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東京の台所2
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〈231〉Less is more. 三人目の伴侶が教えてくれた暮らしの精神

〈住人プロフィール〉
会社員・57歳(女性)
分譲マンション・2LDK・都営大江戸線 東中野駅
入居3年・築年数40年・夫(66歳・無職)との2人暮らし

    ◇

 まるで昨日引っ越してきたばかりのような、白くてものの少ないシンプルな台所だった。
 リビングも白いソファとテーブルだけ。清潔なレースのカーテンが風に揺れる。もうひとつの部屋には電子ピアノがぽつんと。背の高いアメリカ人男性が一心不乱にジャズを弾いていた。

 入居3年目にはとても見えない。コップや皿、調理道具は必要最低限。オーブンもない。冷蔵庫は小さな2ドアだ。 
 「彼も私も料理をしますが、冷蔵庫はこの大きさで十分。知り合ったときから偶然ふたりともベジタリアンで、肉も魚も買わないので野菜が入ればいいんです」

 ふだん使う調味料は塩、胡椒(こしょう)、酢、オリーブオイルのみ。メキシカン料理が得意な彼は、ときどきチリペッパーやハーブを使う。
 ふたりとも茶や酒を飲まず、100%レモン果汁に加水して愛飲している。

 「体が健康だと毎日が楽しい。そんなあたりまえのことをこの年になってあらためて強く実感しています」

 家電や家具が極端に少ないこと、健康のありがたさを57歳の今実感したことには理由(わけ)がある。

 彼女は3度目の結婚になる。それまで、二女を育てながら壮絶な日々を過ごしてきた。ふたり目の夫から逃れるため、着のみ着のまま娘と親戚の古びた空き家へ逃げこみ数カ月暮らしたこともあるという。

 一時は30キロ台にまで体重が落ち込んだ。いったいなにがあったのか。

〈231〉Less is more. 三人目の伴侶が教えてくれた暮らしの精神

「公共の支援機関に相談してもむだ」

 留学を経て外資系の企業を渡り歩いた。25歳で教員の男性と結婚後は家庭に入り、二女に恵まれ育児と家事に専念する。
 ところが3歳と5歳のとき、夫の浮気が発覚。相手は教え子で、思いつめた女性にストーキングされるなどして最後は警察沙汰に。

 「お相手の子は本当に好きだったんでしょう。既婚の夫が悪いので慰謝料をお支払いしました。けど3カ月後には交際が復活していて。支えるつもりでがんばっていたけれど、さすがにこの環境で子育てをするのは無理だと。まずは、娘たちを食べさせるために研究所の秘書職を得てパートで復帰。36歳で協議離婚しました」

 養育費はゼロだ。職も信頼も失った夫に払える余裕はない。派遣の通訳・翻訳の仕事を経て、社員採用に。とにかく懸命に働いた。
 「もう必死でした。ふたりの子の小学校の運動会も文化祭も何もいけなかった。ママ友から、うちの子が映っている写真を頂いて、ああこんなふうに頑張ったんだなってあとから眺めるだけ。子どもたちは口にはしませんがきっと寂しかったと思います」

 長女10歳、次女8歳のとき、人の紹介で研究者の男性と出会い、再婚する。
 「論文を書いているので静かにしてくれと言われ、子どもたちと息を潜めるようにして暮らしました。彼の研究を尊敬していましたし、私も翻訳を手伝って彼に褒められると純粋にうれしかった。秘書的な仕事にはない満足感がありました」

 だから娘たちへの抑圧に気づかなかった。夫がいるときは、テレビも笑い声も禁止。次第に次女に対する夫からの言葉の攻撃がひどくなり、大学受験の勉強中は、「あんな学校はバカの集団だ」と言い捨てたり、家庭教師を子どもの前で見下したりする発言が日に日に増えていった。

 長女は志望大学に入学の半年後、バイトをしながらアパートでひとり暮らしを始めた。長女が出ていくと夫の次女に対する言葉の暴力はますますひどくなり、違和感が募ってゆく。言い返そうとするたび過呼吸になった。それでもなんとか反論すると、激しい言葉がこちらに降りかかる。次女が「その言い方はよくないと思う」と母をかばい、さらに夫の怒りが増すことの繰り返しだった。

 次女が大学受験を翌月に控え、別室で勉強に励む12月23日のこと。クリスマスで帰省していた大学3年の長女と料理の準備をしながら、つい娘にこう漏らした。

 「次女がパパに責められているとき、守りきれない自分がしんどくてたまらなくなるの」

 長女は静かに言った。
 「ママ、もうあの人から解放されていいんじゃない? それ限界だよ。もう我慢しなくていいと思う」
 娘の言葉に驚く。離婚という選択を考えたことはなかった。離婚にまつわる負のエネルギーの大きさを知っているだけに、考えないようにしていた。

 さらに長女は告白した。
 かつて、洗面所に隠しカメラをみつけたこと。そのほかにも母に言いだせなかったさまざまな苦しみや恐怖を。

 血の気が引いた。
 「なんでママに言ってくれなかったの!」
 「親に言えるわけがない。それに、ママはこの結婚を守ろうと必死だったでしょ」

 声をふるわせながら、なおも問う。
 「あなたはひとりで苦しんでいたの? 誰かにヘルプを求めようとは思わなかったの?」
 「相談したよ。子ども支援センターに電話した。そのときもうすぐ18で、電話に出た人が“18歳になるとセンターの支援の対象年齢から外れてしまい、支援し続けることができない。シェルターに逃げてください”って言われた。そうできないから相談したのに。ああ誰に言っても無駄だって思った。だから家を出たんだよ」

