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「恋」を読む。喜びも、いら立ちも、どうしようもない葛藤も

撮影/馬場磨貴 (撮影協力/RELIFE STUDIO FUTAKO)

『グッバイ、コロンバス』

自分が初めてフィリップ・ロスの『さようならコロンバス』を読んだのは高校2年生の時だった。その時の自分はアメリカ文学を主とした海外文学に興味を持っており、トルーマン・カポーティの『夜の樹』、ジョン・アーヴィングの『ホテル・ニューハンプシャー』、ポール・オースターの『ムーン・パレス』、カート・ヴォネガットの『猫のゆりかご』などなど、アメリカの匂いが感じられる小説を探して読んでいた。

そんな中で出会ったのが『さようならコロンバス』だった。集英社文庫の目録にはタイトルと簡単なあらすじしか載っていなかったが、それでもその時の自分にはこの小説からアメリカの匂いがするであろうことは直感としてわかっていた。そのあと本屋で注文までして手に入れて読んだわけだが、なぜか読んだ時の記憶は今に至るまでほとんど忘れてしまっていた。それはきっと日本に住んでいる高校2年生の自分にはまだわからないアメリカが描かれていたからだろう。

物語の舞台は1950年代のアメリカ、ニューアーク。その街に住む貧しいユダヤ人青年が裕福なユダヤ人の女性とプールで出会って恋に落ちるという、大まかなあらすじはそれだけである。息をのむようなハラハラドキドキな展開ははっきり言って、ない。それでもこの作品は1960年に全米図書賞を受賞している(しかもロスは20代半ばで受賞という快挙を成し遂げた)のだから、その当時のアメリカでは一定以上の評価を得ていたことは間違いない。しかしその当時の自分は、書かれている時代背景やアメリカの文化をきちんと理解できておらず、そのためにこの小説の面白さを十分には理解できていなかった。

「恋」を読む。喜びも、いら立ちも、どうしようもない葛藤も
『グッバイ、コロンバス』フィリップ・ロス(著)、中川五郎 (翻訳) 朝日出版社 1,980円(税込み)

それから20年近く経ち、『さようならコロンバス』の翻訳からは半世紀以上が経った今年に『グッバイ、コロンバス』の題名で新訳が出た。表紙には冒頭に出てくるプールのシーンをイメージした写真が使われていて、表紙からはいかにも“アメリカ”な感じが伝わってくる。

新訳本を読んでみたのだが、20年近く経った今でもよくわからないことはたくさんあった。主人公たちユダヤ人の文化や、1950年代のアメリカにおけるユダヤ人たちの立場や、その当時に純潔であることがどのぐらい重要視されていたのかということだ。特にこの純潔というテーマは物語の後半で大きな意味を持ってくるのだが、現代の貞操観念から考えると、やや前時代的だと感じられるかもしれない。

しかし今回新訳を読んでみて、そういう背景を抜きにしても、時代を超えて胸を打つセンチメンタリズムやリリシズムが作中にちりばめられていることに気がついた。それらは純粋に人を愛する気持ちとか、その気持ちが変化していく様子を非常に鮮やかに読む者に伝えてくれる。タイトルからしてどのような結末を迎えるのかだいたい予想がつくと思うが、それでも読み進めて結末にたどり着いた時には深い寂しさを感じてしまった。

この小説はジョン・アーヴィングみたいにジェットコースターのような展開があるわけでも、ポール・オースターみたいにミステリアスな魅力があるわけでも、カート・ヴォネガットみたいな洒脱(しゃだつ)なジョークにあふれているわけでもないけれど、人が恋をした時に感じる喜びや怒りやいら立ちや、どうしようもない葛藤が描かれている。それは1950年代のアメリカのことを知らなくても、きっと共感できるはずだ。

「恋」を読む。喜びも、いら立ちも、どうしようもない葛藤も
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PROFILE
松本泰尭

まつもと・やすたか
二子玉川 蔦屋家電・人文コンシェルジュ
大学卒業後、広告代理店などメディア業界で働いたのち、本の仕事に憧れて転職。得意分野は海外文学。また大のメジャーリーグ好き。好きな選手はバスター・ポージー。

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