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上間常正 @モード
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忘れてはいけない記憶とは? エルメスの新店・表参道店が示すこと

東京・表参道で2月にオープンしたエルメスの新店を見て、色々と考えることが多かった。古さと新しさが繊細に同居していて、時の流れと現在の関係はどうなっているのか。そして過去とはいったい何なのか? そんな思いへの誘いと、答えのヒントが詰まっているように思えたからだ。この店では古さと新しさ、ファッションの言葉で言えば、フランスの高級ブランドの伝統と現代性が、フランスと日本の熟練の手仕事を駆使した独特な形で表現されていた。

忘れてはいけない記憶とは? エルメスの新店・表参道店が示すこと

エルメス表参道店(夜景)(ブランド提供 ©Nacása & Partners Inc.)

表参道の幅広の歩道からこの店舗建物を見ると、かつて土留(つちどめ)として築かれた1階部分の高い石垣とステンレスの柵(さく)との組み合わせが目に付く。夜になると、石垣を覆う柵は背面に仕込まれた間接照明によって、竹林の影のように見える。だが、この竹林の金属的な質感と抽象的で立体的な構成の仕方は、とても現代的。歴史的遺物としての石垣とのコントラストが、店全体の性格を暗示しているように思える。

忘れてはいけない記憶とは? エルメスの新店・表参道店が示すこと

1階部分の石垣と柵(ブランド提供 ©Nacása & Partners Inc.)

店は1、2階で構成されていて、中に入ると1階フロアの中心近くにある木でできた階段が目を引く。この階段は竹林の構成とは逆に、有機的なカーブを描いている。両側の手すりは、日本の職人技でそれぞれ1本の木がゆるやかに折り曲げられている。木は階段の素材としてはとても軽いので、途中にはあるはずの支柱がない。階段の吹き抜けには竹工芸作家・本田聖流氏のメビウスの輪や雲の形から着想した竹の“彫刻”が展示されていて、不思議な浮遊感を覚えさせる。

忘れてはいけない記憶とは? エルメスの新店・表参道店が示すこと

2階への階段(ブランド提供 ©Nacása & Partners Inc.)

1、2階の売り場フロアは、エルメスの服や馬具、スカーフ、バッグなどのアクセサリー類、香水や家具類などほぼ全部の商品が、メンズとレディースに分けて配置されている。しかし配置の仕方がゆったりしていて、なにげなく座れるソファや椅子が所々に置かれているためか、店内に長くいてもリラックスして落ち着いた気分になる。商品の中には日本の伝統的な手業(てわざ)による品との色濃い共通性が感じ取れるものが多いせいもあるのではないか。

時間は過去から現在、未来へと進んでいく。その中で新しいものが次々と生まれ、古いものはなくなっていくと、私たちはともすればそう思いがちだ。しかしたとえば、ちょっと身の回りを見てみるだけで、古くからあったような形の道具や物はいくらでもある。箸や爪楊枝(つまようじ)、扇子(せんす)、トンカチやノコギリ……。古い掛け時計といったような、今でも使われている道具もある。

忘れてはいけない記憶とは? エルメスの新店・表参道店が示すこと

エルメス表参道店の売り場スペース(ブランド提供 ©Nacása & Partners Inc.)

忘れかけているものの輝き

身の回りのものに限らず、音楽や匂い、哲学、道徳といった目にみえないものも含めて、いまあるものは、過去の膨大な作業や記憶の積み重ねによって成り立っている。そう思うほうが、よほど当たり前の感覚と言ってよいだろう。その一方で、忘れられ消えたものがそれ以上にあるはず。エルメスというブランドとその製品は、効率や利便性などに慣れてしまって忘れかけているものの輝きを、否定しがたい魅力的な形で思い起こさせる代表的な例だとも言える。

