景の音楽でありたい、お守りのようなサウンドトラックになるといい。そう願っています。

デビューから10年、境界線を感じない何かを作りたい 青葉市子さん(後編)
「アダンの風」(CD)
2020年12月2日(水)発売/3300円(税込み)詳しくはこちら

「アダンの風」を経て感じること

――2020年から人々はコロナ禍で経験したことのない苦難に直面しています。そんな中で生まれた新作。作品に寄せる思い、聴く人に伝えたいメッセージはありますか?

そうですね……。街が静かになったり、家にいる時間が長くなったりして、私は逆に感覚が開いたように感じています。都会には音が多すぎて、すべてを聞いていたら多分変になっちゃう。だから、自動的に耳が閉じるシステムができていると思っていて。静かになることで本来の耳が開いてくる。視覚も、皮膚の感覚も。すると、普段は聞こえなかった自分の中の声も聞こえてくる。そういう貴重な経験ができた。私もこの環境、この時代にあったから「アダンの風」を作ることができた。

今生きている私たちが寿命を終えて、砂浜の一粒、海のプランクトン、雨のひとしずくになったあとに、その世界で生きているだれか。それは、人じゃないかもしれない、クリーチャーなのかもしれない。「アダンの風」は、2020年に産み落とされた作品ではあるのですが、未来の世界と混じり合える何かを作れたのかなと思っています。

「私」と「あなた」でいられるのはごく限られた時間だけ。300年経ったら誰も生きていないし、そのときにはみんな同じ雨粒になっているかもしれない。「個」は大切だけど、個を尊重しすぎると「私はこうだけど、あなたは違う」となって、行きすぎると差別にだってつながってしまう。そういうものがふわっと砕けて、境界線を感じない何かを作りたい。これからも作品を作るエネルギーの源はそこにあるんじゃないかと、「アダンの風」を経て、今、とても強く感じています。

――これから先、どんな風景が見えていますか?

風に乗るだけと思っています。身を軽くして、あまりぐーっと力んで立とうとせず、風が強いときには乗ってみる。自由に、なにごとにも興味を持って楽しむ。それを続けて長生きしたいなぁ、と思います。

    ◇

青葉市子(あおば・いちこ)
2010年にファーストアルバム「剃刀乙女」を発表以降、これまでに6枚のソロアルバムをリリース。うたとクラシックギターをたずさえ、日本各地、世界各国で音楽を奏でる。近年は、ナレーションやCM、舞台音楽の制作、芸術祭でのインスタレーション作品発表など、さまざまなフィールドで創作を行う。活動10周年を迎えた2020年、自主レーベル「hermine」(エルミン)を設立。体温の宿った幻想世界を描き続けている。12月2日 、“架空の映画のためのサウンドトラック”としてニューアルバム「アダンの風」を発売した。2021年6月21日には渋谷Bunkamuraオーチャードホールにて、アルバムの録音に携わったメンバーと共に室内楽編成によってコンサートを開催。
公式サイト https://www.ichikoaoba.com
レーベルサイト「hermine」 https://hermine.jp/

Bunkamura オーチャードホールで「アダンの風」記念コンサート「Ichiko Aoba “Windswept Adan” Concert」を開催
デビューから10年、境界線を感じない何かを作りたい 青葉市子さん(後編)

“架空の映画のためのサウンドトラック” をコンセプトに制作された最新アルバム「アダンの風」。昨年12月の発表以降、国内外で高い評価を更新し続けている。そこで、6月21日(月)にBunkamura オーチャードホールで「アダンの風」の記念コンサートを開催する。コンサートでは、アルバムの色彩豊かな音楽表現を、録音にたずさわった多くの音楽家たちと共に、室内楽編成によって再現。これまで1人の弾き語りコンサートを積み重ねてきた青葉市子にとって、あらたな一歩を刻む挑戦だ。当日はコンサートを生配信する予定(アーカイブ鑑賞も可能)。コンサートを会場と配信で楽しめる。

「アダンの風」のレコード発売決定! また、コンサート開催に合わせて、国内外より待ち望む声の多かった「アダンの風」のレコードを発売する。

先行発売:6月21日(月)Bunkamuraオーチャードホール、青葉市子webshop
一般発売:7月7日(水)※ 予約方法を含めた詳細は後日発表

<公演情報>
Ichiko Aoba “Windswept Adan” Concer

公演日:6月21日(月)
会場:Bunkamura オーチャードホール
開場:17:30 開演:18:30
料金:6600円 (税込み) *全席指定

参加ミュージシャン:青葉市子、梅林太郎、梶谷裕子、銘苅麻野、須原杏、平山織絵、水谷浩章、多久潤一朗、朝川朋之、角銅真実

特設サイト:https://hermine.jp/windsweptadan/

チケット一般発売:4月26日(月)10:00~
主催:ホットスタッフ・プロモーション
企画制作:hermine / PIANO INC. / ホットスタッフ・プロモーション

問い合わせ先:ホットスタッフ・プロモーション
03-5720-9999(平日12:00〜15:00)
https://www.red-hot.ne.jp/

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