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スペシャリストたちの美意識
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「TAKUMI」尾崎修一 その身体に託された、レクサスブランドの保守

野呂美帆撮影

大衆車の世界的な成功とは裏腹に、価格帯が高くなるほど海外では大きな存在感を示せていない日本の自動車メーカー。そんななか、トヨタの「レクサス」はジャーマンスリー(BMW、ベンツ、アウディ)などのプレミアムブランドがひしめく舞台で戦う、数少ないラグジュアリーブランドだ。

乗り心地、素材の質感、走りの楽しさを生み出すチューニング、デザイン――これらブランドの生命線となるものを厳しくチェックするのが、レクサスの尾崎修一。全身をセンサーのように働かせ、目の前の車種が「レクサスらしさ」を体現しているか、あらゆる角度から目を光らせる。

「自分の乗りたいものをつくっているわけではない。俯瞰(ふかん)の視点が大事」と話すが、自身の感性を生かす仕事において、主観と客観はどう両立し得るのか。尾崎の仕事の奥義に迫る。(敬称略)

PROFILE
尾崎修一

車両技術開発部 第1車両試験課 LEXUS TAKUMI。 MR2、スープラ、アルテッツァ、LEXUS IS、同GSなど、入社から一貫して車両総合性能評価に携わる。2013年からLEXUS TAKUMIの称号を受け、すべてのレクサス車の静的、動的、性能全般の評価を担当。ブランドの統一性能を目指した「味づくり」を担う。

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デザイナーでもエンジニアでもない「TAKUMI」とは?

「TAKUMI」尾崎修一 その身体に託された、レクサスブランドの保守

「どうですか? 走ってみたい、という気持ちが途切れることはありませんでしたか?」

そう言われてはじめて気がついた。ドアを開けてからシートに腰を沈め、顔を上げ、目の前のステアリングホイールに手をかける――一連の動作に無駄がなく、意識が散ったり視線が泳いだりする隙がない。自然と顔が前方を向き、手がエンジンスタートボタンに伸びる。

うれしそうに声をかけるのは、レクサスインターナショナルの尾崎修一。彼を含む開発チームが2020年に発表したラグジュアリークーペ「LC500 Convertible」を前に、彼は話を続ける。

「運転席部分のボディーの車幅は、後部座席部分に比べて数センチほど内側に絞られています。このわずかな“くびれ”によって、ドアを開け、シートに乗り込むまでの動作がスムーズになります。顔を上げたときに単眼スピードメーターが視線の前方にくるように置いたのも、余分なスイッチをそぎ落とした内装も、すべて『走りたい』という気持ちに水を差さないためのものです」

「TAKUMI」尾崎修一 その身体に託された、レクサスブランドの保守

なめらかにデザインの説明をする尾崎は、車のボディーや内装の設計を担うデザイナーでも、技術・性能面を担うエンジニアでもない。彼の名刺に刻まれた肩書は、レクサスが独自に配置する「LEXUS TAKUMI」だ。

1989年に北米で誕生したレクサス。この30年は、ドイツをはじめとするラグジュアリーカーブランド勢との熾烈(しれつ)な競争のなかで、レクサスの固有性をどう定義し、どう表現していくかを問い続けてきた歴史といえる。

その「ブランドを定義し、表現する」責任者として、2005年、レクサスの国内展開を機に「レクサスマイスター」という役職が創設。後に「TAKUMI」に名称を変え、その3代目の「LEXUS TAKUMI」に当たるのが尾崎だ。

「TAKUMI」尾崎修一 その身体に託された、レクサスブランドの保守

TAKUMIの役割は、車のデザインや機能がレクサスの世界観を体現しているか、「ドライバーの目線」で総合的かつ客観的に評価するものだ。

「たとえばメーターパネルを開発する際、デザイナーは意匠に、エンジニアは機能にそれぞれフォーカスします。ところが、デザイナーが設定した配色や表示の大きさが高速走行における瞬読性の不足を招いてしまうなど、部分最適がドライバーにとっての最適解にならないことがあります」

「そこで、車体のデザインモックから試作車のテストドライビングや内装のスイッチ一つにいたるまで、ドライバーの目線でチェックし、感じたことを開発ラインにフィードバックしていく。それによって、全体的な『レクサスらしさ』の調和を図るのが私たちの役割です」

レクサスのような高級車ブランドにとっては、見た目の美しさやスタイリッシュさ、加速度などの走行性能はもちろん重要だ。しかし、それらの要素が調和してはじめて「味」が生まれる。有名ホテルの総料理長がフルコースの「味」に責任を持つように、レクサスブランドの「味」の統一と方向づけを担うのがTAKUMIである尾崎のミッションだ。