エルメスは、馬具職人だったティエリー・エルメスが1837年に高級馬具の製造工房を開いたことでスタートした。移動手段が馬から汽車、自動車へと移った時には、馬具からトランクやバッグ、軽やかなスカーフ、革のアクセサリー、時計、香水など、時代の変化を先取りした新製品を開発し、新事業も開拓してきた。その一方で、最高の素材と職人の手業による品質の卓越した高さを追求する姿勢を固持してきた。製造だけではなく経営での独立性を維持するために、現在まで6人の社長は、例外なく家族に限る実質的な家族経営の形を取り続けている。

忘れてはいけない記憶とは? エルメスの新店・表参道店が示すこと

エルメス2021年春夏の新作(ブランド提供 ©Nacása & Partners Inc.)

表参道店は、2001年6月にオープンした銀座店に次ぐ、東京での本格的な専門店。6代目のアクセル・デュマ・エルメス現社長は竹林のモチーフについて、竹は日本へのシンパシーを象徴している、と説明している。「竹という優美な植物は、このブティックに唯一無二の個性を与え、日本特有の『包む』、『結ぶ』という所作や美学を思い起こさせます」とも。

エルメスの現代化を積極的に推し進めた5代目の故ジャン=ルイ・デュマ・エルメス社長は、銀座店について「国外に初めてエルメスのメゾン(家)を作ることが最大の目的で、それは日本以外の地は考えられなかった」と生前のインタビューで語った。

パリや東京での何度かのインタビューで彼がよく口にしたのは、「日本とフランスには伝統的な職人技術を強く重んじる点で、深い共通性がある」「遠く離れているのに、職人技で作ったものを深く理解し合えるのは、世界中でこの二つの国だけなのです」との自信に満ちた言葉だった。他の国の人にはあまり聞かれたくない内緒話だな、とは感じつつも、同感の思いだった。

忘れてはいけない記憶とは? エルメスの新店・表参道店が示すこと

エルメス2021年春夏の新作(ブランド提供 ©Nacása & Partners Inc.)

最高のものを追究することで得られるもの

エルメスは手工芸品としての質の高さにあくまでこだわり、素材も世界でも最上級のものしか使わない。どんなに注文が来ても、できる数しか作らなかった。そうした少量生産の姿勢は20世紀に入ってから急速に進んだ大量生産・消費システムとは原則的に対立するものだったが、そのやり方でできた本物としてのオーラ(輝き)があった。大量生産によって多くの人々がファッションを楽しめるようになったことは事実だろう。しかし、最高のものを追求することによって得られる感動や喜びを知らずに、それほど努力をせずに得られるもので本当に満足できるのだろうか?

エルメスのやり方が今後どう展開するのかは、まだ分からない。しかし、新しいものを生み出す力は、過去への向き合い方にかかっているのではないか。それがエルメスというブランドが示す最も大切な教えなのではないかと思う。

今回の表参道店オープンに伴い、『新版 エルメスの道』(竹宮惠子著、中央公論新社)が発行された。この本は漫画本で、銀座店の開店を機にエルメスの歴史とそこに流れる考え方をマンガという形で説き明かす企画だった。銀座店以後の展開を新たに付け加えて新版という形で発行したもの。

エルメスでは、ブランドの創設以来の業績を文章で書かれた社史はなかったという。あくまでも作り出した製品によって理解してもらえればいい、との考え方だったのだろう。フランスでは「MANGA」がそのまま通用しているというが、それも一つの新しい文化としてエルメス社が理解している証(あかし)なのかもしれない。竹宮さんは1968年にデビューしてから漫画家として活躍したが、エルメスからの依頼で漫画の“社史”執筆を機に2000年からは大学教授に転身した。

この本を読んでみると、漫画という表現は極めて正確な実物資料が必要で、同時にエルメスの大きな展開期にこのブランドの社長をはじめスタッフの人々がどんな思いだったのかが、漫画に描かれた表情や台詞(せりふ)で視覚的によく分かる。これもまたエルメスらしい表現の一つなのだ。

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