“常識外れ”のパンばかり! 流しの職人、次なる新店は/しロといロいロ

自分の店を持たず、転々と、必要とされたところで凄腕(すごうで)を発揮する「流しのパン職人」櫻井正二さん。人気ベーカリー「パンとエスプレッソと」の立ち上げにたずさわり、名食パン「ムー」を開発した人である。1年限定のベーカリー「クラマエノパンヤ」が閉じたあと、どこでなにをしているのだろう?と思っていたら、彼は芝浦にいた。昨年4月に移転再オープンした「しロといロいロ」。そこに並んでいたのは、他では見たことのないような、相変わらずの攻めたパンだった。

フランクフルトをふたつつなげたような形、いったいどんなパン? 「芽キャベツのバーニャカウダソース」にかじりつくと、ぱふっとしたエアリーな食感もろとも、中からまるごとの芽キャベツが出てきた。キャベツ汁がじゅわっときて、畑をほうふつとさせる青い香りとともに、相性抜群のアンチョビの旨味(うまみ)がどろり舌の上へ流れる。
名前の通り、ドライのイチジクがトッピングされた「イチジク」。その下に、ゴルゴンゾーラが隠れているなんて。青カビの香りと追いかけ合いをするはちみつの甘さ。パンはハード系の雰囲気。なのに、ふるっと震えながら、か弱く歯に蹂躙(じゅうりん)されるやわらかさは想定外。しかも、クルミ入りときて、こりこりと香ばしさが楽しい。イチジクとクルミとゴルゴンゾーラという定番マリアージュの、斜め上の再構成なのである。

「バゲット生地に太白ごま油をバシナージュ(できあがった生地に後から水分を追加する手法)、さらにバターミルクをバシナージュ。軽さと歯切れを出しています」
バシナージュといえば水を入れるのが普通。油脂に牛乳と2回も行うのも、常識外れの技である。
定番の「クリームパン」さえ尋常ではない。シューのように見えながら、白玉餅のようなぷにゅぷにゅっとした食感。そこに、ミルク味の勝ったごくごく飲めるようなクリームが流れ落ち、バニラ入りの生地とシンクロしながら溶けていく。

作るところを目撃した。湯種(小麦粉をお湯でこねて作る種)、大量のバターが入って生地はどろどろ。なんとも扱いづらい生地だが、そこから力技でパンへともっていくのだ。
冷蔵ケースの中のサンドイッチもなにか様子がちがう。食パンでもバゲットでもなく、四角くボリューミーなパン『豆腐マフィン』が具材を覆っている。大きなパンをスライスしたものではなく、1個のサンドに対し1個が使用される特別感ゆえに、つい手が出る仕掛けだ。
「豆腐と豆乳で仕込んだ生地を、型に入れて焼いています。植物性の材料だけで作ってビーガンの人も食べられるものにしました」

「豆腐マフィン サバのカレー風味と紫キャベツのマリネ」。スパイスをまぶしたサバの竜田揚げは臭みが完全に消えて、サバの脂とおいしい香りだけがあふれる。それを支えるように、豆乳の風味はゆっくりじわじわと広がり、トッピングのコーンもあいまって、予想をはるかに超える甘さの高まりとなる。
それにしても、次から次へこんなに新商品を出して、よく発想がつきないものだ。
「新しいものを作ろうと、頭の中がずっと動いている。食材が目に入ると、あれに合わせようこれに合わせようってすぐ思いつく癖がついているんですよね」

修練を積んだパン職人の頭脳は新製品自動開発マシンとなり、動きを止めることがない。あの名品「ムー」を超える「新芝浦食パン」も完成していた。ぷるぷるとしてひんやりした食パンの肌が、そのみずみずしさのあまり、はんぺんみたいに舌に張りつく。ミルキーでありながらまとわらないさわやかさはまるで高原の牛乳。あまりに口溶けがよいために、パンが溶けた液体が喉(のど)を流れ下る、その喉越しさえ牛乳のごとく。
「バターを使わず、バターミルクを使っています。今の自分のベストの食パン。でも、まだまだ伸び代があると思うんです」
流しのパン職人の、次の行き先は一体どこになるのか? それまでは、店内外に快適なイートインスペースをたくさんそなえた「しロといロいロ」で、コーヒーといっしょにこの人のパンを楽しもう。
しロといロいロ
東京都港区芝浦4-9-13 グランドプレシア芝浦 1F
03-6435-3375
8:00~21:00
水曜休
フォトギャラリーへ(写真をクリックすると、くわしくご覧いただけます)
「このパンがすごい!」紹介店舗マップ(店舗情報は記事公開時のものです)
池田さんからのお知らせ
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