車を評価する自分の「主観」を、俯瞰で客観視する

TAKUMIとしての業務は多岐にわたり、平均的なルーチンといえるものがほとんどない。

「朝から一日中、企画コンセプトを考える日もあれば、ひたすら試作車に乗ってテストドライブを繰り返す日もあります」

尾崎が紹介してくれた、ある一日のスケジュールは次のとおりだ。

・新型車のドライビングポジション(シートに着座する際の姿勢や位置)に関する対策会議
・ブレーキフィーリングが改善された試験車に乗り、TAKUMIとしての評価をコメント
・次世代車両のコックピット構想に向け、レクサスが大切にするインテリアの「ありたい姿」を検討

「時には、ステアリングホイールや運転席のカップホルダーの模型を自分で作って、使用感をテストしたりもします。そのくらい、TAKUMIの仕事は幅が広い。レクサスの“味づくり”のためなら何でもやりますよ(笑)」

「TAKUMI」尾崎修一 その身体に託された、レクサスブランドの保守

TAKUMの仕事は実に繊細だ。ドアを開ける、エンジンをかける、アクセルを踏む、ブレーキをかける――運転における一連の動作のなかで、目、耳、手など全身から伝わるすべての感覚的な情報をキャッチし、具体的な言葉に変換してデザイナーやエンジニアに伝えていく。

その仕事において、尾崎は自らにひとつの規律を課している。「車の評価に主観を介在させてはいけない」ことだ。これまで膨大な数のテストドライビングを通じて、「主観的な『感覚』を客観視する」スキルを身につけたという。

「レクサスとはこうあるべき、と一人称で語れるのは、マスタードライバーである豊田章男(トヨタ自動車代表取締役社長)だけです。私の役割はあくまでマスタードライバーが考える『自分やお客様が体現したいレクサス』を忠実に再現すること。私が『自分が乗りたい車』と言ったら、それはレクサスではなくなるのです」

レクサスの価値を「すっきり」と「奥深い走り」で表現

「TAKUMI」尾崎修一 その身体に託された、レクサスブランドの保守

尾崎は「レクサスらしさ」を「すっきり」と「奥深い走り」という二つのキーワードで表現する。

「『すっきり』とは、雑味を取り除き本質を追求するということです。ステアリングを切ればリニアで素直に動く、そのクルマの動き方に一切の無駄がない。また余計な振動や騒音が、必要な情報を遮らないことです。たとえばステアリングを切る際に、路面とのコンタクトから雑味のない正確な振動や操作力が手に伝わることで、クルマと会話しながら操れる心地よさを体感することができます」

一方の「奥深い走り」とは何か。

「レクサスは、パーツの一つひとつが『走ってみたい』という感情を途切れさせないために、細部まで考え尽くして設計されています。その設計や技術の思慮深い『奥深さ』を表しています」

たとえば、ステアリングホイールの形状ひとつとっても、繊細なこだわりが隠されている。

「ホイールをつかむときの手首の角度は、例えば12時の位置と3時の位置では微妙に違いますよね。通常のホイールの形状だと、つかむ位置によって手のひらや指とホイールとの接地が均一でなくなり、路面からの正しい情報が伝わりにくくなります。そこで、レクサスでは12時の位置から3時にかけて、少しずつ外側に向かって“ひねり”を加えています」

「TAKUMI」尾崎修一 その身体に託された、レクサスブランドの保守

言われなければ気づかないほどの、わずか数ミリという世界。だが、これによって路面から手指に伝わる情報がクリアになり、ホイールを握る手首のストレスも軽減されるのだ。このホイールの形状も、尾崎が自ら試作を重ねて生み出したものだ。

「奥深さ」には、もうひとつ「懐の深さ」という意味も込められている。

「スポーティーに寄りすぎてしまうと、運転が苦手な人には威圧感を与えてしまいます。逆に、汎用(はんよう)性を重視しすぎると、運転好きの人には物足りなさを感じさせてしまう。レクサスが目指すのは、そのいずれでもありません」

プロのドライバーであっても、運転が苦手な人であっても、平等に心地よいドライブ体験を提供したい――二兎(にと)を追うようだが、どんなドライバーをも受け入れ、人に依(よ)らず、路面を選ばず、環境を問わない懐の深さこそ、尾崎が求める「奥深さ」だ。

