働きたい人200人待ちの茶園 誇りを胸に働くということ

写真家・石野明子さんが光の島・スリランカで見つけた、宝石のようにきらめく物語を、美しい写真と文章でつづる連載です。第11回では、上質な紅茶を生みだす茶園を訪れます。人材不足が深刻なスリランカの紅茶産業にあって、働きたい人が後を絶たない、そのわけは……?
「マンゴーツリーの橋の村」という可愛らしい名前のアンバダンデガマ、かつて谷にマンゴーの木を渡していたそうだ。世界三大銘茶の一つとされるウバ茶の産地でもある。その場所になんと働きたい人200人待ちという茶園がある。
その名はアンバ茶園。1983年に一度閉鎖された茶園がイギリス、アメリカ、イタリア、ウズベキスタンと多国籍の4人の経営陣によって2006年にその姿を変えた。

茶摘みの仕事は植民地時代の名残か人件費が安く、日給は今でも約650円ほど。きつい肉体労働ということもあり、紅茶で有名なスリランカながら敬遠される仕事と言える。かつてスリランカは世界で紅茶の生産量1位を誇っていたが、人材不足が深刻な問題で現在は4位となっている。識字率が高く、人口が少ない現代のスリランカにおいて、量で世界と勝負するために労働力を安く確保することは、現実的ではない。そんな状況と、アンバ茶園は一線を画す。
「茶摘みをしている若い人を見たことがありますか? ないでしょう? 安い日当でロボットのように働くのでは、未来に希望が持てないからです」と話すのは、ここアンバ茶園で品質と生産管理を担当するニータンジャナ・セナディーラさん(29歳)。ニータンジャナさんはこの村の出身だ。幼い頃から紅茶産業に携わる人々を多く見てきた。

今ではティーテイスターの資格を持ち、日々より良い紅茶作りを目指すニータンジャナさん、実は大学での専攻は人類学と社会学だった。「(スリランカでは)残念ですが自殺率がとても高いのです、若い世代では特に。どうしてそうなってしまうのか、どうしたら人々をポジティブに出来るのか、幼い頃からずっと知りたかった」と語る。
2012年、コロンボにある大学に在学中、地元に新しい試みの茶園があることを知り、インターンを申し込んだ。その新しい試みとは、大規模農園として世界の紅茶生産国と張り合うのではなく、質のみを追求すること。持続可能な事業を実現するために工場では国内で手に入る機材、什器(じゅうき)を使用すること。そして利益を必ず労働者へ還元する、というものだ。
6カ月間のインターン期間は驚きの連続だった。アンバ茶園では、紅茶製造のそれぞれのプロセスと目的を必ず従業員と共有していた。そして品質向上のための意見交換は立場の上下に関係なく、頻繁に行う。幼い頃から見ていた紅茶産業に関わる人たちと、明らかに従業員たちの表情が違っていた。

「何か新しいことが起こっている」。ニータンジャナさんはここで働きたいと申し出た。製茶業に関する知識はまだ心もとない。だがこの茶園と従業員の人々と一緒に成長していきたいと思った。2013年、大学を卒業したニータンジャナさんは、胸を高鳴らせて村に帰ってきた。そしてもっとアンバ茶園のためになるようにとティーテイスターの資格を取得した。
みんながスペシャリスト
他の農園では規模の大きさ、つまり量が優先される。茶摘みの人々はいかに多くの茶を摘むかが大事で、そこに意見は必要とされない。だがアンバ茶園では……。「本当に質の良い茶葉だけを摘むようにしています。他の農園では1日に1人で15kgくらい摘みますが、ここでは300g、もっと少ないことも。でもそれでいいのです」

アンバ茶園で紅茶栽培が本格化し始めた頃、従業員からはクレージーだ、利益が出るはずがないと批判も多くあったと言う。しかし経営陣は、目指すはアンバ茶園唯一のオリジナリティーだということ、そして従業員一人一人も紅茶のスペシャリストとして大事な存在だということを伝え続けた。
「誰がどのエリアで、どんな天候の下で摘んだのか、どのように乾燥、発酵させ出来上がったのか、従業員にデータ入力を任せ、紅茶の出来を共有しています。私がティーテイスティングするときは皆ドキドキしながら私の表情を見つめていますよ。そしてそれをもとに彼らが『茶葉の摘み時をこうしてみよう』『こんな風に発酵時間を調整してみたらどうか』と上げてくるアイデアが品質向上のためにとてもありがたいのです」とニータンジャナさんは話す。ただ上の指示通りに動くのではなく、責任と創意工夫が必要とされる。それは心を持つ一人の人間として信頼されているということでもある。

厳選され摘まれた茶葉をさらに選(よ)り分け、萎凋(いちょう〈茶葉の水分を飛ばすこと〉)を経て、慎重な力加減で手もみをすることで酸素との融合を促し、発酵でうまみを増幅させる。アンバの紅茶作りは人間の持つ繊細な感覚を頼りに、全てが手作業で進められる。そうでなければアンバ茶園の紅茶は出来上がらない。品質向上への努力はやむことはなく、今では誰もが一度は名前を聞いたことがある世界的に有名な紅茶専門店がアンバ茶園の紅茶を切望している。
希少価値が高い風味豊かなアンバ茶園の紅茶は、売り上げが年々伸びている。売り上げの10%は従業員にボーナスとして還元され、さらにまた10%が従業員の家族の突然の病や教育費、祭事などのための基金として金利なしで貸し出せるよう積み立てられている。

努力した分、自分たちに返ってくる。それはスリランカの紅茶産業では当たり前のようで、当たり前でなかったことだ。いまでは、やりがいのある仕事が出来るという評判が評判をよび、働きたいという希望者が後を絶たない。そして200人待ちというわけである。
紅茶がまとう物語
「他の茶園では考えられないけれど、私たちは紅茶作りの一切のデータを他の茶園にも開示しています。というのは、アンバ茶園だけでなく、ひいてはスリランカ全体で紅茶産業の在り方を変えていきたいと考えているからです。『茶園で働く』ということがステータスとなるような日が来ると信じています」
「紅茶は農産物、毎年必ず同じものが出来るとは限りません。でも逆に毎年違った驚きのある紅茶を提供することが出来ます。そのとき出来た茶葉の最高のブレンドを考え、皆の努力を形にする。ティーテイスターの腕の見せどころですね。ワインやチーズもその年ごとの楽しみがあるでしょう?」。アンバ茶園の紅茶はいつだって物語をまとっている。

ハードルが高ければ高いほど、ニータンジャナさんはワクワクしてしまうそうだ。「新しいことへの挑戦が大好きです。そして人も、生まれたこの地も。スリランカの人々が自分に誇りを持って生きられたら、きっといい未来になっていくでしょう。それには挑戦が必要です。もう植民地時代じゃない、自分たちの力で変えていかなくちゃ」
写真を撮りながら思った。皆すごくいい顔をしている。彼らの歩みはきっと少しずつ、だけど確実により良い未来へと進んでいる。自分たちの足で。
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通訳:KMCランカ
AMBA茶園