 どれほどの負担を娘に負わせて、つらさや苦しみをのみこんで我慢をさせてきたのだろうか。娘に寄り添えなかった自分がたまらなく情けなかった。
 「いますぐ三人で家を出よう」
 手つかずの料理をテーブルに残したまま、夫のいる場所から逃げた。

〈231〉Less is more. 三人目の伴侶が教えてくれた暮らしの精神

食と音楽の縁

 それから子どもたちは堰(せき)を切ったように話しだした。音を出すことについてお義父さん以上にママが神経質になっていたよ。ママが必死で結婚にすがりついていたから何も言えなかったんだ……。

 自分の鈍感さと無力感に、打ちのめされることばかりであった。
 「私は料理や家事で家族の体調を整え、環境を整え、自分のキャリアを磨いて、子どもたちが困らないだけのお金を用意することに必死で、何も見えていなかったのです」

 法廷で戦いたかったが、娘を前面に出したくない。長女なりにぎりぎりのところでどうにか胸に収めているものを、掘り起こして世間にさらしたくはなかった。
 気づいたら体重は30キロ台に。夫と同じ車を見るだけで凍りつき、足がすくむ。まもなく心療内科でPTSDと診断された。

 離婚が成立した後、三人で再出発をすべくみつけたのが東中野駅から徒歩20分の現在のマンションだ。家電製品は長女が学生時代に使っていたものだ。

 40代後半、畜産の現実を扱ったドキュメンタリーを数本見たのを機に、自然とビーガンになった。肉、野菜、乳製品をとらず、植物ベースの食材をとる。自分の体調に合うようで食事と睡眠を整えていくうちに、少しずつ体調が回復していった。

 もう結婚はいいと痛感していた彼女は、好きなピアノや映画のことなど海外の人たちとたわいもないチャットをするのが2018年ころからのささやかな楽しみになっていた。外国人なら会うこともない。その日食べたものやできごとをメールで話すだけでも、小さく癒やされた。

 そのなかに、すっぴんでも一切気にせずリラックスして、不幸なできごとも何もかも自然に話せるアメリカ人男性がいた。前妻は日本人で死別しているという。現在は定年退職しているが元精神科医。かつて横田基地の病院に勤務していたことがある。

 「前夫がスーパーにいくのにも化粧を求める人だったので、彼の穏やかな優しさや気取りのなさが楽でした。お互いに素の自分、ありのままを大切にしようという人で。“いろんなつらい経験をしたようだけど、仕事に穴を空けなかったことがすごいね”といわれました。そんなふうに考えたこともなかったので、ものすごく救われました」

 さらに、ふたりを磁石のように結びつけたのは食と音楽だった。
 彼はヒッピー世代で、25歳の頃からベジタリアンである。ジャズミュージシャンになるため音大に進み、その後医師を目指したという変わった経歴の持ち主だ。

 「私は5歳からピアノを始めて、ジャズ、クラシックからJ-POPまで音楽はなんでも好き。心が疲弊しきったときも音楽を聴いているときだけは波が静まりました。彼はいつもオンラインの向こうでピアノを弾きながら歌ってくれました。『Smile』『Imagine』『Over the Rainbow』。どれだけなぐさめられたことか……」

 彼が軍関連の仕事で日本を訪れるたび、会うようになり互いに惹(ひ)かれていった。
 コロナの報道が加熱し始めた3月。彼は画面の向こうで突然切り出した。
 「今後の人生を共に歩みませんか」

 素の自分でいられる存在は心地よく、申し出はうれしいが、ここは家電もろくにない小さくて古いマンションだ。彼のワシントンの家は広々としていて、冷蔵庫も大きくキッチンも広い。「娘たちがそれぞれ家を出た後、ひとり残された私にとっては十分だが、果たして彼は許容、順応できるだろうか」と不安もあった。

 4月、結婚。
 一度も命令口調で話したり声を荒らげたりしたことがなく、誰に対しても対等に接する。放っておくと1日5時間でも6時間でも電子ピアノに向かい、「いいよ」といっても、リモートで仕事をする彼女を気遣いずっとヘッドホンをして練習を続ける。

 「静かにして」と言われ、息を潜めて暮らしたかつての日々とつい比べてしまう。
 彼と暮らすことで初めて、お互いイーブンに希望を語り合い、価値観をすり合わせる、苦労はたすけあって半分にするのが結婚生活の喜びであり、感謝であると気づいた。

 「食の趣味が一致しているのもありがたいですね。夜はほとんど彼が作ります。こんな日が私の人生に来るとは想像もしていませんでした」

 朝は、ふたりで散歩とヨガを1時間ずつして、ブランチにオートミールとスムージー、ヨーグルトを食べる。
 夕食は17時から彼がサラダ、パン、チーズ、セミドライトマト、自家製ジェノベーゼソースやアボカドディップなどを用意する。
 昼間、小腹がすいたら、エアフライヤーで加熱したケール、ブロッコリーをつまむ。

 取材後、ピアノを弾き終えあいさつに現れた彼に、このシンプルな台所をどう思うか尋ねた。にっこりほほえんでひとこと。
 「I love it! Very smart kitchen」

 ふだんから、Less is more(少ないことは豊かである)という精神を大切にしているそうだ。

 彼女の通訳を介して、彼にさらに問いかけた。
 「彼女はこの取材の応募文に、“なにもない台所ですがとてもゆたかに感じられます。今の暮らしは、持ち物が少ないですがとても心が満たされる”と書いていました。あなたはこの暮らしをどう思いますか?」

 「全く同感です」
 なぜそう思いますか?
 彼は、私ではなく彼女を見つめ答えた。
 「だってあなたがいるから」

 さしでがましいようだが、娘さんたちにもしもまだ癒えぬ傷があるとするなら、これからもどうかあたたかく見守り続けてほしい。傍らの人と一緒に。

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