「Boring」と言われた屈辱を乗り越える

レクサスには、屈辱ともいえる過去がある。2011年、アメリカのモーターショーで満を持して発表したグランドツーリングセダン「GS」が、試乗した一人のジャーナリストに「Boring(つまらない)」と酷評されたのだ。

この出来事を機に、それまで高級車ブランドの中では「地味でおとなしい」イメージを持たれていたレクサスの“脱・Boring”を目指す挑戦が始まった。2012年、トヨタのレクサス部門は「レクサスインターナショナル」として独立。その翌年の2013年、尾崎は3代目のTAKUMIに任命された。

そして、開発チームを震撼(しんかん)させる“事件”は起こる。チームが総力を結集して作り上げた「LC」の最初のデザインモックが、尾崎の前に披露された。

「そのモデルは本当に格好よかったんです。内装も豪華で、先進的で……でも、ドライバーの感覚で見たときに『どうしても走る気になれない』と言ったんです。これはマスタードライバーも同意見でした」

「TAKUMI」尾崎修一 その身体に託された、レクサスブランドの保守

この尾崎の発言に、開発チームは騒然となった。“脱・Boring”の重責を担ったLCのプロジェクトチームが、デザインをゼロから構想し、組み上げるまでの努力を思うと、現場の空気が凍り付くことは容易に想像できるだろう。

しかし、尾崎は「ここから、私たちTAKUMIとチーフエンジニアとがお互いをリスペクトし、深く対話する活動が生まれました」と当時を振り返る。

「LCの開発を統括したチーフエンジニアの佐藤(恒治/現・レクサスインターナショナル プレジデント)にも『ドライバーが本当に気持ちよく運転したくなるような車を目指したい』という思いがあり、私の発言を尊重してくれました。一度組み立てたデザインを白紙に戻して、原点から積み上げ直してくれたんです」

一連のやり取りの末に完成し、2016年の北米モーターショーで披露された「LC500」。当時CBOの豊田章男は、「BORING LEXUS」と書かれたスライドの「BORING」の上に取り消し線を引いてスクリーンに映し出すプレゼンテーションを演じた。

「TAKUMI」尾崎修一 その身体に託された、レクサスブランドの保守
豊田章男社長=2021年1月6日午後1時すぎ、ラスベガス、尾形聡彦撮影

「レクサスらしさ」に唯一絶対の解はない

尾崎は毎週末、居合道の道場に足を運ぶ。「LC」の開発に際して、レクサスにこびりついていた「Boring」のイメージと決別する必要から始めたものだ。

「結局、車を開発するのは人です。その人が変わらないと、車も変わらないのは当然のことですよね。自分自身もこれまでの延長線上で開発に携わってはダメで、何かブレークスルーをする必要を感じていたんです」

鉄の強靭(きょうじん)さとしなやかさが同居する日本刀の美しさ。刀匠の技が醸し出すものづくりの奥深さ。優雅で無駄のない居合の所作――これらは、レクサスが追求するラグジュアリーの価値観にも通じると尾崎は語る。

「レクサスが大切にしている考え方で、静と動の『二律双生』があります。例えば、まっすぐに走らせる直進性能を追求することによって、コーナリング性能の鋭さが際立つことがあります。このように、一見相反する静と動が互いに引き立てながら美しさを醸し出す営みは、居合道をはじめ日本の武芸に通じるものがあると考えています」

尾崎は自身の感性を磨き続ける一方で、特定の考えに固執せず、むしろ異論を歓迎する。もちろん、周囲の意見に耳を傾けながらも、最終的には自らの“味覚”を頼りに「レクサスらしさ」の方向性をジャッジする。

そのプロセスについて、本人は「客観視を超えた先に行き着く主観、とでも言うのでしょうか(笑)」と独特な表現で説明する。

「例えば、シートのクッション材の硬さを検討する過程で、『しっかりとした硬さがほしい』『心地よい柔らかさがほしい』と、相反する意見が出たとします。その場合、双方の不満を最小化するために、その中間の特性を選択しがちですが、それではレクサスの独自性にはつながりません。双方を満足させる方法を考えながらも、最終的にはレクサスの『奥深さ』につながる解を模索するようにしています」

客観と主観。寛容とストイック――相反する両者を常に行き来しながら、その交差するポイントに「レクサスらしさ」の解を追い求める尾崎。この思考プロセスの中にも、レクサスが大切にしている「二律双生」の価値観が表れているのかもしれない。

(文=堀尾大悟 撮影=野呂美帆)

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